最新作『21世紀の女の子』『おいしい家族』映画監督ふくだももこ インタビュー 後編

—-そして現在、劇場で絶賛公開中の『21世紀の女の子』ですよ!山戸監督が集めた15人の女性監督が短編を撮りそれを集めたオムニバス形式。事前にももちゃんから聞いてたけど濃密で疲れました!笑 もちろんイイ意味で!この仕事はどういった経緯で?

ふくだ「ありがたいことに山戸監督ともう1人のプロデューサーのダブル指名で、去年の2月にうちにオファーが来たの。プロデューサーがうちの小説を読んでくれたようで…」

—-ももちゃんは小説2本出してるからね。笑 受賞もしてるという天才ぶり!

ふくだ「いやいや。山戸さんなんて雲の上の存在で。いつか同じ時期に同じ映画館でお互いの作品が上映されたらええな〜ってなんとなく思ってたら…まさかの向こうから声をかけてくれて…

—- ご指名は嬉しいね。じゃあオファーのきっかけは小説なんだね。『21世紀の女の子』はオムニバスだけど全作を貫くテーマがあるじゃない?
“自分自身のセクシャリティあるいはジェンダーがゆらいだ瞬間が映っていること”それ以外は特にノーヒントで丸投げ?

ふくだ「そうやな……むずい。笑」

 

 

—- 笑 でその中の『セフレとセックスレス』という作品をももちゃんは撮ったわけだけど、テーマはどう解釈したのかな?

ふくだ「正直言うと、頂いたテーマの前にもうこのタイトルだけの閃きはあったんよね

—-タイトルがイイよね!笑  一行でもうすでに矛盾が生じてるという。

ふくだ「そうそうそうそう!この一行で2人の人間がいて過去、現在、未来が混在する感じがして面白いよね」

—-相反する言葉でもないしね、絶妙なバランスだよね!

ふくだ「実はこれうちの元カレの携帯のメモにあった言葉で…笑

—-え!そんな大胆なメモ!彼氏にセフレがいたの!?笑

ふくだ「そういうわけじゃなく、たまたま彼がワードとして面白い!とも思ってメモったみたいで」

—-『貧乳クラブ』もそうだけど、他の人から与えられたヒントに化学反応起こして数倍も面白くする力がふくだ先生にはあるよね!

ふくだ「先生はやめて。笑 “自分自身のセクシャリティあるいはジェンダーがゆらいだ瞬間が映っていること”っていうテーマに対して、うちなりにいろいろ思うことはあったんだけど、それを8分の短編には昇華できなくて…。その時に彼氏のメモを思い出して、最初はこのタイトルでPVでも撮ろうと思ったんだよね。友達に歌ってもらって」

—-作品内にも主題歌として流れてたね

ふくだ「そんな時に『21世紀の女の子』のお話を頂いたから。テーマと関係あるとは言えないけど、やっちゃおうと。笑

—-笑  黒川芽以さんと木口健太さんのキャスティングはどういう経緯?

ふくだ「脚本を書いた時から最初からこの2人にお願いしたいと思ってたんだよね〜。黒川さんは前に撮った『父の結婚』を観てくださって私の作品が好きだって言ってくれてて!で、それから交流はもともとあって『セフレとセックス』の脚本送ってくれたら快く承諾してくれたんだよね」

—-黒川芽以さんがセフレ役だなんて…ぜ、贅沢な…!

ふくだ「それで2人でカフェで脚本読んでくれて、その場でどうなったらもっとよくなるか?って話し合ったの」

—-じゃあ、黒川さんと2人で脚本をブラッシュアップしたと。

ふくだ「そうそう!好きだから感じなくなったっていう話なんだけど、そのアイデアは黒川芽以さんが出してくれたの」

—-はぁ!なんと素敵な提案!タイトルに沿った、物語の核を表した言葉じゃん!

ふくだ「そうそう!もともとはもっと詩的な話だったんだけど、黒川さんのその提案で作品のトーンが変わったんよね

—-黒川さんのベッドで仰向けになってて、下半身は写ってないんだけどどうやらセフレ役の木口さんがいろいろ工夫をこらしてくれてるんだけど…黒川さんは感じないという。「あれ?ここ気持ちがってたよね?」って。いや、手もみんじゃないんだから!笑

ふくだ「あはははは!笑 あの場面もうちと黒川さんで考えたんだよね。その脚本ミーティングしてる場に木口健太さんを呼び出して、読み合わせしてもらったんだ。笑」

—-カフェで!笑

ふくだ「即興芝居もしてもらったし。そこでの2人のとっさに出てくる表情もいいし言葉も良くて」

—-そうなんだ!じゃあ、そのキャストと作り上げてく感じ、自主映画に近い楽しさあるね。

ふくだ「そうだね!あの映画は基本みんなそんな感じなんだけど、うちの作品が一番手作り感あったかも」

 

—-マニキュアのシーンも良かったし、ももちゃんの映画は自然な日常会話になりつつ笑えて、ちゃんとエンタテイメントになってるよね

ふくだ「自分なりに短編を面白く撮れるよう工夫してて、8分で起承転結やるのは難しくて1つなにかを飛ばさなきゃいけなくて…。うちはちゃんと終わらそうと思ってて、タイトルの主張が強いのと主題歌があらすじを代弁してくれてるってのはありがたかったね」

—-映画始まって『セフレとセックス』ってタイトルが出た時点で「起」はもうすでに済んでるという。笑

ふくだ「そうなんだよね」

—-タイトルと歌が秀逸で短編の手助けをしてくれてるんだね。終わり方も2人の決着はついてるけど、まだ未来もあっていいよね。あと黒川芽以さんのあの最後のセリフ!彼氏や夫に対しては絶対出ない言葉だよね。セフレだから出る一行。全くそれまでエロさを感じなかったのに…最後エロかった〜。急に色気が出てドキッとしてしまいました。

ふくだ「やったぁ!そうやねん!あそこだけは綺麗に撮ろうと思ったの。普段、綺麗な人を人間的に醜くとろうと思ってて、ただあのラストは綺麗に撮ろうと心がけてたね。普段うちあんまり演技の演出はしないんだけど、あそこはけっこう指示をしたし、カメラの角度も工夫した」

—-びっくりしたよ!急にエロいじゃない!ももちゃん!笑

ふくだ「よかった。エロいシーンうちが照れちゃうし、観てても余計なこと考えちゃうん…笑」

—-その照れはあるよね。タイトルにセフレとセックスって言葉が入ってるのに、内容はエロくないという。エロ目的で観た人はブチ切れだね。笑

ふくだ「そうなんですよ。すみません。笑」

 

—-そんなふくだももちゃんは新作『おいしい家族』公開が控えているという!

 

ふくだ「前に撮った短編の『父の結婚』を長編にしませんか?とお話いただいて、長編で商業映画デビューさせていただけるというありがたいお話。あの時描ききれなかった事をここで改めて描かせてもらってるのでぜひ観てください」

—-今後が楽しみ!応援してます!

