新作ホラー映画『ブレア・ウィッチ』ネタバレありの感想文 〜17年経っての正統続編!〜

公開から17年経って続編が出るホラー映画なんて珍しい。

 

1999年に公開された『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』

魔女伝説を追い求めある森に侵入した若者集団全員が行方不明に。後日その森から彼らのものと思われるビデオカメラが発見され中には驚愕と恐怖の映像が残されていた。そのビデオの映像を編集した映画……という偽装ドキュメント。いわゆるモキュメンタリー映画として大ヒットを記録したのが本作です。

はい?何だっけそれ?

というそこのあなた。このフライヤーでピンとくるはず。

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これだ!!

『最凶絶叫計画』というパロディー映画でやってたでしょ!なんか鼻水がすごい出ちゃうみたいなの!

僕はその印象が強いんですけど、とにかくまずこのビジュアルが強烈にインパクトありますよね〜。このビジュアルについても後で触れていきます。

この作品は低予算ながらに制作されたモキュメンタリーっていうのも特徴なんですけど、当時は主流じゃなかったPOV形式で制作された画期的な映画でした。POVと言いますのは、主観ショットとも呼ばれていまして、本作以降のわかりやすい作品で例えると『グローバー・フィールド HAKAISHA』『パラノーマル・アクティビティー』『クロニクル』『ヴィジット』などがあります。

実際に我々が使っているようなビデオカメラやスマホの映像視点で構築されている。まるで現実かのように映せて自分があたかもその場にいるような擬似体験の要素を強める働きがPOVにはあります。ピントはボケるし、手元はぶれてるし、音は割れるしという臨場感溢れまくる。その効果って、低予算で可能という理由も相まってホラーと相性バッチリなんですよね。

99年の『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』はこのPOVを確立させた作品でもあります。

 

そんな前作から17年経ち…その森で行方不明になった姉貴を探し出すために弟が立ち上がり、再びあの森へ足を踏み込む……というのが、続編にあたる『ブレア・ウィッチ』でございます。

 

ということで、書き殴ってまいります。まずはむちゃくそ怖い予告編からどうぞ。

 

オイ、弟よ!17年も経って姉貴が生きてるわけなかろう!!!

てか、そもそも君は今まで何をしてたんだよ!!!

 

主人公にこう言ってやりたい気持ちはいったん押さえましょう。

 

①POV効果について 〜「怖いもの見たさ」の具現化〜

こんな怖い思いしてまで何で最後までビデオカメラ持ってんだよ!ってPOV観てると毎回、思っちゃうんです。POV形式のホラー映画ではたいていそうなんですけど、死ぬほど怖い思いして泣き叫びながら主人公は逃げてるのにカメラは捨てない。ちゃ〜んと撮ってる。「そのプロ根性は一体どこから出てくるんだ!?」と毎回、プロの戦場カメラマンでもない主人公に対して筆者は気になってしまうんですけど、そんなこと言うのはね、野暮であります!!!笑

でも、ちゃんと理由があって、そもそもPOVって、怖いものを見たがるという人間が持つ本能、習性の具現化だと思うんです。

街中での喧嘩や火事とかが起きるとなんだか見たくなっちゃいますよね?野次馬根性です。これはどんな人間でも一緒です。そもそもホラー映画を観ること自体が「怖いもの見たさ」によるものじゃないですか。怖いとわかってるのに、観たくなる。人は非現実的なことを追い求めていて、自分に刺激を与えて精神のバランスを保ってると思うんです。変な生き物ですよね。

POV映画ってこういった人間の本能の具現化であり、メタファーなんだと思うんです。だから、危機的状況になってもカメラ回してる主人公たちを我々は鼻で笑いながらも「映しててくれ」って思ってしまう。

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②アダム監督による「隣人の恐怖」演出炸裂!

本作の監督は筆者の大好きなアダム・ヴィンガード!どんな監督なのかは過去の記事を観ていただけると嬉しいです。

ハリウッド版『デスノート』監督⁉︎ アダム・ヴィンガード

このアダムちゃんはですね、執拗に「隣人の恐怖」をずーーーーっと描いてる。過去に絶っ対、裏切られたトラウマあっただろ!っていうくらい。それが作家性になってるわけなんですが。

隣に住む人、恋人や家族の本当の姿をあなたは知っていますか!?というとんでもなく恐ろしい問いかけをしてくる監督です。

どの作品を観ても「隣人の恐怖」が主題にあって、それをあらゆる角度から描いています。

そんな作家性が本作で炸裂していました。主人公を中心とする若者軍団に介入してくる男女2名。もともとこのカップルが森の近くで発見したテープが元で姉を捜索することになるわけなんですが…彼らとのキャンプ中での疑心暗鬼!これまた、カップルが余計なことするんですよ〜。森にいる「それ」の恐怖に拍車をかけてきます。

これはネタバレになってしまうんですが、本作の「それ」は自分の大切な人に化けて襲ってきます。どんなに逃げようとも愛する人の声で話しかけてくる。これが彼らの命取りになるんです。このカラクリは「愛する人への信頼」を逆手に取ったものになっていますよね。これもまたアダム監督の作家性と重なります。

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③映像技術の進歩による恐怖のバリエーション増加!

1999年の1作目は家庭用のビデオカメラ1本での勝負でした。DVテープを使用したアナログ。今ではデジタル化と同時にカメラの小型化、多様化が爆進しそれが本作を盛り上げてくれている。

ドローン。暗視カメラ。それと連動しリモコンの役割を果たしているタブレット。これらのガジェットがPOVの領域を広げてくれています。

何より耳元につけている小型カメラ!これによって人の目線とほぼ同じのアングルが可能になり、ホントに主観映像になってくれています。①で述べた「なんでこんな時にカメラ持ってんだよ!」というツッコミは入れられなくなる。常に耳のカメラついてるから。これは画期的でした。

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④真相はわからない。

モキュメンタリーなので、従来の映画のようなわかりやすい物語ではないんです。謎はあるけど、謎は解かない。というより、解けない状況に追い込まれている。結論が提示されないんです。誰の呪いだとか生贄だとか結局わからずじまい。「それ」の謎は前作同様で謎のまま。これが不服と思う人もいると思いますが、主人公たちは最悪の状況に陥り、原因究明ができるほど冷静じゃいられなくなってるから謎解くのは無理!まぁ、それくらいパニクってもらわないと、POVによる臨場感の意味がなくなってしまうので、真相不明は仕方ありません!

 

じゃあ、この映画。何が怖いのか?

 

音やビジュアル的な恐怖の煽りでびびるんですけど、ブレアシリーズで怖いのは人間の「顔」なんです。

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「それ」を目の当たりにし恐怖におののく「顔」が強烈に恐ろしい。僕らは直接的でなく間接的に恐怖を感じてる。

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そういう作品だからこそ、一作目のフライヤーはその「顔」なんだと思うんです。どんなに怖い幽霊がドーンとチラシになるよりも怖いんですよね。ここまで恐怖を感じる表情って…いったい何を観てしまったんだろうこの人達は…と。無駄に想像だけが先走ってより恐ろしくなる。

ああ、もう書いてるだけで、鳥肌モノです。

 

筆者が観たとき、映画館の暗闇と本作の森の闇が完全に溶け込んで一体化してました。とてつもなくデカイ森の中にいると錯覚してしまう。それに加えてPOVだから…もうパニック!パニック!よそ見ができません!何かいるんじゃないかと思ってしまう。ぜひぜひ映画館へ!

 

低いところから失礼しました。

新作映画『湯を沸かすほどの熱い愛』ネタバレ無し感想文 〜圧倒的な宮沢りえパワー!ベタな設定だけどしっかり歪〜

映画を観てるお客さんの泣く様子を入れ込んでるTVスポットは嫌いです。

「余命がわずかとわかった主人公の物語」と謳ってる映画はたいていそんな感じの予告なことが多いですよね。実際その映画を観てたいして感動しなかった時の苛立ちといったらない。別に泣ける映画自体を否定してるわけじゃないんですが、「人が死ぬ」ということを悪用して客の涙を誘うなんていう商売はゲスだと思います。泣かせるために人物を殺す。いけすかないっすよね。死を道具にしてる。

だから、本作に関しても事前の宣伝を観る限り全く観る気はございませんでした。宣伝を見てて嫌な予感しかしない。

とは言いつつも、本作『湯を沸かすほどの熱い愛』が公開されるやいなや評判がとんでもなく良い!!!特にお笑い芸人からの絶賛がえげつない。芸人ってズレてたり、斜めから物事を観る変な人が多いから芸人の絶賛は当たりやすい気が勝手にしてます。てことで、本作を観に行きましたので、書き殴って参ります。

解説と概要

宮沢りえの「紙の月」以来となる映画主演作で、自主映画「チチを撮りに」で注目された中野量太監督の商業映画デビュー作。持ち前の明るさと強さで娘を育てている双葉が、突然の余命宣告を受けてしまう。双葉は残酷な現実を受け入れ、1年前に突然家出した夫を連れ帰り休業中の銭湯を再開させることや、気が優しすぎる娘を独り立ちさせることなど、4つの「絶対にやっておくべきこと」を実行していく。会う人すべてを包みこむ優しさと強さを持つ双葉役を宮沢が、娘の安澄役を杉咲花が演じる。失踪した夫役のオダギリジョーのほか、松坂桃李、篠原ゆき子、駿河太郎らが脇を固める。(映画.com)

 

①泣ける!そして、笑える映画!

本作の冒頭で宮沢りえが演じる母・双葉が経営する銭湯 幸の湯に張り紙が…

「湯気のように主人が蒸発したので、しばらく休業いたします」

なんとユーモラスなオープニング!この時点でぷぷっと笑ってしまうし、主人公がどんな人間か一発でわかります。そして、この映画がどんな映画か宣言してる象徴的なカットだと思います。泣ける泣けると聞いていましたが、笑えるん!中でも犬の置物事件やラストのお経は1人で爆笑してしまいました。

このユーモアが実は重要な鍵になっています。

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②冷める演出を成立させる監督のセンス

使いまわされまくって手垢がついてしまっている余命モノ。本作が他作との違いに役立っているのが上記の「ユーモア」と「ストレートな熱さ」のバランスだと思います。特に感じたのがピラミッドの場面。これ一歩間違えたら観てるこっちが恥ずかしくなるくらいクサくなる場面なんです。僕も観ててちょっとヒヤヒヤしましたが、ここでオダギリジョーさん演じるダメ夫がいいタイミングで情けない台詞をぽろっと吐く。おーーー!!あぶねーーー!!もうちょっと行きすぎてたら恥ずかしくなってたと思うギリのところなんです。で、この直後に主人公が切実な願いを1人で打ち明ける。ここで、ドバーーーッと涙が出てしまう。ここめっちゃうまいんです!主人公が本音を打ち明けたのはこの映画で後にも先にもココだけ。しかも、たった1人で誰にも伝えてない。

やり過ぎるとキツイ場面に程よいユーモアを加えて、観客を油断させたところでストレートな熱さをズドーン!!と。このカウンターパンチが秀逸でした。そういう箇所が多い。ベッタベタの設定なのに、観たことない場面が多いんです。

③歪な形をした映画

そうは言いつつも、思い切った演出も多い!特にラストはエーーーーって。ここで!?って思っちゃう。あそこで賛否が分かれるのもすごいわかります。法律的には完全にアウトでしょうし。ただ、そこの逸脱がアリに見えるから素晴らしい。中盤の水色下着の抗議や急なビンタ、人物の関係性の伏線など…観客が予想しない裏切りをしっかり入れてくる。そんなことしたら色々ひっくり返るよ⁉︎っていう突飛な裏切り。賭けに出てしっかり勝ってる。良い意味で勢いで何とかしちゃってるところがあって、結果的には歪なところがちゃんとある映画になってます。だから、記憶に残る強烈な仕上がりになっています。

まとめてしまうと、余命モノというベタな設定でありつつ観客を飽きさせないスリリングな作りになってるという工夫がナイスでした。

 

④主人公のパワーが映画を動かす 

圧倒的な宮沢りえパワーによって本作はかなりパワフルです。余命を宣告された人間がそんな行動に出るか?って疑問も出るんですけど、宮沢りえでアリに見えてるというこのパワー。彼女自身が人生で経験した離婚や子育てや母の死など…そういったバックボーンが活きてる気がします。言葉じゃ説明できない宮沢りえの母力が主人公・双葉に説得力をもたせてくれています。また、この映し方が秀逸。余命宣告を受けて、休業してる銭湯の浴槽でうずくまる場面。転がってるタマネギと引きのカット。本人が泣いてるところをクローズアップで映したりしない。過剰に映したりしてないんですね。だからこそ、そのあとに訪れる例のピラミッドのシーンで初めて吐露する願望が効いてくる!

本作は「死ぬ」というのはあくまで主人公のカセ。死で泣けるわけじゃない。病気でヨレヨレで死にそうで、そんなんで外歩くなよ!って突っ込みたくなるような母が何かを成し遂げようとしてたり、ベットに横たわる母に「死なないでよ!お母さん!お母さん!」と娘がすがるとかっていうシーンは全くない。

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⑤愛とその強さに涙

じゃあ何に感動するかって言えばタイトルにある通り「愛」と「その強さ」に感動する訳ですよね。娘の妹を迎える中で強まる愛。妹のか弱いけど芽生えた母への愛。ダメ夫の不器用ながらの愛。探偵の娘への愛。実母の愛。もちろん圧倒的なのが母の愛。この愛とその強さに涙する。ぐわーっと涙腺やられる。ちょっとネタバレになっちゃいますけど、双葉が死ぬ場面ないんです。

みんなの愛の様子をずっと描いてるんですけど、物語の中で双葉に成長や変化はしない。変化するのは双葉の周りの人間たち。双葉と関わることでみんなが影響を受けて、変化し成長し前を向いて生きていく。

双葉のキャラクターが映画の大きな牽引力になっています。この双葉のすごいところって簡単に抱きしめないところだと思います。辛くて崩れそうな娘たちを抱擁でなんとかしようとしない。ちゃんと向き合え!!!立ち向かえ!!!と立ち上がらせる。っていう星一徹みたいな母なんです!

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抱きしめるが簡単なはずなんです。ギュって。愛を「愛してるわよ」とかいう安易な言葉で伝えない。双葉の中にある確固たるやり方があるんでしょうね。

これ文句じゃなくて、リクエストでもあるんですけど、宮沢りえ主演で双葉を連ドラ化してほしい。いろんな人物が現れて、トラブルが舞い込む。双葉はそれをどう解決するかっていうのだけで……超観たい。こんなにも思っちゃうのは、双葉がちゃんと人間らしいからなんです。欠点がある。感情的になるとパッと手が出るしすぐ熱くなっちゃう。だからこそ愛おしい。

他の役者さんも良かったですね〜。杉咲花ちゃんは学校でいじめられてる役柄なんですけど、口元が上手。グッと我慢するところとか、言いたくないことだけど言わなきゃって時の言葉の出し方。先が恐ろしや。オダジョーもダメ夫っぷりが最高。双葉はなんでこんなやつと結婚したんだよ!って思っちゃうんですけど、この夫もまた憎めないんだなー。

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この映画、女性の映画なんですよね。ああ、もう男の時代じゃないんだな〜って感じます。

 

書いた通り歪で変なところあるんで、特にラストとかで拒否反応を示す人もいるかと思いますが、ストレートで熱い愛に溢れた映画なんでぜひごらんください。

 

低いところから失礼しました。

新作映画『手紙は憶えている』ネタバレなしの感想文 〜認知症の老人がナチス残党を追い詰める復讐劇〜

主人公に弱点があると物語は盛り上がる。

ウルトラマンは大きくなって怪獣と戦えても3分しか戦えない。21世紀のネコ型ロボット ドラえもんは四次元ポケットの道具で万能に見えてもネズミが大嫌い。冒険家インディ・ジョーンズは知識も肉体も強靭だが女に弱くヘビを見ただけで跳ね上がる。

『手紙は憶えている』の主人公は弱点だらけ。老人ホームに住むジジィで、手は震え、足はおぼつかない、おまけに認知症を患っており、いったん寝ると記憶が失われる。本作は妻に先立たれてしまった主人公の老人がかつてアウシュビッツ強制収容所でナチスによって奪われた家族の復讐をするために1人のナチ残党を追うロードムービーだ。標的は1人。容疑者は4人。1人1人に直接会って仇かどうかを確かめていく…。

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一見、ジジィの地味なロードムービーになり兼ねないがそんなこと一切ない。上記のような弱点が主人公のカセとなり物語に緊迫感を持たてくれてヒヤヒヤもの。中盤のナチス信者とのやり取りはすさまじい。

主人公は寝て起きると記憶がなくなり、死んだ妻の名前を毎回呼びながら混乱する。妻はどこにいるのか。なぜ自分は今ここにいるのか…。ポケットに入っている老人ホームの友人が書いてくれた手紙を読み、妻は死んだこと。そして、いま復讐の旅をしていることが克明に書かれていることで記憶が呼び覚まされ再び復讐に燃え始める。つまり、復讐の理由は毎日リセットされる。毎度そこを描いしまえばくどすぎてたまらないが、程よくはしょられている。目的の大小ではなく、主人公自身のポテンシャルを極限まで下げることでスリリングな仕上がりになっている。日常のなんでもないハプニングがこちらをハラハラさせる秀逸な作りだ。この作品の脚本家は本作がデビュー作だと言うから驚き。

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旅の途中、検問で列が並んでいるところや収容所のシャワー室を彷彿とさせる演出など、アウシュビッツと重なり合う箇所があったりするが、戦時中やアウシュビッツの回想や史実の解説などは徹底的に削り、ミステリーとして成り立たせている本作。凄惨な過去を切り取るのでなく、その悲惨な事実の被害にあった人たちの「その後の人生」の苦しみと執念、選択を描いている。死んでしまうギリギリまで戦争を憎み復讐に執着する老人2人を見ていると心がキリキリしだす。戦争は終わった。収容所は無くなった。ヒトラーが死んだといった結果関係なく被害を受けた本人たちにとっては一生つきまとう悲惨な体験。その苦しみが心に刺さる。

苦しいゆえに映画が進むにつれて主人公とその友人の執念に疑問さえ感じる。この復讐に意味はあるのか。こんなに孤独と戦いながらやりとげる意味はあるのか。もう全てを忘れて家に帰り余生を暮らす事のほうが幸せなのではないか……。そんなことを考えながら結末を目の当たりにして、この復讐の本当の目的を目にした時、震えた!

復讐映画とはいえ画面のトーンは明るく、お花に囲まれるクライマックスもお見事。彼らの復讐の虚しさが余計に際立っている本作。観終わったら必ずもう一度観たくなります。これ、絶対。振り返って考えると全部が繋がっているから。そして、原題の意味がより強く心を打ちます。そういうことか…と。あれ、これネタバレ?

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ぜひ劇場でご覧ください!

 

低いところから失礼しました。

 

新作映画『ミュージアム』ネタバレありの感想文

もし本作『ミュージアム』を観るつもりだよ〜って人がいたら、予告編と原作には手を出さずにこの映画を観てほしいです!そしてこのコラムも読まないで!

なぜなら、本作にある大事な仕掛けのネタが予告編に思いっきりぶち込まれています。映画の内容も原作の漫画と完全に一致する仕上がりなのでぜひノーーーータッチで!それを踏まえた上で書きなぐっていきますよ〜

 

『ミュージアム』

内容と解説

過激な描写と緊迫のストーリー展開で人気を博す巴亮介の人気サイコスリラー漫画を、これが初タッグとなる小栗旬主演×大友啓史監督により実写映画化。雨の日だけに起こる猟奇殺人事件を追う刑事の沢村久志。犯行現場に残された謎のメモや、見つけられることを前提としたかのような死体から、カエルのマスクを被った犯人像が浮かび上がる。通称・カエル男と呼ばれるようになった犯人を追い詰めていく沢村だったが、カエル男の仕組んだ残酷な罠にはまり、絶望的な状況に追い込まれてしまう。主人公・沢村役の小栗、沢村の妻を演じる尾野真千子はじめ、野村周平、大森南朋ら豪華キャストが共演。(映画.comより引用)

 

①はじめに 〜名作映画のエッセンス〜

 本作の概要を知って多くの人が連想する映画が『セブン』『SAW』です。この2本が好きな人は本作に興味を惹かれるんじゃないでしょうか。

 まず『セブン』 犯人が被害者を勝手に罪に当てはめて「私刑」で裁く。『セブン』はキリスト教の七つの罪に準えた連続殺人事件。『ミィージアム』ではドッグフードの刑やずっと美しくの刑、均等の愛の刑などに処されていく連続殺人です。その私刑の白羽の矢がラストで主人公に向けられていくという展開もそっくりです。雨がずっと降っているという雰囲気作りも近い。

 『SAW』は殺し方のレパートリーやラストで主人公が閉じ込められ、脱出に挑む密室サスペンスの展開になる点(犯人の目的が読めない点も)が類似しています。

 また『羊たちの沈黙』とも共通している場面がありました。サイコキラーのアジトにコレクションが並んでいる。犯人がそのアジトで自分だけの世界、価値観を構築し犯罪を練って練って実行に移していく。そこへ主人公刑事が突入するような展開です。