ふくだ「ありがとう!斉藤くんも演技磨いて役者デビューしてください!

—-演技苦手!

ふくだ「知ってる!下手だもん!笑」

—-ひぃいい!

 

『21世紀の女の子』現在劇場にて公開中

http://21st-century-girl.com/story/

 

『おいしい家族』9月20日 全国ロードショー

 https://oishii-movie.jp/

 

ふくだももこ

https://twitter.com/fukuda_27

 

聞き手:ジャガモンド斉藤

インタビュー写真:えりざべす

最新作『21世紀の女の子』9/20公開『おいしい家族』映画監督ふくだももこ インタビュー 前編

どうも。ジャガモンド斉藤です。

いつもつたない本コラムを読んで頂きありがとうございます。

この度、本ブログ初の監督インタビューに成功しました!……と言ってもぼくがCMの制作会社に勤めていた時の同期が映画監督だという幸運に恵まれたからです。そういった縁での今回の企画のため、形式にとらわれずラフな対談形式でインタビューをさせていただきました。初めてのインタビュー書き起こしのため、少々時間が経ってしまいました…すみません。

今回取材をさせていただいたのは、現在、絶賛上映中の『21世紀の女の子』の「セフレとセックッスレス」の脚本・監督を勤め、今年の9/20には商業長編映画デビューとなる『おいしい家族』の監督・脚本を勤めるふくだももこ監督です。

ここで監督本人のプロフィールを『21世紀の女の子』公式ホームページから抜粋させていただきます。

ふくだももこ/ Momoko Fukuda1991年生まれ、大阪府茨木市出身。監督、脚本を務めた卒業制作「グッバイ・マーザー」がゆうばり国際映画祭、第六回下北沢映画祭、湖畔の映画祭に入選。 2015年、若手映画作家育成プロジェクト(ndjc)2015に選出され、短編映画「父の結婚」を監督、脚本。 2016年、小説「えん」が集英社主催のすばる文学賞を受賞し小説家デビュー。 2017年、小説「ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら」を発表。2018年10月、連続ドラマ「深夜のダメ恋図鑑」監督。

 

監督との関係性はインタビュー内を読んでいただくとして、屈託無く相手と話してくれるももちゃん(あえて親しみを込めてあだ名で呼ばせて頂きます)の人柄が皆様に伝わったら幸いです。

また、取材に応じてくださったふくだももこ監督。当日撮影をしてくれたえりざべすさんにこの場をかりて厚く御礼申し上げます。

前置きが長くなりました!早速どうぞ!

 

映画監督ふくだももこインタビュー

 

—-こういう感じで話したことないから緊張しますが…笑 馴れ初めから話すとして…

ふくだ「馴れ初め?付き合ってないよ?笑」 

—-そもそもおれがCMの制作会社で働いてた時、別の会社だったけど同期で知り合って、それからおれが退職して芸人になって。そのあと、共演という意味で言うならももちゃんが学生時代に撮影した『グッバイ・マザー』が2015年にゆうばり国際映画祭で上映した時に、今やイラストレーターとして活躍してるアーノルズ長谷川とMCをやりに夕張まで行ったのが最初だね

ふくだ「それや!それあったなぁ!懐かしい!でもなんであんな展開になったのか覚えてない…笑」

—-それからたまにおれらのライブ観に来てくれたりして…おれはおれでふくだももこ先生の作品を観ていました。笑

ふくだ「え、そうなの?」

—-まずはももちゃんが脚本を担当した作品だけど2015年『家族ごっこ』

—-短編で構成されたオムニバスになってて、ももちゃんは若かりし新木優子さん主演の『貧乳クラブ』で脚本担当してたね。CMの会社退職後、どういった経緯で脚本を担当することに?

ふくだ「学生時代に撮った『グッバイ・マザー』が映画祭で呼ばれるようになって、やっぱり映画やりたいなと…。で、会社をやめて、そこからフリーランスで助監督になったの。そん時にゆうばりで出会ったのが内田英治監督。『家族ごっこ』ってほぼ自主映画に近い映画やから、ラフな感じで内田監督から一本脚本書いてみてよと」

—-そこで内田英治監督オファーを受けて「貧乳」という題材はももちゃんなの?

ふくだ「あれ実はネタとプロットは内田監督で、うちが書いて送ってからいろいろ修正してくれたんやけど、ありがたいことにクレジットに私の名前を入れてくれたの」

 

 

—-じゃあ共同執筆に近い?

ふくだ「そうそう!ほとんど内田さんが書いたみたいなもんやねんけど」

—-貧乳で悩む四姉妹の話だけどさ、主人公の新木優子さんの役名がもも。笑 ももちゃん自分を投影してるんだって思ったんだけど…

ふくだ「なってたね…!でも役名は内田さんが決めてる。笑

—-『貧乳クラブ』を観た時に学生時代の『グッバイ・マザー』の重めの雰囲気とは違ってまずビックリしたの。『貧乳クラブ』は肩の力抜けてコメディだったから。何かあったの?

ふくだ「あれは学生時代じゃないとあの重いのは撮れなかったと思ってる。山戸結希監督(2016年『溺れるナイフ』で興行収入7億円を突破。ふくだももこ監督がメガホンをとったオムニバス『21世紀の女の子』では企画・プロデュースを担当)の作品を観て衝撃を受けて『グッバイ・マザー』みたいの撮ってたらダメやな〜って思ったの。女子高生とモラトリアムを扱う映画を撮っても山戸さんにかなわへんな…と。だったら違う方向でやれることやろうと、明るい映画をやうろと」

—-そうだったんだ!『貧乳クラブ』の女の子のコンプレックスをズーンっと重く悩むんではなく、四姉妹がお互いの乳触り合って「あんたの方が小さい!」とかって言い合ったり弟の絶妙な思春期感や彼女がいい具合の巨乳だったりするの笑ったもん!これが『グッバイ・マザー』の監督か!?って。風通しよくて気持ちいい作品で、ももちゃんらしいなという。笑

 

後編につづく

http://tobila-uneri.com/saito-blog/2019/03/20/%E6%9C%80%E6%96%B0%E4%BD%9C%E3%80%8E21%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E5%A5%B3%E3%81%AE%E5%AD%90%E3%80%8F%E3%80%8E%E3%81%8A%E3%81%84%E3%81%97%E3%81%84%E5%AE%B6%E6%97%8F%E3%80%8F%E6%98%A0%E7%94%BB%E7%9B%A3/

新作映画『グリード 炎の宿敵』を観るその前に……

ぼくの顔の下にいたら滝修行ができるよ!ってくらい眼球失禁してしまった『クリード チャンプを継ぐ男』に続くロッキーシリーズ第2弾『クリード 炎の宿敵』

本作はロッキーの4作目にあたる『ロッキー 炎の友情』の続編でもあり、ロッキーシリーズのスピンオ……あああっ!!!もう!!!この説明聞いただけでいいかげんにしろ!と漫才だったらオチをつけたくなる訳のわからなさ。

本来なら、予習せずとにかく観に行きましょう!と言いたいところですが………

過去作全部観てください。

こんな乱暴な発言はしたくない!けれど、ちゃんと理由があるから話だけでも聞いて。

普通、こういう長寿シリーズSTARWARSとかアメコミ映画とかなんでも最新作が公開された時って【予備知識として】過去作を観てくださいってことはあると思うんです。

もちろん本作『炎の宿敵』もそういう側面として、過去作観てほしいってこともありますが…そうじゃなくて!!!そうじゃなくてさ!!!