 本作『ミュージアム』はこういった作品のエッセンスがブレンドされている。その上で『ミュージアム』ならではのテーマが挿入されています。(これは原作の時点でそうです)

 今回は上記の作品との比較も交えながら書きなぐっていきます。

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②構成について 

 連続殺人のサスペンスと謳っていますが、実際の犯行の過程を見せるのは最初だけ。「母の痛みを知りましょうの刑」意外はすべて殺害の結果だけが描かれていきます。だから、思ってる以上に展開が早い。①で記した映画『セブン』のようにじっくりは見せません。あっという間。その連続殺人のターゲットが主人公刑事の小栗旬の奥さんだとわかり奥さんが拉致されてしまうところまでが前半。後半は小栗旬がさらわれた奥さんを追い求めながら妻との回想と家族への懺悔が織り交ざっていきます。わりかし本作の主題は後半のような気がします。

 なぜターゲットにされてるのかは序盤ですぐ明らかになるのでそこではなく「犯人は誰なのか」「犯人はどこにいるのか」といったミステリー要素と妻への回想と反省が後半の推進力であり、本作の主題となっています。

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③原作との違い 〜そことここはアレンジを!〜

 原作との大きな改変が2カ所ありました。1つはある人物設定の改編。もう1つはオチです。

 人物設定の改編によって犯人は妹に殺されます。身内でケジメをつける…うーーん。ここは原作通り生かしておいてほしかった!こういう映画ってサイコキラーの「支配力」が大事だと思ってます。牢獄に入れられても周りに大きな影響を与えたり、死んでも生き残った者がずーーーっと背後に感じるような存在感。要はそのサイコキラーに出会ってしまった時点でその人の人生が大きく変わり、永遠にその面影が残り続けると言いますか…。だから、最低限「やつは生きている」っていう恐怖だ大事だと思うんです。過去作品で言えば『ハロウィン』のブギーマンは不死身だし、名作漫画『モンスター』のヨハンだって重体のはずなのに最後は病院を抜け出して終わる。①であげた作品だってそうです。『SAW』だってジグソウの後継者が現れたりするし、『羊たちの沈黙』だってサイコキラーのレクターがいたから事件解決も出来たし、主人公はトラウマを払拭できたという矛盾を抱えた構図が構築されながらも最後は脱獄してしまいます。じゃあ、『セブン』はどうなんだと。ラスト犯人は○○になっちゃいますけど、それが結果的にラストの7番目の大きな犯行になる訳ですから完璧なんです。で、『ミュージアム』に関してはオチと犯人の仕掛けとは直接的に結びつかないんです。ある意味、犯人の残した「呪い」と解釈する事もできるんですけどこれたまたまなんですよね。個人的にこのオチの不気味さは大好きです!けど、おしいというか犯人の意図したもの感だしてるけど、そうじゃないから…うーんですね!

 逆に改編したほうがよいところがあるのに原作通りにやっていてなんだかな〜という箇所もありました。

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 例えばこの構図。主人公の後輩刑事にあたる野村周平。腕を縛られてビルの屋上で落とされるギリギリの感じで犯人が支えてるんですけど…どうしてこういう状態になったのかよくわからないし、この体勢になるのに1分もかかってないんです。しかも、この状態で台詞のやりとりをしてる。不自然ですよね。漫画だったらまだギリいけるんです。漫画って時間の進み方が人それぞれだからこの短時間でどうやって?とかって思わないんです。人それぞれ読むペースがあるから。でも映画って時間の進み方は観客全員同じじゃないですか。当たり前ですけど。だから、え?ってなっちゃうんですね。

 あとね、クライマックスで主人公が監禁されてそこですんごい仕掛けあるんですけど…いや、結末の前にそれバレるよ!!!っていうくらいブツを映してるんですよ。ブツっていうのはハンバーガーなんですけど、あんなに見せたら感づくよ?わ!奥さんと子供がハンバーガーの肉になっちゃったの!??って。観客に優しすぎる。結局、それはフェイクだったんですけど安心させるのも早い……。これ、漫画と同じタイミングなんですけど、ここは改編してほしかった。この後にもう1つ仕掛けがあって「奥さんと子供をハンバーガーにしたカエル男を銃撃ちまくりながら主人公が追いかけ回す。だけど、途中で犯人はカエル男の服装をしている奥さんと入れ替わる」つまり、主人公が自分の手で奥さんを撃ち殺してしまうという計画なんですね。それを主人公が見抜く場面が漫画じゃないと表現できない演出なんです。奥さんカエル男の背中が、家を出て行く奥さんの背中と重なって撃たないんです。これって映画じゃ難しいですよね。ここすごい感動的なんです。だから、奥さん生きてますよ〜のネタバレが早くても文句ない。けど、映画はそうじゃないんで……。改編するところとしない部分のメリハリを検討してほしかった部分です。

 

④キザな監督とキザな俳優 

 主人公を演じる小栗旬が本当にかっこいい。オレ主役だぜ〜感がハンパない。華ありますね。若くて無鉄砲な雰囲気は『セブン』のブラピをイメージしたんだと思うんですけど、すんげー簡単に言ってしまうと「キザ」なんです。ただ、このキザ感がこの映画と合わないんです。完全に浮いてしまっています。妻がターゲットにされた事を知ってオフィスでむちゃくちゃキレるんですけど、そのキレ方が派手すぎててなんかもう薬物中毒者にしか見えない。そもそも日本人ってこんなキレ方しないんですよね。こんな感情オープンにならない。すごい違和感。クライマックスでどん底に追いつめられての発狂は良かったんですけど、それまでがちょっとオーバーでした。で、実は本作の監督である大友啓史さんの演出がもともと「キザ」なんです。これ別に悪い意味じゃないんです。他作も観てみるとやけにカッチョええ演技の付け方が多い。これって映画の設定によってはミスマッチなんです。このキザが良く出てたのが大河ドラマの『龍馬伝』と『るろうに剣心』(特に2と3)です。熱い時代劇にすごいマッチしてる。監督がハリウッドで学んだ知恵ともともと持つ「キザ」という演出のクセが程よくマッチした。ぼくは大友監督の撮る時代劇が好きなんだな〜と思いました。

 キザな監督とキザな俳優。そして、現代を舞台としたサイコサスペンス。この組み合わせの相性がよくなかったんだと思います。

 

⑤画作り

 良いところもめっちゃありました。まずロケ地とセット。ロケ地に関しては殺人現場のセンスいいですよね。廃工場とか使われなくなった線路の上。セットに関しては警察の署内も最近あるあるのオフィス感を一切なくして古びたコンクリートの建物内。アナログ感というか、ノスタルジックな感じ。泥臭さが出てます。犯人のアジトとなっている屋敷もすんごい不気味です。あと、役者さんで言えばカエル男役のブッキーも最高でした。犯罪に興奮して発情してる感じというか快楽を得てる。最高ですね。映画としてもR指定がされてない事がおかしいくらいしっかりグロテスクな場面見せてましたし、邦画のサイコスリラーの中ではだいぶ上質だと思います。

 個人的な思いとしては、大友監督に製作委員会方式ではない自主映画に近いような低予算でいいから商業映画。もしくは、やはり時代劇!撮ってほしいです!最近は原作ものを任される監督になってきているので、ぜひそういうのが観たいな〜。

 

以上。

低いところから失礼しました。

 

新作映画『少女』ネタバレ無し感想文 〜武器である映画を封印されて…〜

湊かなえ!

湊かなえ!

湊かなえ!

 

 この名前のズドーーーーンって感じ。この作家が持つネームバリューはととてつもなくデッケーっすよね。みんな大好きでしょ?小説家としてもそうだろうし、映像化したことによってより一層この名前が世に広まってる。決定的なのは中島哲也監督『告白』 その他にもドラマ化もされまくりで。筆者は湊かなえ作品を読んだことないんだけど、映画で言えば『白ゆき姫殺人事件』は好きな映画です。あれはもう井上真央ちゃんのある意味アイドル映画として最高で、役がハマってたし何度も笑いました。菜々緒が初出演とかいう宣伝文句はどうでもいい。

 邦画って一時期、『世界の中心で愛を叫ぶ』があったせいか余命モノや感動モノが大量生産されてた。今でもあるけど、そういう泣ける映画が評論家はどうあれ世間的にも良いとされてた風潮があったと思うんです。けど『告白』や翌年に公開された園子温監督『冷たい熱帯魚』が興行的に大成功を収めたことで、そういうショッキングで残忍な映画も面白いと観客は感じるんだと日本映画は気付かされたと。(感動モノの反動でもあるのかも)そんな気がしてます。

 そういうこともあり「湊かなえ原作」と聞くと観客の気持ちは煽られる。今の日本人には「湊かなえ原作」はたまらん宣伝文句なんじゃないですかね?独特の後味の悪さを求めて観客は劇場に足を運ぶ。ラストは気持ちよくない。けど、そのストレスを求める。そういったかまえで行くと本作『少女』は……あれ???って感じに陥ります。

 

『少女』

 

 「人が死ぬところを見てみたい」というタブーな願望を女子高生が持つ…うん、いかにも暗くて怪しい。湊かなえっぽい。しかも、この「死への興味、好奇心」って誰もが一瞬は抱えるけど、周りには言えないタブーに属しますよね。倫理的にはダメだけど、ちょっと気になる…という要素を突いてきてる。題材は超イイじゃないっすか!!!そんな気持ちを抱えた女子高生は何をしでかすのかって気になる!そそる!そそる!!だけど、筆者が上記でお茶濁す書き方をして理由はシンプルです。

 

観ずらい。

 

 いや、シンプルすぎて逆にわかんないっすね。どういうことなのかと…

 当初は「人が死ぬところを見てみたい」っていうゴールが設定されてます。だから、そこに向かって一直線に進むべきなのに、最終的に少女たちが何がしたいのかが全くわからなくなります。途中で目的が変わり心情が変化してるんでしょうけど、今現在、彼女らがどう思っててどう変化したのかが全く読めない。もちろん監督のストーリーテリングの仕方の問題もあると思うんですけど、メインの2人にはこういうわかりにくい役は重荷なんじゃないか!?マッチしてないです。こういう役ってすんげーむずいじゃないですか。表情の絶妙な変化、仕草で心理を語っていかなきゃいけない。この手の作品はそういう表現が出来て、相手に伝わった上で裏切りもしなきゃいけなくなる。「怒ってるように見えたけど、実は喜んでた」とか「楽しんでるように見えたけど、実はあざ笑ってた」とか。人間の裏表を出さないと失敗すると思うんです。だけど、この2人は裏なのか表なのかもわからない。読み取りづらいんです。2人が悪いんじゃなくて、そういう事ができるタイプの役者さんではないと思います。