ロッキーシリーズっていくら駄作と言われいる過去作もあるんですけど、それらを一切無駄にせず(黒歴史だから過去の作品のあれ無かったことにしますっていうハリウッドで最近流行りの事実修正もせず!)1作1作をうやむやにせず下から大事に積み上げていってる稀有な映画シリーズなんです!

その積み上げの一番上にいるのが今回の最新作『炎の宿敵』であって、まるで今までの過去作品はこの作品のためにあったのか…って思わせるほどパワフル!!

それでいて、奇をてらった変な展開は絶対にしない。王道から外れることはせずかつ新鮮味も持たせているという奇跡オブ奇跡!キング・オブ・奇跡 優勝!な映画なんですよ!

じゃあ、どんな積み上げしてる〜?って。

クリードシリーズでロッキーの親友アポロの息子クリードがロッキーの元に「ボクシングを教えてくれ!」と懇願しに来てロッキーは結局受け入れる訳ですけど、引退したロッキーがクリードを受け入れるのってロッキー1作目だけ観ててもわからない。

2作目で再戦して倒したアポロ。3ではもはや友情を超えた危ない関係なんじゃないか?って思わせるくらいの絆を育み、4ではその親友アポロをロッキーが死なせてしまう。

5の冒頭でロッキーは原点であるフィラデルフィアに戻ったからのちのシリーズがあるし、あそこで弟子育成と子育てに失敗したからこそクリードを育てようと思えたわけですよね。クリードにロッキーを「おじ」と呼ばせてるのは、弟子という側面だけなく距離を置かれてしまっている息子=親類という側面を足して2で割っているからです。

路上の殴り合いが映画のクライマックスとなりボクシング映画なのに、まさかのリングにはあがらず終えてしまう珍作5作目。このままじゃ終わらせれない。6作目のロッキー・ザ・ファイナルでラストリングに上がらせることで、ロッキーはリングの上でちゃんと幕引きができて、それがあるからクリードに繋げれるんですよ!5の次がクリードは……無理っしょ!

1〜4でアポロとの度を超えた友情を、5で弟子を育てる理由を、6でロッキーをボクサーとして幕引きさせてるからクリードが出来る!

1作1作をバラで観るんじゃなくて、点と点を繋げて線で観れるんです!このシリーズ!こんなず太い線で全部観れる映画……ないよ!

過去作を観て【予備知識】を積み上げるのではなく【感情】が積み上がっていって、最新作で爆発させる感覚。

なんなのよ、これ。凄すぎるだろ。

どうしてこんな奇跡が出来るかと言えばそれは明快!

シルヴェスター・スタローンだから。

 

人生どん底で俳優として芽が出ないスタローンが3日で書き上げた脚本がロッキーの第1作目。この時からロッキーはスタローンの写し絵であり2、3と作品で描かれるロッキーはスタローンの人生と重なります。

だからシリーズ最初っから最後まで通じてブレがない。

もうこういうの全部ひっくるめて、過去作全部観ることをオススメしております!

伝われ!この想い!!!

『ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー』ジェームズ・ガン監督降板がやるせない僕の理由はロケットにある!〜

「第2のスターウォーズ」とまで言わしめたMCU史上、否SF映画史上の大傑作『ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー』(以下、GotG)で監督、脚本を担当したジェームズ・ガンが過去の不適切なツイートが問題視されディズニーから解雇。

この衝撃的なニュースは世界中のファンだけでなく、シリーズの出演者まで憤慨しMARVELの社長がディズニーに再度掛け合ったものの再雇用は不成立。詳しいことは色んな記事を拝見して頂くとしまして……

実際、僕も開いた口がふさがらず憤りを感じていました。

 

ジェームズ・ガンが描くGotGの世界のあの先が観たかった。

 

こう思うのにはハッキリと理由があるのです。

ジェームズ・ガンがそれまで培ってきたトロマ映画のエッセンスも生かしつつ監督、脚本を勤めた『スリザー』(2006)は地球にやってきた謎の宇宙生命体に寄生されイカの化け物になってしまった主人公(ガンの盟友マイケル・ルーカー)が奥さんにも町民にも襲いかかってしまいどエライことになっていくというSFの良作。

愛する夫が変貌していく悲劇は愛についての傑作『ザ・フライ』を起草するけれど、『スリザー』はこの奥さんがなんだか嫌な奴に見えてくる。綺麗でおしゃれもして人妻なのに笑顔を振りまいてキャピキャピしてる。絶対まだ遊びたがってんだよ!

しかも、襲われた奥さんを助けるヒーロー野郎が明らかに奥さんをいやらしい目で見てるのにイイ感じ。

一方、主人公は冬彦さんみたいなデカくてダセェ眼鏡をかけてうだつの上がらない男。

なんで結婚したのかわからない2人が町を巻き込んだ大きな戦いの中で対立していき、切なくて全くむくわれないラスト。

 

2010年の『スーパー!』(監督・脚本 ジェームズ・ガン)は『アルマゲドン』でベン・アフレックにオヘソを遊ばれるシーンがやけにエロかったリヴ・タイラーが薬物中毒者の役。そんな美女に恋をし結婚したのがコンプレックスの塊でこれまたうだとの上がらないレイン・ウィルソン。最初は幸せだったもののマフィアの親分(マイケル・ベーコン)がリヴ・タイラーを誘惑して再び薬物の世界へと陥れる。

神のお告げを受けた夫は愛する妻を救うために自警ヒーロー【クリムゾン・ボルト】に扮して悪党をやっつける!