 

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 2人とも自然な笑顔が超素敵なタイプなのに完全にそれを封印され、ラストに笑顔爆発するんだけど、それまでが真顔のオンパレードのため不自然にしか映りません。

 兎にも角にも、観ているとこの話がいったいどこへ向かうのかが全く読めない。それは展開が読めなくて面白いんじゃなくて、2人が何をどのように感じてるのかがよくわからないため観客は置いてかれてしまうんです。本作はそういう観客を混乱させる点が非常に多いです。今のは役者の演技の付け方についてですが、配役のバランスもちょっと……。一番は稲垣吾郎。出てきただけでやっぱり何かあるって勘ぐっちゃうんです。そういう怪しい雰囲気もってるし、近年の起用のされ方も多い。今回は完全に良い人で、最初疑ってる分なんだか肩透かし。もっと吾郎ちゃんをあえて疑わせる場面が多くて、最後良い人でした〜!みたいなあの『ホーム・アローン』のスコップおじさんや鳩おばさんみたいな捌き方ならいいんですけど、そういう描写もない。

 配役という意味では老人ホームに勤める恰幅の良いおばちゃんもあまりにもコミカルすぎる。この作品のトーンに明らかに合ってない。浮いてる。コミカルという意味で言えば、その老人ホームで三月ちゃんの目の前に入れ歯が落ちてきたり、バッサーが途中でコンドームをブニュってして「あんなおじさんとなんてやっぱ無理ー!!!」みたいなラブコメみたいなトーンで演技したりするんですけど、すんげーノイズ。笑っていいの?って。ホラーとコメディは紙一重ですけど、そういうんじゃなく本題に関係ない部分でそういうコメディタッチが入ってくるんで、すんげー記号的なんです。

 

 結論を言うと、映画としてすんげー観ずらい事になっちゃってる。画だけ観るといっちょまえで面白そうだし、実際見ててもこのトーンは良い雰囲気なんですけど、一本の映画として観ると訳がわからん。そんな映画でした。

 

 低いところから失礼しました。

 

 

新作映画『ハドソン川の奇跡』感想文 〜愚行だと思われていた偉人の行動 サリー!疑ってごめん!〜

低いところから失礼します。ジャガモンド斉藤正伸です。

 

『ハドソン川の奇跡』(原題『Sully』)

 

 

 現役映画監督の中で最高年齢を誇るクリント・イーストウッド大先生!ちなみに我が国が誇る『男はつらいよ』の山田洋次大先生は85歳。イーストウッド大先生は1つ上の86歳でございます。そんな大先生が2009年にニューヨークで起きた旅客機着水事故を映画化なされました。

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 そんなありがたき映画を筆者は拝むような気持ちで某映画館のレイトショーへ。しかもIMAXシアター。本作はIMAXカメラで撮影したと聞いていたので、そんな迫力も堪能しようと半券片手にスキップしながら劇場へ。

 90分代という見やすい尺で大先生はどんなお仕事をなされたのかワクワクしながら、座席につきました。

 長すぎる予告編にいつもは飽きてしまいますが、大先生の前戯だと思えば何のその。へっちゃらでございます。予告編を観ながら、大先生の今までの作品の回想に耽っていました。

 そして、大きな画面にこんな表記が……

 

「3Dメガネをおかけください」

 

 は!????3D?もらってないよ!てか、そもそも3D作品じゃないよね……?

 

 すると、紫基調のIMAXのロゴが出現し、ジャレットレト版ジョーカーの高笑いが…「ハーッハハッハッハハ…ハッハ…ハ…ハ……」ウィル・スミス、エロいマーゴット・ロビーがどーんどーん!そして、タイトルロゴドーーーーン!!!『スーサイド・スクワッド』

 

 劇場、間違えたーーーーー!!!!

 と思いきや周りの観客も騒然とし始め、画面がプツリと真っ暗に。完全なる劇場側のミスで誤放映が起きたのです。スタッフさんがバタバタ駆け回り20分後にようやく役員の方が現れ謝罪。今から本編を放映し、終了予定は12時30分。もし終電など時間が厳しい方は名乗り出てください。ご返金いたしますとのこと。シーーーンと静まりかえる劇場内。まるで「ここから命の保証はない。帰りたいやつは帰れ」という鬼軍曹を前にした兵士達のようでした。そして筆者は………脱落!!!ごめんなさい!!!大先生!!!だって終電が無いんだもの!!!翌朝、早かったんだもの!!!

 その日以降、なかなか時間の作れなかった筆者はベッドまで共にしたのにやらしてくれない女と終電でバイバイしたような気持ちになりました。どんな気持ちかって?ムラムラが収まらなかったんだよ!!!

 そんなギンギン状態でようやく時間を作りクリント・イーストウッド大先生の『ハドソン川の奇跡』を観てまいりました!

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 結論からいうけど、良いに決まってるんだから行こうよ!!!

※ムラムラしててやっと抱けたからではありません。いたって冷静。

 

 主人公はトム・ハンクス演じるサリー機長。40年の勤務を誇るベテランのパイロット。妻子に恵まれ、酒・タバコ・ギャッブル・ドラッグとは一切無縁。ひたすら真面目に安全運転を成し遂げてきました。ある日、ニューヨークを飛び立ったサリー機長の飛行機エンジンに鳥の大群が激突。両エンジンが機能停止し、グライダー状態。つまり、もう落下していくことしかできない飛行機と化しました。管制塔からは別の空港へ降りろとの指示が。しかし、ベテラン・サリーは自身のカンによりハドソン川へ着水!川へ落ちれば生命の保証はされないと言われていましたが、なんと155名全員が無事故生還!英雄視されているのもつかの間……やらしい大人達が疑いだします。

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 みてよ!このハゲの顔〜!嫌な顔〜!やらしいわ〜!

 ハドソン川着水は成功したから良かったものの、それは大きな賭けでむしろ乗客の命を危険にさらしたんじゃないの??っていう。コピー通り「155人の命を救い、容疑者になった男」の話なんです。ハゲ達には立場と言い分があってですね…着水したってことは旅客機を1機無くしたってことですから。損害も大きいわけだし、保険会社としてもしっかりその辺をハッキリしてほしいと。また、コンピューター上の計算やシュミレーションだと、空港に着陸できたんだと。そう言ってるわけですよ。「そんなわけない!」とサリーと副機長のアーロン・エッカートは反論するんですけど、本編内の着水直前シーンを見てるとこっちは飛行機に関してはもちろん素人ですから、サリーの判断がよくわからないんです。何を見てハドソン川着水を決断したのか?って。むしろ副機長もめっちゃテンパっててマニュアル本とか見だすから頼れるのはサリーだけ。

 さらに、映画を観てるとサリーがすげージジイなんです。事故後には飛行機が墜落する幻覚や夢をよく見てる。そんなのを目にすると「あれ?サリー…大丈夫なの?」って。本当は間違ってたんじゃないかって気になってくる。ハゲたちが正しいんじゃないかって…。

 「結局、真相はわからない」みたいな終り方されて、サリー悪い説も残ったまま終局してしまったらどうしよう…。それこそまたムラムラしてしまうんじゃないか!?って。

 ところがどっこい。

 クライマックスで決定的にサリーの正しさを証明する場面があるんです!そのシーンの緊迫感と気持ちよさたるや……!!それと同時に…サリー!ごめん!疑って、本当にごめん!ってなります。テクノロジーに過信しているぼくらの気持ちをサリー機長がぶち壊してくれるんです。そういう意味でサリーはゴジラですよ。白髪のゴジラです。

 観客含めて愚行だと疑っていた偉人の行動の正しさが証明される。これって最高ですよね。てか、歴史はこんなことの繰り返しです。

 

 個人的には中盤で「ニューヨークでいいニュースっていうのは最近じゃ珍しい。特に飛行機関連ではね…」っていうセリフがあってグッときました。アメリカ国民の生の声感ですよね。

 無事に着水できるっていう結末はわかってるのに、着水直前の飛行機内の緊迫感は凄まじいです。なんでこんなに圧倒されるのか不思議なくらい。その時のトム・ハンクスの顔が良いんです。このシーンなぜかボロボロ涙が出ました。こんなに必死に命を救ったのに後には決して理解してくれない部外者から疑われるんだと。

 90分という短い尺ですが間違いなしの良作。ぜひ。

 

 低いところから失礼しました。

 

新作映画『ジャングル・ブック』ネタバレあり感想文 〜多種多様性 万歳!と思いきや恐ろしいジャングルの話〜

低いところから失礼します。ジャガモンド斉藤正伸です。

 

『ジャングル・ブック』

解説とあらすじ

ルドヤード・キプリングの同名小説を原作とする名作ディズニーアニメーションを、「アイアンマン」シリーズのジョン・ファブロー監督が実写映画化。ジャングル奥地に取り残された人間の赤ん坊モーグリは、黒豹のバギーラに助けられる。母オオカミのラクシャのもとに預けられたモーグリは、ラクシャから惜しみない愛情を受け、幸せな毎日を過ごしていた。そんなある日、人間に対して激しい復讐心を抱くトラのシア・カーンがジャングルに戻ってくる。ハリウッド屈指の映像制作チームが最先端の映像技術を駆使し、主人公モーグリ以外の動物や背景など全てをリアルなCGで表現。モーグリ役にはオーディションで2000人の中から選ばれた12歳の新人ニール・セディを起用し、ベン・キングズレー、ビル・マーレイ、スカーレット・ヨハンソン、クリストファー・ウォーケンら豪華キャストが個性豊かな動物たちの声を演じる。(映画.comより引用)

 

さすがのジョン・ファブロー

 アニメでも実写でも傑作、大ヒットが続きモンスターズ・インク化しているディズニー。もはやこの暴走は誰にも止められません。そんなディズニーが新たに世に送り出した『ジャングル・ブック』 筆者は勉強不足で原作未読。アニメも記憶がおぼろげ…同じ時期に公開された『ターザン リボーン』(国の王子となった元ターザンが愛する人を救うためにまたターザンになる的な話)とごっちゃになるくらいの認識でした。

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 同じ時期すぎて、ひょっとしたら『ジャングル・ブック』の続編が『ターザン リボーン』!?二部作なのか!!って。

 ジャングルを離れ、成人した主人公がジャングルに再び戻り、戦う!!そんな熱いプロジェクトなのか!?この子がこうなる!??