手作りヒーローという点で『キック・アス』っぽいけれどこれまた違う展開に。

愛のために血みどろの暴力をひたすら繰り返すボルトに我々観客含めてドン引き…。

しかし、実際にバットマンやスパイダーマンのような自主的なヒーローが現れて悪を成敗したとしたら実際はこうなっていくのか…と。ヒーローブームの今、観るととんでもなく複雑な気分になります。

ズーンと重いモノが心にのしかかりつつも心が暖かくなって涙が止まらないヒーロー映画の大傑作。

 

こういったガンの作品群は作家性があふれています。

それは常に【負け組が主人公】であるということ。

何かしらで負けた人生を送ってきた人物を主人公に据えつつ美化はしない。痛々しい部分もしっかりと描きつつその主人公がどんなに周りから攻撃を受けようとガンだけは寄り添った目線を残すのが彼の作家性だと思っています。

この『スーパー!』の次が『ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー』です。

原作は誰も知らず絶対失敗する!と周囲から言われていた難題をガンが自分の色を出したことで見事な傑作に成り上がりました。

そもそもGotGは全員が先述したような【負け組】の集団。ガンにとっては得意な素材だったのかもしれません。

2014年に公開されたVol.1と2017年に公開されたVol.2において、彼らは何かしらの【成長】をします。

孤立無援の犯罪者、社会不適合者たちがひょんなことから集まり家族になっていく過程で成長していく彼らに僕らはグッとくる。

 

主人公・ピーターは偉大だったはずの父との出会いの中である決断を。

ガモーラと敵対していた義理の妹ネビュラは絆を確かめ合い和解。

家族を殺されたドラッグスも敗北を味わう中で新たな家族を見つける。

グルートは自己犠牲の精神で仲間を守り家族になる。

ピーターの父・ヨンドゥも例外ではなく、父としての生き様を見せつけてくれます。

そう、これはガン特有の【人生で何かしらの負けを味わった人間の再起の物語】です。

会社がコントロールするMCUの監督陣の中で1番作家性を思う存分炸裂している監督と言えます。

ただし。まだこの【再起】を描いていないキャラクターがいます。

改造アライグマのロケットです。

彼の悲しい過去は未だに明かされておらず、相棒であるはずのグルートはVol.1で命を投げ打ってみんなを救うことで家族になれました。ピーターが父親に会いに行くと言い出したVol.2では1人だけ異様に拗ねている。

「お前もおれと同じ孤独なんじゃないのかよ?」

さらにはVol.2でピーターの義父であるヨンドゥと最後の会話をしたのもロケット。

その時にヨンドゥから「お前は俺と一緒だ!寂しいんだ!」とシリーズ内で初めて的確な指摘を受け動揺します。

クライマックスでもピーターが死んでしまうと心配するガーディアンズたちの横でロケットだけは誰が本当に死ぬかわかっているという、観客だけがわかる演出がなされています。

さらには、同じくVol.2のラスト。ヨンドゥを偲ぶ花火をロケットの瞳から一筋の涙を流したところでエンドロール。

そうです。なぜか本編のラストカットはロケットのクローズアップで終わるのです。

これは、まだ再起できたいない成長できていないロケットに寄り添った終わり方じゃないですか???

その証拠にガンが製作総指揮として入っていた『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』で生き残ったガーディアンズはロケットとネビュラなんですよ???

 

ジェームズ・ガンはまさにこれからロケットの何かを描こうとしてたんですよ!!!

 

ロケットの件にケリをつけなきゃいけなかったんです!!!

 

ガンが最後に描きたかったのはロケットだったんじゃないですか????

彼を幸せにしたかったんじゃないですか?何かしらの成長を描きたかったんじゃないですか?

キーなんですよ!ロケットは!!!

僕の仮説が正しいとしたら、こんな中途半端な終わり方は作家として本当に苦しいと思います。

(ちなみにVol.3の脚本はガンの手によって完成。実際に使用されるかは未定)

だから、ダメなんです!!!ジェームズ・ガンのためにもファンのためにも、MCUのためにも、ロケットのためにも!

ジェームズ・ガンじゃなきゃダメなんです!

James Gunn will return???

日本ホラー映画『残穢 住んではいけない部屋』感想 〜映画と原作どっちが怖いのか???〜

「おわかりいただけただろうか」

「もう1度ご覧いただこう」

「その部屋でかつて自殺した女の霊がこのビデオに映りこんだとでも…言うのだろうか」

暗くて低い独特なナレーションが一般人が撮影し「映ってしまった」心霊ビデオを紹介する『呪いのビデオ』シリーズを小学生の時に観て怖くて怖くてたまらなかった!!!

一度、祖母の家で本シリーズを観終わりデッキから取り出そうとした時、バツン!とブラウン管が真っ暗になり、そこに映った恐怖におののく僕の顔。そこにおおいかぶさるように『呪いのビデオ』に出てきた【電車の窓に映りこむ男性】が見えた気がしてパニクった思い出がある!(これマジ)

このシリーズの演出、構成。そしてあのナレーションを担当していたのが中村義洋監督で、世間的には映像化が難しいと言われていた伊坂幸太郎の小説を映画化した監督として有名だが、元は『呪いのビデオ』出身である中村監督が2016年1月に小野不由美原作『残穢』を映画化!

主人公のホラー小説家の元へ送られてきた「部屋で不可解な音がする」という女性の手紙から物語は始まり、そのアパートに住む他の住人、建物が建つ前を大正時代まで遡りながら調査していくというドキュメンタリースタイル。これはまさに先述した『呪いのビデオ』と近い構成で胸が踊りました!

貞子や伽倻子といったのちにアイコン化されていくような特定の幽霊が人々を呪うのではなくて、その「土地」に憑いた人間の怨念が穢れとなり連鎖し、そこに触れた人間が不幸な目に遭うという、絶対に逃げようのない災いが新しくて怖かった映画版『残穢』

 

では「部屋に置いておきたくない」とまで言われている原作小説は怖いの???

ということで、読んでみました!この原作vs映画の戦いを結論付けるなら…

 

小説版の圧勝!!!

※映画版もかなり怖いのは大前提です!!!

 

というのも、本作の主人公は【私】

この【私】の完全な主観で書いたように思えるのが小説版です。【私】を客観視している描写がない。

「あれ?これ…まるで作者の小野不由美さん本人が書いてるみたい……」

そう思っていると、実在するホラー作家の平山夢明さんが登場したり、清水崇監督『呪怨』をホラー作品として引用してきたりするんです。その上、手紙を送ってきた投稿者の名前を「仮に久保さんとしておく」っていう断りをいちいち入れてくるんです。

そんなことされているうちに…え…?これ…実話?

という疑問が湧いてくる。(実際、どこまでが実話なのかはわかりません)

さらに小野不由美の書き方が冷静でそこにもやられます。

小説内で怪奇現象を紹介しながらも「しかし、これは気のせいだったということもある。なぜなら〜云々」という合理主義を炸裂させてくる。

 

 

これって物語にブレーキをかけてしまうんじゃないか?

たしかに、映像作品であればそうなるかもしれません。心霊現象をはっきりと具体的に映した後に「気のせいだったということも」とか言われるとバカバカしくなる。

でも、小説は作者が書いた文章からこっち側の読者が勝手に想像するから「気のせい」が成立するし、むしろその「気のせい」は誰もが1度は経験したことのある現象。ゆえに物語の恐怖が身近になっていきます。

小説版はそんな風に心霊現象と偶然の現象という正反対の間をぐわんぐわん行き来させられて、なんとそのまま宙ぶらりんで終わる!

それによって「え?どっち????」とモヤモヤが残る気持ち悪い後味を残す。

実話なの?と疑ってる、こちらからするとこの【解明されない呪い】の方がリアリティがある。だって、世の中の不思議なことは解明されていないから不思議として今もあるから。

そもそもこういったテーマを扱う原作を映画化するというのはなかなかの至難の技です!

映画版は、小説という利点を生かした恐怖を生み出した原作を『呪いのビデオ』スタイルを用いて映画化したというのは妙案で、特に過去に遡った時の写真や新聞記事を通して現実味をもたせた恐怖をお客さんに与えることが出来ています。

けど【私】役は竹内結子!もう仕方ないんだけど、この時点でフィクションが成立しまいますよね。

もう思い切って小説版を事実としちゃって「小説を元に映画化した」という前提でこの映画を作ればまた味が違ったかもしれません!

映画版は視覚的にインパクトのあ?恐ろしい場面たくさんありますがしっかりフィクション。

しかし、小説版はパンチ力は無いものの、現実と虚構のラインがとてもグレーで恐ろしい。

 

ただし!どっちもめっちゃ怖いことに変わりは無いからどちらもめっちゃオススメです!

最初に綴った【電車の窓に映る男】体験のようなことは誰もがあるはず。そんな気のせいかも?という経験が『残穢』によって決定的な恐怖に変換されます……。

 

あ。

 

1つだけ。

 

一人暮らしの人は絶対、触れないように。

 

『ミッション:インポッシブル』シリーズ5作品 一気に感想文!8/6公開の最新作『M:I フォール・アウト』に備えよ!

『ミッション:インポッシブル』

1996年 シリーズ第1作

   

今では主人公イーサン・ハント演じるトム・クルーズの命しらずのノースタントやド派手なアクションのイメージが強い本シリーズですが、記念すべき1作目の監督はホラーやサスペンスの名手であるブライアン・デ・パルマ。

ドッカン!ドッカン!やるのは本当に最後だけで、それまでは心理戦がメインとなるミステリー仕立てのスパイ映画になっており、全シリーズに登場する小ネタやセリフがギッシリ詰まった1本。

実は物語の根底に「三角関係」というテーマが隠されています。

しかも、イーサンが恋するのは上司の女…。

本人のセリフでハッキリと語られるわけではありませんが、冒頭のある行為と彼女を見つめる目を見れば一目瞭然。

「あ、イーサン…君は愛してしまったんだね」と。

そう考えてみると、なんとも言えない切なさが残る…。

イーサンは絶対不可能なミッションに挑む時の作戦会議でもニヤついちゃってるし、上司の女好きになっちゃうし…まだこの頃は若輩者だったイーサン・ハントをこの目で確かめよ!

 

 

『ミッション:インポッシブル2』

2000年 シリーズ第2作

今、見直しても明らかに毛色の違う異色な1本。

というのも、前作とは監督が変わりアクション映画の大巨匠ジョン・ウー大先生がお撮りになられた本作。

イーサンがドヤ顔しながら断崖絶壁を登るシーンから映画スタート。彼曰く休暇らしいんだけど、どう見てもオフには見えないよ!

つまり彼にとって休暇とは筋トレ日!こんなやつ強いに決まってるぜ!と大々的に宣言をしている冒頭!

脳みそに筋肉が侵食してしまったイーサンのようにこの映画は実にシンプルで裏切りや心理戦はない!

相棒となる峰不二子ちゃんの色気を駆使しながら盗まれたウイルスを取り返しに行こうぜ!という単純明快でなんとも風通しの良い痛快作なのだ!!!

注目していただきたいのは、この時点でもうトムはノースタントで肉弾戦やバイクチェイスや崖登りをガンガンこなしているということ。スタントマン起用じゃ決して撮れない近距離撮影でトムは暴れまわる。

たしかに、前作のワイヤーや○○メートルの高さに登っただとか飛び降りたとか色んなトムのノースタントがあるが、本作は肉弾戦の量がダントツ!看板にできるような1発でかいインパクトのあるスタントではないが、大量のスタントをこなすトムの凄みがよくわかる。

その肉弾戦も相まって、シリーズの中で一番の男臭さを放ちまくり!

タイムリミットが迫り、早くラスボスを倒さなくてはいけないのに、持っていたナイフを捨ててあえて殴り合いで決着をつけようとするというイーサンの男気がかいま見える1本だ!

 

 

『ミッション:インポッシブル3』

2006年 シリーズ第3作

ドラマ畑からやってきたJJエイブラムス監督だけあって、冒頭からいつもと違う。

あえて、物語の最も暗いクライマックスから始めることで観客の気持ちは一気に落とされ、いくら作中でミッションに成功しても「ああ…このあとには…もう…」と不安がよぎってしょうがない。

物語の行く末を気にならせることで観客の集中力を高めるという連続ドラマらしい演出方法!

前作に皆無だったスパイ映画らしさも取り戻し、これ以降のシリーズで多様されるマイケル・ジッアーノのスパイ映画らしいサントラも胸高鳴る!

この時、イーサンはまさかの結婚し引退。教官という立場で一線から退いているが、テロリストに捕まった自分の教え子を救うため現場に復帰。その過程でラビット・フットという名を知り、争奪戦に巻き込まれて行く。

「家庭と仕事の両立」がテーマになっており、シリーズの中で1番感情的になっているイーサンが見れるというのもポイント。

また、今は亡きフィリップ・シーモア・ホフマンがラスボスを演じており、冷酷な顔面演技は怖い怖い…。

このホフマン演じるラスボス自身に肉体的な力があるわけでなく裏で糸を引く黒幕スタンスや、不気味な存在感、脱走するシークエンス、愛する人を標的にし心を揺さぶる言動を見ていると、のちの『ダークナイト』のジョーカーに影響を与えているのでは?と思える節もあり。

そして、何と言っても驚きはラストの香港場面でのトム・クルーズの足の速さ!速すぎて引く!

 

 

『ミッション:インポッシブル / ゴースト・プロトコル』

2011年 シリーズ第4作

『アイアン・ジャイアント』『Mr.インクレディブル』でお馴染みアニメ映画出身のブラッド・バード監督によるアクションと心理戦のバランスが見事にとれた快作で、劇場で「あっ!!!」と声を出してしまったほどのドキドキワクワクを未だによく覚えています。

笑える秘密道具が満載だし、アクションもドカンドカンやらずにちょうどよく、ラストの立体駐車場の上下左右の動きを活かした名アクションは必見!

前作でちょい役だったサイモン・ペックのおかげもあって軽やかに朗らか。

そして、前作で描いていたイーサンの幸せの絶頂を観ていると…グサリとくる行間があり「ああ。前回から今回の間でそんなことが……」といたたまれない気持ちに。

「あのビルならどこから登って、どこから飛び落りるかな〜?」と普段から考えてしまうという完全にイかれてしまったトム・クルーズの無茶ノースタントが炸裂!世界で1番高いドバイのビルを登ったり、落ちたり、跳んだりしていて最高です。

このバランスがこれ以降のシリーズを支える基盤になる重要な1本です。

 

 

『ミッション:インポッシブル / ローグ・ネイション』

2015年 シリーズ第5作

トムとの相性も良く、わりかしクラシックな作品が多いクリストファー・マッカリー監督が登板。イーサン・ハントが1人でスーパーマンのように暴れまわり敵を倒すだけではなく、ちゃ〜んとチームとしてケリをつける痛快な団体芸が炸裂!