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 こういう余計な妄想が膨らんでしまったせいもあり、なかなか劇場に足を運べませんでしたがこの度やっと……!観てきました。

※もちろんこの2作品は全く関係ありません。

 

 監督は『アイアンマン』『アイアンマン2』『カウボーイ&エイリアン』のジョン・ファブロー。

 舞台はジャングルって事で場面は変わらずなんだか画が退屈そうって思ってましたが、さすがのジョン・ファブロー。まったく飽きない。TV-CMで「少年以外全部CG!」と宣伝してましたが、その環境を存分に活かし、実写では撮れない角度からのショットをおさえて編集もスピーディーだし、音楽のタイミングもジャストで気持ちよい。基本、主人公のモーグリが動物に追われまくるアクションシーンなんですけどちゃんとマジで怖い。遺跡でデケェ猿から追われる場面とかけっこうビックリしちゃいました。

 ジョン・ファブローって映画内に登場するアイテムで観客をちゃんとワクワクさせてくれるんです。『アイアンマン』なんて代表的です。スーツを作ったり、試しにスーツを使うところめちゃ楽しい。『カウボーイ&エイリアン』だって題材馬鹿らしいですけど、ダニエル・クレイグが左腕にはめてる武器の格好良さは西部劇という設定には異質で最高。本作もそういうワクワクシーンのてんこ盛りでした。

 

実際の存在するものをCG化した「アリものCG」

 さっき記した通り「少年以外全部CG!」イェーイ!みたいな映画です。でも、もうCG飽和時代に突入しているから、皮肉にも何をやられてもあんまりビックリしないというのが現状。

 映画史において「実在感のある」CGを世に放ち、人々を驚かさせたのが1993年『ジュラシック・パーク』です。

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 たしかにこれ以前にもCGが使われた映像はありましたが、「まるでそこにそれが本当にいるかのような」見せ方をしたのは技術の大進歩でした。これ以降、CGは映画で多様されていきます。ただ、割と今まではロボット、エイリアン…といったような存在しないものをCGで描くことが多かった。そういうベクトルで進化していきました。『アバター』を代表とするようなモーション・ピクチャーという新技術も登場する中で、本作『ジャングル・ブック』は「実際に存在するものを本物のように見せるCG」という挑戦の集大成だと思います。

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 本作で登場する動物に特別な種は出てきません。われわれがテレビや動物園で見れる動物ばかりです。そういったものをCG化する方が難しい。正解がわかってる分、おかしいところがはっきり浮かび上がってしまうからです。そういった点からして本作はマジすげぇです。一部は本物なんじゃないかって思うんですけど、全部CG。表情や仕草、光の当たり方…すべてが計算し尽くされている。これが今までと違う「実際に存在するもの」をCG化した「アリものCG」なのです!(「アリものCG」という言葉は筆者が勝手に考えてます)

 で、ここからが大事なんですけど、これって単なる「動物の再現」じゃない。ちゃんと演出されてる。感情、意志をしっかり感じ取れることができるんです。このリアリティラインぎりぎりのとこを攻めてる。演出をつけすぎると嘘っぽくなる。あくまで、動物というものをベースにしてそこから逸脱はしていない。筆者が特に感じたのは「目」です。目の演技が素晴らしい。喜ぶっていう動作はジェスチャーつけちゃえばいんですけど、難しいのは怒哀楽。その絶妙な心の揺れ方がよく出ている。目を見るだけて悲しいのか、心配してるのか、怒ってるのかがわかる。こういう秀逸な演出によってちゃんと感情移入できるんです。

 

多種多様って楽しい〜!万歳!

 じゃあ、物語としてはどうなのか。ついこのあいだの『ズートピア』もそうでしたけど「みんな違うって楽しい〜!万歳〜!」っていう多種多様性が根本のテーマ。ディズニーって基本そういう物語が多いです。多種多様な世界で、違うもの同士が個性を活かして共生していく物語。

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 ジャングルですから個性豊かないろんな動物がいるんです。それでいいじゃん!違いがあるって楽しいじゃん!っていう。

 雨が降らなくなり日照りが強くなった時に池が干からび「平和の岩」が顔を出します。この岩が出た時だけ、弱肉強食による食物連鎖の世界は解かれ動物達は休戦状態になる。肉食動物も草食動物も一緒になって池の水分を共有する。多種多様性の象徴的な場面です。

 そんなジャングルに放り込まれた異端な存在である人間の子供・モーグリー。かつて人間へ傷を負わされ復習に燃えるスゲー強いトラが出てくるんですけど、そのトラがモーグリーを殺そうとする。「人間は敵だ!」と自分たちを滅ぼす存在なんだと。モーグリーを拾ったクロヒョウと育ての親である狼達はトラからモーグリーを守ろうとする。それを追うトラ。シンプルですよね。追う側と追われる側の攻防戦。マッドマックスみたい。

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 サラリと伏線が張られていて気持ち良く回収されるし、さっき書いた通りアクションシーンもスリリングで最高。弱肉強食のジャングルとはいえ、実際に狩りをして肉を食べるといったような生々しいシーンはどこにもなく、老若男女どの層でも楽しめるエンタテイメントに仕上がっています。

 

 

抑圧された人間としての知恵、文明の利器 〜なぜトラを殺した!??〜

 主人公のモーグリーは人間ですから、それなりの知恵がある。文明の利器だって持ちいることができる。面白いのは、この文明の利器はジャングルでは禁止されているという設定。モーグリーの師匠的な役割を担う黒豹が「狼らしくしなさい」と叱るのです。木製のバケツや木のツタを使ったロープ、石のナイフ、木製のクレーン…モーグリーの人間らしい知恵によりあらゆる道具が登場しますが、そういった力は抑圧されている。筆者的にこの設定がすごく面白いなと感じました。狼の子としてジャングルで生きたがっているのに、人間としての知恵が湧いてしまう。その知恵は抑圧されているわけですが、モーグリーは使いたがる。これって危なっかしい。動物たちが人間たちを恐れる象徴として火(動物たちは赤い花と呼んでいる)も登場します。触れたものをすべて焼き払ってしまう。火って文明の利器の出発点でもありますよね。皆が大事に大事に守ろうとしているモーグリーはまだちゃんとした人間で狼になりきれていない。むしろ、人間らしいところが押さえつけられていてなんだか窮屈そうなんです。でも、その人間としての知恵が動物たちを傷つける可能性を内包しているっていうのが皮肉なところなんです。複雑な状況なんです。

 だからね、モーグリーを殺したがるトラの主張ってまともなんですよ!モーグリーを残しておいたらたしかに危ないんです。トラ以外からもそういう主張が出たっておかしくない。だから、本作ではトラって別に悪じゃない。まともな意見なんです。けど、このトラは最後モーグリーによって殺されてしまう。主人公モーグリーは人間の世界には帰らずジャングルの一員としてまた新たに人生をスタートするところで本作は幕を下ろします。

 さて。先述した通りディズニーが得意とする「多種多様性」が本作のテーマだとするならば、モーグリーがジャングルに残るという結末はとんでもなく振り切ったスーパーポジティブな解答だと筆者は考えます。動物たちの脅威になりかねない存在モーグリーを全動物が容認し、共生するという道。ディズニーらしいと言えばそうなんですが、とんでもなく前向きです。これが悪いと言っているわけではないんです。でもね……

 

え?トラは?

 

 なんで殺されたんでしょう。みんなと違う意見を持っている人は徹底的に排除するということでしょうか。

 もしトラが、ジャングル征服を狙い手段を選ばない悪の存在という設定なら死ぬという結末はまだギリわかるんですけど。あのトラは復讐にとらわれためっちゃ哀れなトラなわけです。それを結局、殺してしまうって……多種多様性は尊重するのに、思考が合わなければ排除してしまうジャングルなんですよ!!めっちゃ怖くないですか?

 このあと、このトラと同じ考えを発想する動物って絶対いますよ。種族だけでなく、ジャングルの脅威になりかねない人間がいるわけですから。けど、たとえ他の動物がその考えを浮かべても声にはなりません。トラのように殺されるというイメージが焼き付いているから。トラは公開処刑だった。

 結果的にやむをえずトラが死んだっていう展開ならいいんですけど、モーグリーはじめ動物たちはみな、トラを殺すつもりで喧嘩してますよね。終盤は、なんだかイジメに見えてきました。

 

 なんなんでしょうね。こういうところがちょっと気持ち悪いし、怖いんです。またジブリの例えになってしまいますが、『もののけ姫』はもっといいアンサー出してましたよね。それぞれの場所で共に生きるっていう。本作の場合は、全く交わるべきじゃないモーグリーをジャングルに残し、マイノリティーな考えを持ったトラを殺すっていう…。

 だから、エンドロールとかめっちゃかわいいんですけど、結末がなんだか恐ろしくてそれどころじゃなかった。明るく作られてるのが、逆に怖い。ディズニー作品っておとぎ話や童話な次元に到達してると思うんです。子供にとって人生の教訓を学ぶ教育的な要素が大きい。だから、その辺きちんとやって欲しいんですね。

 

低いところから失礼しました。

 

新作映画『怒り』ネタバレ有りの感想文 〜エネルギッシュすぎる群像劇。圧倒される力強さ〜

 低いところから失礼します。ジャガモンド斉藤正伸です。

 個人的に今年公開暫定ベスト1だと断言する『怒り』がいよいよ本日から公開されるということで今回は「ネタバレ有り」バージョンの感想を書きなぐります。試写会で衝撃を受け、約1ヶ月が経ちますが、まだまだ鮮明に心に残っています。初日に観に行くので、再見して感じたことなどは書き加えるか、もしくは再度記事にするつもりです。

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「え?そもそも面白いの?今の所、観る気は無い。」と思ったあなた。(もうすでに観たというあなたも是非このバージョンをご一読ください)

ネタバレ無しバージョンをぜひご一読ください。

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超新作映画『怒り』 ネタバレ無しの感想文 「今年度1位の大傑作 〜なんでこんなに泣かせるんだよ!(怒)〜」

 これを読んでも、観る予定なし!と思ったあなた。このまま読み進めてください。正直、ネタバレしていても見に行く価値ありますから。

 これを最後まで読んでも観る気が起きなかったあなた。……ごめんなさい。僕の力量です。矛盾するようですが、筆者の文章だけで断定するのはよして!あくまで一意見。全く違った感想だってありますから

 

ということで、ここからは「もうすでに『怒り』を観た人」もしくは「『怒り』を全く観る気が無い人」という両極端の読者のみ読み進めてください。急に普通にネタバレします。

では、いってみよう!