冒頭から「おい!もうやんのかい!」とツッコミたくなるお約束のノースタントから始まったかと思いきや、敵の無茶苦茶ムカつく敵のやり口でイーサンが捕まってしまうというテンポの良い出だし。

1作目同様考えが読めない謎の女性キャラが登場しイーサンを翻弄するし、サイモン・ペックは前より大活躍。もうイーサンの右腕と化しており、2人のやりとりも軽妙で笑えて仕方ない!

しかも、毎度お馴染みの「絶対絶命的な状況」が今回はマックスまでぶち上がり、イーサンの所属するIMFはこれまでのイーサンの無茶が積み重なり解体されてしまう!

たった一人で暗躍するイーサンと彼を信頼するメンバーたちが集い、CIAと犯罪組織の板挟みになりながら戦うという構図もヒヤヒヤもの!

シリーズお馴染みの楽しいバカガジェットは少なめで爆発も皆無。ある意味シリーズ内で1番本来のMIシリーズらしい原点回帰的な渋くてお上品な1本。

 

本作の評価がかなり高かったこともあり、次作である『ミッション・インポッシブル / フォール・アウト』(8/6公開!)ではシリーズ初の監督続投!

最新作ではこのローグ・ネイションの登場人物も多数続投しているという初めて尽くしでもあるし、トムのシリーズ1のノースタントがここでも炸裂!

もし、8月公開の最新作を観ようとしてる方がいるのなら、このローグ・ネイションだけでも観ておいた方が数倍楽しめるはず!

 

以上!長々と失礼しました!

 

 

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー: リミックス』感想文 〜【素敵な血筋の子孫が世界を救う】物語への一撃〜

ディズニー仕切りによって動き出したSTAR WARSの新章の一発目であるエピソード7『フォースの覚醒』を食らった後、シリーズの出発点であるエピソード4の前日譚を描いた『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』を鑑賞し、結果的にこの2作が対比となってしまい、自分があることを感じていることに気づいた。

 

  

 

「選ばれし者の物語」に自分は呆れているのかもしれない。

ここでいう「選ばれし者」というのはもちろんスカイウォーカー家の皆さんに対してである。

今年末に公開される予定のエピソード8『最後のジェダイ』もそしてその次の9も結局、STAR WARSサーガというのは親戚同士のどつき合いだと割り切ってしまいそうになっている自分が怖い!どうしよう!何も感じなくなったら!

特別な血筋で生まれた者たちによって銀河の命運が決まるという話。

現実は本当にそうだろうか?

本当は、『ローグ・ワン』のように特別な人間ではなく名もなき庶民によって世の中は回っているのではないだろうか。

筆者個人としては皮肉にも『ローグ・ワン』によって、そういった問題を浮かび上がらせてしまっているようにも感じた。

もちろんスターウォーズの楽しみ方は人それぞれだし、あらゆる角度からも楽しめるのが本シリーズの強みだし、筆者もそのトリコになった1人であるから、シリーズ自体を否定するわけではない。

だが、この手の神話的な話がベースになっている作ファンタジー作品は基本的に選ばれし者、特別な力を持った者の話であることに違いはない。

そんな時に現れたのがアメコミ映画の1作『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』な訳である。

女好きでゴロツキだった負け組代表主人公のピーター。彼でなければ犯罪者どもをまとめることはできないし、何の力もない不良達が銀河を救うというプロットに興奮気味だったのだが、1作目のラストで「ピーター、君のお父さん地球人じゃなくてすごい人っぽいよ!」って言われてて、わ…またか…って思ってしまった。それでも大好きな作品ではあったから、気にしてなかったけど2作目が出るまでずっと心の中はもやもやしてた。

なんだよ、結局サラブレットの話か。

 

そして、続編で登場するカート・ラッセル演じるピーターの父 エゴ。

ん?

これがピーターが思いを馳せていた父?

胡散臭いぞ…?

あれ?

イメージでは、ピーターの父ってのはもっと高貴な雰囲気で…。ダース・ヴェイダーのパターンだとしても元は立派なアナキンだったわけだから…。

これは…元からすでに胡散臭い!

ていうか、カート・ラッセルは最近のワイルドスピードシリーズでもなんだから信用できるタイプの役じゃないし、タランティーノの『デス・プルーフ』では若い女の子たちを車で追い回して興奮する変態野郎だったし……。いっつもなんか信頼できない!このキャスティングは……

て、思ってたらまさかの的中で、父エゴは…

 

銀河を駆け巡るヤリチンだったんだ!

 

まぁ、目的のあるヤリチンなんだけど…このカウンターパンチは素晴らしい。1作目の壮大な話が始まる感はただのフリだった!

しかも、どんなにゲテモノ星人でもかまわず穴があればぶち込む変態野郎(息子もその血をちゃんと引くという伏線あり)でピーターの母を一番愛してた。とかぬかすくせにその愛する妻を自らの手で殺したというサイコパス!

自分の目的達成のためなら、快楽のためなら人のことは顧みないという徹底ぶりで、女子会で「あの男サイテーだよね〜」とディスられるわかりやすい基準の根っからクソヤリチンです!

そんな父をピーターはちゃんと粉々にするし、父から受け継ぐはずだった偉大な力も捨てて一般人に戻るわけです。

気持ちイイ〜!!!

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー: リミックス』はこういったジャンルの映画に付きまとっていた【素敵な血筋の子孫が世界を救う】ていう根本的なテーマをぶち壊してくれたのです。

怪獣映画のここが好きだった!〜『シン・ゴジラ』再見で気づいたアガるポイント!それは、大人達を無視するゴジラ!〜

『シン・ゴジラ』をもう1度、観たんだけどぼくがゴジラ映画の好きなところに気づいてしまった!

どこで気づいたかと言うと、それはゴジラが変態を遂げて、鎌倉に再上陸する場面。

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はじめに蒲田に上陸した時はただのキモい生命体だったのに、今度はこんなにイカついやつが来たことにより、テンパる大人たち。

「なんだ。こいつは…。最初より体長が二倍以上あるぞ…?」

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そんなうろたえる大人を無視してゴジラは前進!前進!

会議室でモニターを見守る官僚が一言。

 

「なんで、またこっちに来るんだ…!?」

そんな問いに答える訳もなく、前進!前進!破壊!破壊!