※「ネタバレ無し版」と重複する内容もあります。

 

『怒り』

解説とあらすじ

吉田修一の原作を映画化した「悪人」で国内外で高い評価を得た李相日監督が、再び吉田原作の小説を映画化した群像ミステリードラマ。名実ともに日本を代表する名優・渡辺謙を主演に、森山未來、松山ケンイチ、広瀬すず、綾野剛、宮崎あおい、妻夫木聡と日本映画界トップクラスの俳優たちが共演。犯人未逮捕の殺人事件から1年後、千葉、東京、沖縄という3つの場所に、それぞれ前歴不詳の男が現れたことから巻き起こるドラマを描いた。東京・八王子で起こった残忍な殺人事件。犯人は現場に「怒」という血文字を残し、顔を整形してどこかへ逃亡した。それから1年後、千葉の漁港で暮らす洋平と娘の愛子の前に田代という青年が現れ、東京で大手企業に勤める優馬は街で直人という青年と知り合い、親の事情で沖縄に転校してきた女子高生・泉は、無人島で田中という男と遭遇するが……。

 

 

八王子編 〜映画史に残るタイトルバック〜

 夫婦が無残に殺された現場です。この映画のフックになってます。観客を一気に引き込む。予告編にも出てますが、残忍な殺人現場です。ここで筆者は「危うさ」を感じました。よくサスペンス映画やドラマで出てくる現場って、黄色いテープが貼られ、パトカーが停まっていて、何人もの人が出入りをしている。中には鑑識が入って写真なんかを撮っちゃったりして。そこにメインの刑事が現れる。『相棒』で言えば、右京さんよりも米沢守が先にいるんです。

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 フィクションの世界で「殺人現場」と言われれば、この風景が浮かぶんじゃないでしょうか。被害者の周りを多くの刑事が出入りしてる。これって、ニュースとかでもよく観る風景だから、無意識に作り手もこういうシーンを作っちゃうし、僕らの感覚に刷り込まれているような気がするんです。この「現場あるあるシーン」を観てると、僕らは安全圏にいます。なぜなら犯人はとっくに逃げてしまっているから。急に飛び出してくることはない。起きた事件の跡を見て推理するだけなんです。

 本作『怒り』は違う。メインの刑事役であるピエール瀧と三浦貴大が先に蒸し風呂のような暑い中で懐中電灯の明かりを頼りに「先に何が待ち受けてるかわからない」状況下で、前に前に進んでいくんです。もちろん第一発見者ではないのに、二人が現場を発見したような雰囲気なんです。部屋の暗さと垂れる汗も相まって、このシーンの緊迫感が凄まじい。何が出てくるかわからないからこっちもハラハラしてるんです。そして、進んでく先にドアの裏にある文字を見つける。それが血で書かれた「怒り」です。本作、タイトルバックないんですけど、このシーンがもはやオープニングになってるからいらないんです。タイトル出す必要が無い。逆にここでまた「怒り」って打ち文字でドーンって出てきても冷めちゃいます。犯人が被害者の血でドアに書きなぐった「怒り」これだけでもう十分オープニングなんです。

 もうこのヘビーな冒頭で、「あ。とんもない映画が始まった」っていう感じなんですよ!

 

千葉編 〜父が娘を不幸にさせていた〜

 渡辺謙が新宿歌舞伎町に現れます。3月前に家出をした娘(宮崎あおい)が風俗店で、過労により倒れたためです。NPOから連絡を受けた父・渡辺謙は大事な娘を迎えに来る。ベッドの上で横たわり「お父ちゃんと」かすれた声で助けを求める娘。しゃがみこむ父。そのまま娘を実家の千葉に連れて帰ります。その道中、電車の中でこんなやりとりがあります。

 

父「帰ったら寿司でもとろうか?」

娘「お父ちゃんの握ったおにぎりでいい」

父「…そんなんでいいのか」

 

 これだけで胸げ締め付けられます。この数分間でこの親子のことは何も語られて無いんです。どういう間柄なのかわからない。語りもない。第三者の介入もない。でも、伝わるんです。事の深刻さをちっとも感じてず音楽を聴く能天気な娘。そんな娘を叱らずに見守りながらも不安げな瞳で見つめる父。千葉について車で迎えに来ていた親戚の池脇千鶴がこれまた良いの!!あおいちゃんが車に乗った途端、「あんた何してたの!??どれだけ心配してか!!」と説教を食らわします。そのあとも「素性が知れないって不気味よね〜」と噂好きの近所のババアみたいな役回りなんですが、父・渡辺謙よりも娘を信じて愛を持って接してちゃんと向き合ってるのは池脇ちーちゃんなんです。ちーちゃんと渡辺謙さんの対比がまたよくできていて…前半で父は愛があるように見えてるんですけど、後半でちーちゃんと逆転するんです。一番、娘を疑い不幸に追いやっていたのは父親だった。家での原因は具体的に語られませんが、父にあったんじゃないかと、なんとなく察してしまいます。

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 クライマックスで娘の恋人である松山ケンイチくんは八王子の夫婦惨殺事件の犯人だとあおいちゃんに疑われ、警察に通報されてしまう。周りに疑われ迷惑をかけていることを察知したケンイチくんは罪悪感により行方不明に。でも、真実はあおいちゃんに話した通りで過去に借りた借金の影響で名を隠しサラ金から逃げていただけだった。けど、あおいちゃんが出会う前に素性が知れないのに雇ったのは父自身なんですよ。でも、彼の事情を娘を通じて耳にすると信用しない。どんどん疑い出す。泥沼状態なんです。

 つまり、崩壊の引き金は父・渡辺謙が引くんです。「まともじゃない娘が幸せになれるわけない」という疑う心が口に出していないのに、娘に伝染する。だから、娘も警察に通報してしまう。

 この映画の中で一番のハッピーエンドを千葉編は迎えています。松山・宮崎ペアは無事に二人で千葉へと帰って来る。通報でやってきた警察によるDNA鑑定で松山君が犯人ではないとわかるわけです。それがわかるのが、予告編にも出てる手前に窓越しのあおいちゃんがいて、奥の玄関に渡辺謙さんがいて刑事・三浦貴大がその判定結果を伝えて腰が抜けるシーンなんですけど。ここのミュートのタイミング、音楽のかぶり方、役者の動きのタイミング。すべてが見事です。映画史に残る名シーン。

 物語としては、ハッピーエンドではあるけれど「怒り」は残っている。それは父の自分自身への「怒り」なんです。だからこそ千葉編のラストは渡辺謙の「怒りの顔面」で締めくくられる。松山、宮崎ペアの幸せなカットで終わらせないんです。この渡辺謙の顔がもう良いのなんの…。喋りはないんです。ラストの渡辺謙は背中と顔だけでそれを物語る。日本を代表するとんでもない俳優さんです。

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東京編 〜「生死」を通して描かれる愛の形〜

 いつも以上に今回の妻夫木聡はセクシーです。同性愛者の役を演じてBLに挑戦してるんですが、前作『悪人』で監督から「ブローク・バック・マウンテンを参考にして」と指示があったそうで、『怒り』はその伏線だったんじゃないかと本人はインタビューで語っています。

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 東京でブッキー(妻夫木聡)は綾野剛くんと出会います。素性も知れずどこから来たか仕事は何をしているのか。何も言いたくないという剛くんとブッキーは同棲し始めます。しかし、ある日とある喫茶店で剛くんが高畑充希演じる娘と密会しているところを目撃してしまう。親密に見える二人の関係について本人を問い詰めるが、剛くんはしらばっくれます。人違いだと。それと同時に共通の複数の知り合いが連続で空き巣に入られたという情報がブッキーの耳に入ります。いよいよ疑いが深くなるブッキー。そして、トドメはTVで流れた八王子夫婦惨殺事件の逃亡犯の似顔絵。示された犯人の特徴と剛くんが酷似していました。不安がるブッキーの元に剛くんはなぜか帰らなくなります。そのまま電話もつながらず行方不明になってのです。ブッキーと観客の脳裏も共通の疑惑が浮かび上がります。「剛くんが犯人なんじゃないか…それで逃亡したんじゃないか…」そんなブッキーに警察から電話が。剛くんのことを聞かれ慌てて電話を切るブッキー。家にあった剛くんの私物をすべて捨て始めます。「予感は的中した…」

 ところが…ある日、偶然出会った高畑充希から衝撃の事実を聞かされます。実は、剛くんは昔から心臓の重い病にかかっており公園で生き倒れ亡くなったというのです。

 恥ずかしくなるくらい大きな勘違いをした自分に怒りが収まらない妻夫木聡

 

 「逃げたんです……」

 

 なんなんだ、エピソードは。疑うことで失ってしまった人生で一番の大切な人。実は、中盤ではブッキーの余命わずかのお母さんに剛くんが付きそう場面が描かれます。最終的に母親は亡くなり、二人でお墓まいりへと出かけたりするんですが。自分が同性愛者であるという事実を気にするブッキー。剛くんのこともないがしろにするんですが、剛くんはブッキーと同じお墓に入りたいと思ってる。もちろん、そんなことは声を大にして言えないわけですが。母が死を迎え墓に入るところまで見せることで剛くんの未来を暗示してるわけです。「愛する人と同じ墓に入りたい」という剛くんの想い。この想いも母の死を目にして高まっていく。同性愛者への理解も制度もまだまだ浅いこの日本に強烈なメッセージを叩きつけてきます。

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沖縄編 〜いくら怒っても伝わらない〜

 母と共に引っ越してきた広瀬すずちゃん。ある日、同級生(現地のオーディションで選ばれた新人の佐久本宝くん!こんなメンバーの中で全く引けをとってません!素晴らしいです!)のボートに乗って沖縄内の無人島へ遊びに行きます。そこで出会うのが森山未來。

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 彼の初登場シーンがまた秀逸です。沖縄にある米軍基地から飛び立った戦闘機の大きな影と爆音が重なり合ったところで森山未來がピカ!っと登場。のちに出てくる沖縄の基地問題の伏線にもなってます。こういう自然な入れ方が伏線なんですよね。はっきりとしたセリフを散りばめて、繰り返してあとで回収すれば良いってもんじゃないんだと改めて気づきました。

 この出会い以降、広瀬すず、森山未來、佐久本くんの交流は深まっていきます。すずちゃんに片想いをしていた佐久本くんは那覇デートに誘います。そこで目にしたのは米軍基地建設反対のデモ。その中に佐久本くんの父親がいます。「あんなことやって意味あるのかな?」と父を軽蔑する佐久本くん。そんな日の夜…酔っ払った佐久本くんを追いかけたすずちゃんは沖縄基地に住むアメリカ兵にレイプされてしまう。怖くて助けることができない佐久本くん。ボロボロになったすずちゃんを目の前に謝ることしかできません。そんな佐久本くんにすずちゃんは「誰にも言わないで……」と震えた声で訴えかけます。

 それまで楽しい青春映画のようだった沖縄編は一変します。

 すずちゃんはお父さんのデモ運動のエピソードを通して、いくら泣いたって怒ったって誰もわかってくれないと思っている佐久本くんに泣き訴えるかけるのです。お父さんの運動を軽蔑しているあなたに私の苦しさは伝わらないと。佐久本くんは約束ゆえに誰にも相談できず、遠回しに森山未來くんに助けを求めます。「お前の味方にならいつだってなるからな」と励ます森山未來。そんな彼は佐久本くんの実家の旅館を手伝うようになり周りからの信頼される青年となっていきます。しかし、ある夜自体は急変。突然、森山未來は旅館で半狂乱になりながら逃亡してしまいます。

 翌朝、追いかける佐久本くん。いつもの無人島に行くと森山未來が住み込んでいる廃墟の壁に大きな文字が……「怒り」

 すずちゃんが強姦にあっていた時、森山未來は裏で笑っていたのです。それを壁にも書き残している。「誰にも言わないで……」あの時のすずちゃんとの約束がフラッシュバックします。どうすることもできない非力な自分だからこそ、あの約束だけは守らなければ……佐久本くんは近くにあった裁ちばさみで森山未來を殺害します。こうすることが大切な人を守る最善の方法だったのです。

 ここで必見なのは森山未來の怪演と佐久本宝くんの非力ゆえの行動の危うさです。演技合戦!名勝負です!ここは犯人の特徴という伏線を見事に回収しきっているシーンでもあります。

 刑事たちが真犯人の家に押し入った時、「犯人は思ったことをなんでも周りの何かに書く癖がある」という伏線が張られます。実は、3人の中で「住処の中」が映らないのは森山未來だけなんです。書きためていてもおかしくなかった。先述した初登場の仕方、逆光の演出も明からさまに怪しい。そもそも八王子で殺人を犯したら一番遠くに逃げるのが自然な考えですよね。今、思えばこいつが犯人だったなと。でも、これだけ張られてても結末は読めません。予想はできても確信は持てない。それがラストで一気に明かになります。骨太で重厚な人間ドラマの要素だけでなく、ミステリーとして楽しめる本作の大事なカタルシスです。

 結局、森山未來は死亡し、佐久本くんは逮捕。大事な人を2人同時にうしなったすずちゃんは自分の力で無人島へと足を運んで壁の字を目にします。そこで佐久本くんの想いに触れる。本作で一番若く。そして、一番怒りを感じているのは彼女です。この怒りの叫びがラストカットとなります。これは誰に対してかというよりももっと巨大なものに対しての「怒り」。この怒りをどこにぶつけたらいいのかわからない。ぶつけるべき友だってもういない。……でも…それでも生きていかなきゃいけないんだと。たとえ伝わらなくても怒りを叫び続けるんだって。それが生きることなんだ!という強烈な想いが炸裂します。

 この映画はすずちゃんの息継ぎで終わるんです。ここがとんでもないエネルギーなんです。各パートで怒りを一番感じていた人の顔が映されるんですけど、渡辺謙でもなく妻夫木聡でもなく広瀬すずの「生き抜く決意」で締めくくられるんです、最後は!映画は終わりなのにパワフルなんです。だからこその余韻なのかもしれません。

 

 八王子・千葉・東京・沖縄と順番に書きなぐっていきましたが、ぶつぎりな訳ではありません。オムニバスではない群像劇です。見やすくクロスオーバーされています。その組み合わせ方も秀逸です。3箇所で根本では同じようなことが起きているのにそう感じさせません。飽きさせない。また、この3箇所の人間が交わることは一切ないのにとんでもなくエモーショナルなんです。それは根底の「怒り」というテーマが共通だからです。話が混じり合うことがなくても一体感が生まれる。3箇所がちゃんと映画全体のエンディングに向かうんです。この情報量の多さを整備し、よく映像化できたなと。凄まじい監督力です。

 

なぜ筆者にとって本作『怒り』が今年度No.1か?

 まず、「圧倒的なパワーを感じるから」です。名役者による名演技もそうですが、完璧な画を撮るために数ヶ月も前から準備をし、念密に作り込みをする李相日監督の執念が凄まじい。その熱がガンガン伝わってくる。映画で「感動した」「怖かった」「面白かった」ってなんとなく感想として言えますけど、「圧倒される」ってなかなかないじゃないですか。もう脳が追いつかないんです。1つ1つのパンチ力が強すぎて、ボッコボコなんです!こっちは。これは強烈な映画体験です。

 もう1つは「普遍的な人間のテーマを描いている」からです。それは何か。この映画って筆者的に解釈してるのは「伝えるということの難しさとそれに生じる危うさ」と「信じることで失う何か」と「疑うことで失う何か」の両面。大きく言えばこの2つを映画にしてると思ったんです。

 「伝わらない」という現象ってあらゆる争いの根本原因だと思うんです。宗教の違いや価値観の違い。自分が信じているモノって伝えようとしても100%は絶対に伝わらないんです。映画本編のセリフを引用するなら「本気って見えない」いくら叫んでも伝わらないんです。一番伝わらなくて憤ってるのは犯人だと思います。それが殺人と文字で現れた。犯人だと疑われている他の2人もだって伝えたいけど、伝わらない現状につまずいている。

 筆者は芸人です。面白いと思って書いたネタでも相方にもお客さんに伝わらないことは何千回だってあります。「面白いはずなのに!なんで伝わらないんだ!」って。こうして映画のことを書いてるのだってそうです。面白いと思ってた映画のよさが相手に伝わらないって辛いですよね!そういうのってみんなあるはずなんです。身近なところに絶対あるんです。伝えたいのに、伝わらないって人間が抱える永遠の問題であり、テーマなんです。それを描いてるんです。

 今のは主に犯人と疑われている側の視点が主でしたが、周辺の人間。つまり、疑う側を通おして「信じることで失う何か」と「疑うことで失う何か」の両面を描いていました。渡辺謙も妻夫木聡も疑うことで大事なモノを失い、これからまた歩み出さなくてはいけない。佐久本くんと広瀬すずは信じていたのにとんでもない裏切られ方をするわけです。信じていたから失ったんです。本作の中で最若手が大人に裏切られるっていう設定…まじエゲツないですよね。人を疑うようになって大人になるんだという恐ろしい話とも捉えることができます。

 これも人間関係ある限り一生なくならないテーマじゃないですか。しょっちゅうありますってこんなの。この両面の繰り返しでしょ?人生。

 こういったテーマを描きながら、ラストは……

 

 それでも生きていくんだ!!!(代表 広瀬すず)

 

 という強烈で前向きなメッセージで締めくくっているのがこの映画の勢いだし、尊いところ。決して暗くない。人間応援歌なんです。これが圧倒される理由なんです!

 

 

 嗚呼、書き殴りました。とんでもなく長文でヘビーな内容になってしまいました。最後まで読んでくれてありがとうございました。

 まだ1回しかみていないので、解釈のズレはあるかもしれませんが…ともかくこれから公開初日に行ってまいります。

 

 低いところから失礼しました。

 

新作映画『君の名は。』ネタバレ無しの感想文 〜SF×恋愛 大好き新海誠監督!美化された男女のエゴ〜

低いところから失礼します。ジャガモンド斉藤正伸です。

 

『君の名は。』

解説とあらすじ

「雲のむこう、約束の場所」「秒速5センチメートル」など、男女の心の機微を美しい風景描写とともに繊細に描き出すアニメーション作品を手がけ、国内外から注目を集める新海誠監督が、前作「言の葉の庭」から3年ぶりに送り出すオリジナル長編アニメ。「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」「心が叫びたがってるんだ。」で知られ、新海監督とはCM作品でタッグを組んだこともある田中将賀がキャラクターデザインを担当し、「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」などスタジオジブリ作品に数多く携わってきた安藤雅司が作画監督を務める。1000年ぶりという彗星の接近が1カ月後に迫ったある日、山深い田舎町に暮らす女子高生の宮水三葉は、自分が東京の男子高校生になった夢を見る。日頃から田舎の小さな町に窮屈し、都会に憧れを抱いていた三葉は、夢の中で都会を満喫する。一方、東京で暮らす男子高校生の立花瀧も、行ったこともない山奥の町で自分が女子高生になっている夢を見ていた。声の出演は神木隆之介と上白石萌音。

 

 新海誠監督は「SF×恋愛」の組み合わせがとんでもなく上手い映画作家です。ここでのSFはファンタジーと置き換えてもいいです。非日常的な設定の映画に親近感を持たせる。これは大切なことです。

 新海誠監督はファンタジーの世界に現代に生きる若者をそのまま放り込み「恋愛」という誰もが共感できる切り口で作品を語ります。

 筆者が完全に個人の独断と偏見でぼりぼり新海監督の作家性を掘り下げれば……

 

「ねーねー、遠距離恋愛ってマジ切ない。会いたくても会えない…この状況、死ぬほど苦しい。でもさ、距離があることでさ、相手をより大切にしよって思えちゃうよね!てか、そもそも今の自分の気持ち伝えるのキビー!やっばい!マジ切ないんだけど!この感じ!え、どうしよう!まぁいいっか!走り出しちゃえ!」

 

……みたいな。まるで女子会で出てくるような恋愛観をもった監督です!こういう内容をひたすら繰り返し描いてる。マジで!正直…このナヨナヨしい恋愛観じ苦手です。オエッてきます。……偉そうに監督の作家性を語ってますが……ごめんなさい、新海誠作品は全部は観ていません。というのも、2、3本観てるうちに、なんだか後味が同じでどうせ同じものが描かれる!と悪態をつき、観る気をなくしました。すみません。

だから、本作『君の名は。』もどーせ同じでしょ!!って思って、観に行きましたが…………

 

はい、同じでした。

 

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 いつもの恋愛観を炸裂させる新海誠節。「会いたいけど、会えない。会う方法もわからない…けど、なんだろうこの気持ち…好き……!うん!会いたい!」みたいな映画です。

 そこに1つ別のテーマも乗っかってます。それは「災害」です。3.11の東日本大震災を意識した作りになってます。人の力ではどうすることもできない「災害」によって失われた命を映画というフィクションによって救うという構図になっています。これは日本人の心の奥底にある「願望」でもあると思います。それをこの映画は果たしてくれている。今の日本人しか描けないし、今の日本人の心の琴線に触れる作品です。全く違うように見えますが、そういった点は『シン・ゴジラ』と同じ年に公開されているというのは意味が深いです。

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 ただ筆者は、そういったテーマといつもの新海誠節が水と油のようにミスマッチだと思えて仕方ありませんでした。

 言い切りましょう。本作は10代〜20代の若者をターゲットにした「恋愛映画」です。特に、思春期の中高生にとってはたまんない!実際、映画館はそういった年齢層とカップルで埋め尽くされていました。筆者は今まで恋愛映画を避けてきました。なんで避けてるのかよくわからなかったんですが、今回の映画を観て1つハッキリしました。恋愛自体がキライなのではなく、主人公たちが行動をとる理由や目的が恋愛に縛られる点が苦手なんだと気付きました。

 どういうことか?