 

ココ!この赤いところ!!!こういう場面がたまらなく好き。

この台詞の「こっち」というのは作品によっては「東京」という具体的な地名と差し代わってたりします。大人たちが脅威であるゴジラに対して、なぜなの!?どうしてたの!?なぜまたこっちに来ちゃう訳?!という嘆きの台詞です。

 

では、どんな条件が揃うとアガるのか整理していきます。

 

①その会議の規模がデカければデカいほどイイ♡

②この台詞を発言するのは地位が高い権力者じゃなきゃダメ♡

③この台詞の直後は絶対、進行するゴジラシーン♡

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デカイ会議ゴジラ対策を話し合っているような場所で「大人の弱音」はタブーである!

未曾有の危機を乗り越えるための中枢となる会議の場で、士気が下がるような言動はアウト!そんな状況だとは皆がわかっているはずなのに、ゴジラの強さに慄いて不安と苛立ちが爆発してしまう!「なんでまたこっちに来るんだ!」

だから、デカイ会議であればあるほどゴジラの強さが強調されるのです!

また、この発言をするまで大人たち自分たちの所有する兵器を過大評価している。まぁなんとかなるっしょ。しかし、自分たちの知恵の結晶でさえもゴジラには歯が立たない!だからこそこの台詞を放つのは偉い地位の人のほうが際立ちます。

そこらへんにいるおっちゃんがテレビを見て「なんでまたこっちに来るんだ!」って言ってても…いやいや、おまえが独り言でそんなん言っててもなんの意味もないんだから早く逃げろ!ってなっちゃう。しかし、ゴジラ対策の指揮をとる官僚がこんなにうろたえていれば、ああ。もうこの人たちでさえ対処できないならもう終わりだ……という絶望感が溢れ出るのです。

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そして、この台詞のあとはなるべく早く無視して前進するゴジラシーンを入れて欲しい!(なるべく建物を破壊してる方が効果的)

狼狽えた大人たちの「なぜ!?」という絶望的な問いかけをゴジラは無視して、前に進み、破壊を続ける。

つまり、当たり前ですけど、ゴジラはコミュニュケーションが通用しない相手であるということを明確に示してくれるシーンとなる訳です。

できれば……!!ここで、伊福部昭さんの曲だとなおあがりますね!シンゴジは完全にそうだったので最高です。

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この3つの全ての条件を満たし、レベルがあがればあがるほどアガる。

シンゴジ観ながら、ニヤニヤしてしまいました。

 

なぜこのコンボが好きかと端的に言えば、なんでも出来るしわかったつもりなった大人がゴジラという脅威に翻弄されていることを象徴するシーンだから!

ゴジラは人間の傲慢さや過信をすべてぶち壊してくれる超想定外の脅威です。なぜかこの脅威に観客は熱狂します。ゴジラが街で暴れれば暴れるほど心の底で、そうだ!いけいけ!全部を壊せ!って思ってしまう。

ゴジラはぼくらの破壊衝動を代わりに発散してくれる神なのかもしれません。

俺らの上に立ってる邪魔な大人たちの常識や問いかけを全部無視して、すべてブチ壊してくれ!と。

あれ?そう思ってるのはぼくだけ?

シネマランキング2016(2016年度公開作品)

明けましておめでとうございます。

昨年からスタートした本コラムをご愛読いただきありがとうございました。今年もよろしくお願いいたします。

去年、鑑賞した2016年公開の映画70本の中から、大変に低いところからではありますがランキングをつけさせていただきました。そもそも映画に順位をつけることは嫌なんですけが…!なんか、盛り上がるじゃないっすか⤴︎ということで、つけます。

 

この年末年始でぜひ参考にしてください。

 

第10位

『エクス・マキナ』

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理由!

心理サスペンスがめっちゃ面白いし「新たな生命の誕生」とその第一歩にクソ感動した!観たことないモノを見せてくれるのは映画の醍醐味!特に終盤でエヴァが男どもを裏切り、クローゼットで人間ではなく、オンナになるシーンが美しすぎる!

 

第9位

『アイ アム ア ヒーロー』

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理由!

日本の映画でこんなエクスタシーを感じたのは初めてだったから!興奮した!「日本映画の割には頑張ってるよな〜」なんていう上から目線のコメントは言わせないよ!ゾンビそれぞれに個性があって、日本独自の銃の扱い方も新鮮だ!

 

第8位

『ルーム』

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理由!

子供の強さに感動した!最初は子供が狂ってくのかと思ったら、ダメージがでかいのは母親だった!はじめて、触れる世界に順応していく想像力が最強の息子と衰退していく母親…。周りの環境との接し方も微笑ましい!青空がバット広がるカットはもう最高!

 

第7位

『死霊館 エンフィールド事件』

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理由!

ぶっ飛んでる!映画館であんなにビックビクになったのはとんでもない映画体験!DVDで観ちゃだめだ!しかも、内容がとてつもなく面白い。面白くて、怖いジェームズ・ワン印のホラー映画の最高潮!前作からも予算が増してて、もうこれはアクション映画でした。

 

第6位

『SCOOP!』

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理由!

邦画の娯楽映画傑作!いい意味で無理しない題材で最高に贅沢な活劇を成立させてます!ただただ楽しい日本映画をあまり見ないので、順位高い!

 

第5位

『幸せなひとりぼっち』

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理由!

感動作!と言われているけど、ちょっと怖いんだ!先だった妻は主人公を死へと誘う幻となっていて、隣に越してきた騒がしい隣人がその逆の立ち位置。「めんどくさい」が生きる理由になっていく!これは人生の哲学です!

 

第4位

『この世界の片隅に』

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理由!

戦争を規模や数で表現するのではなくて、その当時の世界の片隅にいた庶民の視点から徹底して描いた新しい戦争映画。ブレてない!普通の生活がどれだけ幸せかを感じ取れるし、それがひっくり返る事への怒りも湧いてくる。

 

第3位

『ドント・ブリーズ』

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理由!

80分代とは思えない濃厚なスリラー映画。シンプルな設定がいかに面白いかを改めて知りました。もうとにかく良く出来た傑作。何も考えずに面白い!ストレート!

 

第2位

『シン・ゴジラ』

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終わったと言われていた日本の怪獣映画はまだ終わってなかった!やっぱりゴジラは日本が描くべきなんだよ!ギャレゴジがそんなに楽しみじゃなくなった!災害映画という本来のゴジラを見せてくれました!ぶっ飛んだラストの展開も超好み。

 

第1位

『怒り』

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理由!

当たり前だろ!!!

「伝える」という人類共通の普遍的なテーマを扱っていて、「信じることの難しさ」「疑うことの辛さ」を徹底的に描いてます。原作小説の改編も見事。生涯のベストに入ります。

 

 

以上です!

今年も宜しくお願いします!

時代劇のススメ 〜若い世代の時代劇の楽しみ方〜

低いところから失礼します。ジャガモンド斉藤正伸です。

 

今日は一本の映画ではなく、1つのジャンルをパワープッシュさせてください。本日、書き殴るのは……

 

時代劇

時代劇(じだいげき)とは、日本の演劇や映画、テレビドラマ等で現代劇と大別されるジャンルとして主に明治維新以前の時代の日本を舞台とした作品の総称である。(by Wikipedia)

 

はじめに

 かつて洋画好きだった筆者は中学2年の時に寅さん映画に出会うことで邦画の間口が広がりました。寅さんに三船敏郎が出ていると、今まで観たことがなかった三船敏郎作品『用心棒』を鑑賞し「うわ!世界のミフネもすごいけど、黒澤明ってすげーんだ!」と物事わからないガキなりに面白さを痛感。

 寅さんに志村喬が出ているから、『生きる』と『七人の侍』を観てみると「このタラコ唇のおじちゃんすげぇ…」と圧倒され、笠智衆を知って小津安二郎の『東京物語』を鑑賞し困惑。「大人になってからもっかい観よう・・・」と。

 こんな風に数珠繋ぎ的に広がっていったんです。寅さんって国民的映画だから日本を代表する一流の役者さんしか出てない。女優という視点で言えば、寅さんに出れば国民的女優に認定!みたいな雰囲気があった。吉永小百合、樋口可南子、八千草薫、木の実ナナ、竹下景子、泉ピン子、岸本加世子、田中裕子、後藤久美子………現役で活躍なさってるするそうそうたるメンバーが出演してるんです。

 そんな邦画を見始めて魅了された1つのジャンルが時代劇です。

 なんで時代劇?そんなに面白い?

 面白い理由をブワーっと書きなぐります!

 

「存在するけど不確か」な世界観の充実

 さて、そもそも時代劇という設定について。映像の世界において時代劇は「存在するけど不確か」な最高の設定なのです!明治維新以降の時代って割と写真とか教科書で見るじゃないっすか?だから、想定ができるんです。けど、時代劇の背景って徳川が云々とか関ヶ原が…とか幕府がとかわかってるっちゃわかってるけど、実際にどういうことが起きていたのかはあんまりよくわかんない。不確かなんです。文章以外での記録がないから。この「不確か」がなにを意味するかっていうと…要はなんでも自由に出来るんです!!!

 時代劇なんだから、専門家の意見を取り入れて時代考証を厳密に…とか言うやつは首をはねましょう!うるせぇ!

 忠実に描くことも時には大切なんですけど、時代劇は「半分ノンフィクション。半分フィクション」という特殊なジャンルなんだから、遊んでいいんです。

 例えば、1961年黒澤明監督『用心棒』

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 こんなに娯楽の傑作を他に知らないんですけど、主人公・桑畑三十郎のライバルである仲代達矢!ヤクザ者の役なんですけど、ポスターの左下を見てください。首にマフラー巻いてます!右手にはピストル!!!

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 西洋の物をなんで持ってるんだよって話になりますけど、演出として成立してる。マフラーによって傲慢でキザな感じが出まくり、タチが悪そう…。ピストルによって侍ではなくヤクザ者の敵だから、ピストルだろうが何だろうが駆使して人を殺める危なっかしい感じが出てるんです。この時代にこんなこと有り得ない!とか言われていやいや!アリエル!なんていうのは、水掛け論な訳ですよ。証拠が無いんだから。てか、そんな争いは野暮なんです。

 魅力的な時代劇ってこういうミスマッチ is ワンダフル!な演出のオンパレードなんです。しかも未来を舞台とするSFのフィクションとは違う。未来は完全に想像ですけど、時代劇は実際この時代が存在したという事実と人間の想像力のブレンドになっている。だから、ワクワクできるんです。

 

時代劇の登場人物は週刊少年ジャンプ!

 大河ドラマを冷静に観ているとクサイ台詞多くないですか?でも、時代劇だと自然に見れる。

 信念、忠誠心、正義、友情、情、努力とか人間が本来重視すべきテーマを現代劇で台詞にすると安っちくなる。「普通そんなこと言わねーよ!なにかっこつけてんだよ!」と白けてしまう。現実味が無いんですよね。これを成立させてるのって日本のマンガ文化だと思うんです。特に週刊少年ジャンプ。『ドラゴンボール』『スラムダンク』『ハンター×ハンター』『ワンピース』…どの主人公も性格も真っ直ぐでわかりやすい。普段、口に出すと恥ずかしい台詞でも彼らが放てば、受け止めれるんです。わかってのとおりこの台詞の感じをそのまま実写化するとヒドイことになる。これが時代劇だと合うんですよ!!!

 当時の日本って構図がシンプルでわかりやすい。幕府という王があって、各地に大名がいて、それぞれに忠誠を誓う侍がいる。そして、商人、農民、流浪人。民を苦しめる野武士や大名は悪。身分は低くてもそこに立ち向かう侍がいれば正義。善と悪のボーダーライン。貧富、身分の格差がはっきりしてるから抽象的な概念を描きやすいんです。

 ちなみに『ワンピース』の作者・尾田栄一郎は時代劇(ヤクザものですが)が大好きで、『次郎長三国志』シリーズのDVDパケを描いてます。

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 ジブリの鈴木敏夫のラジオで尾田栄一郎が出演した時に、『ワンピース』は『七人の侍』がベースだということを認めています。

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 『ワンピース』の政府と海賊どちらが正義なのかわからないという世界観や情や信念を重視する展開、描写は時代劇や任侠モノのテイストにそっくり。あの感じって日本独自の価値観がすごい反映されてると思います。海外じゃ描けない世界です。

 

知らない役者が出ている。それが大事!

 もちろん近年、制作された時代劇も傑作多いです。

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 時代劇を作る撮影所がそもそも無くロケ地が限定されたり、乗る馬がないなど。そもそも対象年齢が高齢化していて時代劇が作りづらい時代にはなっていますが、面白いものいっぱいあります。

 ただ…今の役者さんって観客との距離が近すぎる。上記のような近年の時代劇に出演している役者さんをテレビやネットですぐ観れちゃうんです。インタビューを受けて演技について語ってたり、雑誌におしゃれな格好して載ってたり、バラエティのクイズ番組とか出ておバカを発揮したたらもう最悪なんです。そういう顔を見た瞬間に時代劇が「カツラを被った役者が演じてる」ようにしか見えない。でも、50、60年代の時代劇を今のお客さんが観ると「お前誰やねん!」の連続なんです。もちろんクソ有名な人ばかりですよ!??当時「銀幕のスター」と呼ばれていたような一流の俳優さんですから。けど、その人たちはテレビに出てヘラヘラしたりしてない。実態をあんまり知らない役者さんばっかりなんです。だから、その世界に没頭できる。本当にこういう人がいたんじゃないか…というリアリティがあってメチャくそ楽しめる。上記の「存在するけど不確か」な設定を最高に活かすことができるんです!

 ある意味、そういった状況で時代劇を観れるのは僕らの世代にしかできない楽しみ方ですよ!??

 どうっすか!?ここらで時代劇に触れてみるといのは…!??

 

 低いところから失礼しました。