 「恋愛」とジャンル分けされた映画はもちろん恋が成就するかしないかが物語の推進力になります。主人公が男だとすれば、彼が行動する理由は好きな子に会いに行くだとか、好きな子のためにプレゼントを買うだとか、好きな子を傷つけた男に啖呵切りにいくとか…そういったものになりますよね。しかも、時には周りに多大な迷惑をかけてまで行動を起こす。男と女の狭い世界だけで完結している狭い世界がキライで、そういった主人公らの行動原理が気に食わないんだと思ったんです。

 本作『君の名は。』もそれなんです。

 ファンタジー要素があるとはいえ、物語の主軸は2人の恋です。しかし、クライマックスでとんでもなくスケールがでかくなります。ネタバレを避けて言えば、500人の人命を救えるかどうか!?みたいな話になってくる。ここの盛り上がりで筆者はゾクゾクしました。それまで、恋愛ファンタジーだったものがタイムリミットサスペンスにジャンルが切り替わっていくんです。さっき記した通り、3.11と重なり合う部分もありますから、こちらとしては本当に祈りながら見守るんです。助かってくれ!って。しかし…!!!あと少しで500人が死ぬ!という大事な場面で主人公の女の子が……会いに行っちゃうんですよ!ここで!好きな彼に!!!!

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 何してんだよ!!!

 「やっと会えたね」じゃねーわ!やかましいわ!!そういう行動をとることによって、500人が命を落とすかもしれないんだぞ!!!

 作り手的にも他のお客さん的にもこのシーンは最高なんでしょうが、筆者にとってはキツイ。

 筆者は気付きました。「恋愛映画」って男女のエゴを見せられる拷問なんです。恋愛ってそういう面が大きいと思うんで、それ自体を否定してる分けじゃないですが…!これを映像作品としてどう観ればいいかわかりません。結果的には本作はハッピーエンドなんで、捉え方としては2人の絆が命を救うってことになってるんですが……どうしても、男女のエゴが美化されてるように見えて仕方がない。そんなんじゃないでしょ!って思ってしまいます。筆者が斜めに見過ぎなんでしょうか。だとしたら、誰か助けてほしいです!

 

…と、ここまで書いた筆者。

 書いてて思ったんですが、宮崎駿の『崖の上のポニョ』も男女間のエゴなんです。ポニョが大好きなそうすけに会うために結果的に世界が滅ぼす。って話じゃないですか、あれ。てか、ほぼ滅んでます。掟を破ったポニョのせいで世界は海で覆われるんです。不思議とその時、ポニョが乗ってくる津波のシーンがとんでもなく綺麗で涙出ます。怖いのに綺麗。よくこんな話を子供向けというパッケージで作ったなとも思うんですけど。

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 『君の名は。』と同じとはいえ、筆者はポニョが大好きです。この違いは何なんでしょう?思うに、宮崎駿の方がゴリゴリに尖った作家性を貫いてるんです。振り切ってる。ポニョでは、結果人類が救われるって話ではない。具体的にそういう描写はないんですけど、2人の愛によって世界は滅びちゃう。『君の名は。』と違って、綺麗事じゃないんです。エゴを貫いたことによってちゃんと失われる。あと、新海誠作品のそもそも恋愛に関してちょっと鬱っぽい感じが苦手なんですかね。神木くんが声優を務める主人公は「喧嘩っ早い」って言われてる割にナヨナヨしてる。くらーい表情の中、くらーい心の声がナレーションで入ってくる。このテイストが生理的に合わない。早く会いに行けよ!って。ポニョはずば抜けて明るいですからね!開き直ってる!そこがまた怖いんですけど。それから、ちょっと逸れますけど、個人的にJ-POPのゴリゴリ日本語歌詞の挿入歌って物語を邪魔している気もしました!はい!終わり!!!

 

 何はともあれ、社会現象にまでなっている『君の名は。』です。ほとんどの人が絶賛してるので、筆者はマイノリティーだと思いますから、観に行って良いのでは!?(全然、感情こもってなくてすみません。)『シン・ゴジラ』と二本立てで観ると良いかもです。

 

 

 低いところから失礼しました。

新作映画『スーサイド・スクワッド』ネタバレありの感想文 〜本編より予告編の方が面白い!しかし!!応援してます!〜

低いところから失礼します。ジャガモンド斉藤正伸です。

 

『スーサイド・スクワッド』

 

 

解説とあらすじ

「バットマン」や「スーパーマン」などと同じDCコミックスに登場する悪役たちがチームを組んで戦う姿を描くアクション作品。バットマンをはじめとするヒーローたちによって投獄され、死刑や終身刑となった悪党たちが、減刑と引き換えに「スーサイド・スクワッド(自殺部隊)」の結成を強制され、危険なミッションに挑む。ウィル・スミスや「ウルフ・オブ・ウォールストリート」のマーゴット・ロビー、「ロボコップ」のジョエル・キナマンら豪華キャストが共演。バットマン最大の宿敵として知られ、これまでにジャック・ニコルソン、ヒース・レジャーが演じてきたジョーカーを、「ダラス・バイヤーズクラブ」でアカデミー賞を受賞したジャレッド・レトが新たに演じる。監督は「フューリー」のデビッド・エアー。

 

はじめに

 筆者的に本作『スーサイド・スクワッド』は「予告編であがる⤴︎映画」今年ナンバー1です。

 QUEENの『ボヘミアン・ラブソティ』との相性が最高で、映し出されるカットはずべて超クール!!!鳥肌モノです。何度でも見返してくなる。

 バラバラだった強者が集まって1つの目的を達成するっていうプロット自体がもうおもしろいじゃないですか。『七人の侍』が原点だし、禁酒時代を舞台にマフィアのアル・カポネを倒すべく集った刑事たちを描く『アンタッチャブル』同じアメコミで言えばマーベルの『アベンジャーズ』もそれに近いものが。

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同じアメコミでしかも、悪党集団という意味で言えば近年に傑作がありました。

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』

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もう完全にこういう映画を彷彿とさせて、テンション上がりまくりなんです…!面白くないわけない!!!そう周りも話してました。

 

が……

 

いろいろあるんですけど、結論を言います!!

 

 

予告編が1番面白かった!!!

 

ずどーーーん!どひゃーーーー!

そうなんですよ。予告編が1番ピークだったんです…。なぜ、そうなったか……まずは簡潔にまとめます。書きなぐります。

 

・そもそも監督がミスマッチ!〜デビット・エアーは悪くない!〜

・「おまえは一体誰なんだ!」 〜DCコミック映画の問題点〜

・バットマンとジョーカーの問題

 

では、1つ1つ書いていこうと思います。

 

そもそも監督がミスマッチ!〜デビット・エアーは悪くない!!〜

 本作の監督はデビット・エアー。元海軍という経歴をもち、映画製作にかんしてはもともと脚本がメインでしたが、監督デビュー作『エンド・オブ・ウォッチ』の傑作ぶりをきっかけに超いい映画を連発してます。大好きなものばかり。

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 この監督が一貫している作家性とは何か。簡単にまとめると

①「暴力」という世界でしか生きられない男の生き様

②リアル指向でクールな銃撃戦

③無駄な会話によって発生する親しみと愛おしさ

 この辺を描かせたら右に出るものはいない!

 ただ、これってあくまでも現実に存在する設定の上で活きてくるものだと思うんです。しょうもない会話とかしてるような愛おしい連中が実は、死と隣り合わせ。しかもリアルで感情のない銃撃戦の中で生きてるんです。だから、儚い。愛おしくなる。さっきまでこんなに楽しかったのにピストル撃ち込まれれば、あっけなくパタッとあの世にいってしまう…。そういう設定が向いてると考えると、『スーサイド・スクワッド』はちょっくらミスマッチだったんじゃないでしょうか!?たしかに悪党集団っていう部分では得意そうだけど、アメコミ原作なんで超能力だとか魔法だとか非現実的なことがやっぱりメインになってくる。コミック原作という部分を踏まえると、やはりそこを押さなきゃいけなくなってきますから。だし、当たり前ですけどこの悪党集団のほぼ全員が生き残るんですよ。もし、これでどんどん死んでいったら…それはそれでアメコミ映画史上に残る傑作になったと思います。

 つまり、「アメコミ原作もの」また「シリーズもの」という囲いのせいで観てるこちらは安全圏にいるんです。誰かがいきなり死ぬなんて思っていない。そうなるとさっき書いた作家性とズレが生じます。もちろん職人肌でなんでもこなす監督もいますが…。これだけ何作も撮ってずっと貫いているものがある監督にとっては素材がミスマッチだと思います。

 その上で、本作で物語として一番良いのがウィル・スミス演じるデッド・ショットなんです。

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 別れた女房の間に娘が一人。その娘を大学に行かせてあげたい、幸せになってもらいたいと願う良い男。しかし、本人は世界一の狙撃手であり暗殺者。死を商売にしている。娘を幸せにするにはお金が必要なのに、人を殺すことでしかお金を稼げない。大切なものを血で汚れた金で守るんです。

 ……ね!??デビット・エアーっぽいでしょ!???

 だから、やけにこのパートがうまい。ラストはちょっと男泣きしそうになりました。

 

「おまえは一体誰なんだ!」 〜DCコミック映画の問題点〜

 アメリカのコミック史上で2大会社がマーベルコミックとDCコミックです。歴史的にはDCコミックの方が先です。ただ、映画において先にお祭り状態になったのがマーベルでした。アイアンマン、キャプテンアメリカ、スパイダーマンなどを中心にMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)という何作もの作品を同じ世界観の中で展開し、クロスオーバーさせるというスタイルを成功させています。

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 この単体のヒーローを集結させたのが、『アベンジャーズ』です。

 MCUが優秀なのは、そのプロデュース能力。キャスティングもそうですし、監督の起用の仕方もうまい。シリーズのマンネリ化を防ぐ裏切り展開もほどよくされており、思わず全作品を追いかけたくなるような作りになってるんです。

 これを受け、DCコミックスも黙っていません。『スーパーマン』や『バットマン』は過去に映画化されていますが、MCUのような試みは過去にありませんでした。DCは今まで世に出た作品での出来事をいったんなかったことにして、改めて作り始めたのです。単体の映画を作って、そのヒーローが集結する『ジャスティス・リーグ』をやろうと。もちろん原作は存在するんですが、MCUの影響がでかすぎて、この発想の時点で二番煎じ感が否めない。

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 現状、公開されているのがスーパーマンの1作目にあたる『マン・オブ・スティール』そのスーパーマンとバットマンを対決させた『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』の2本。そして、本作の『スーサイド・スクワッド』の計3本。一応、すべて話が繋がってます。これがまた現状なんともいえないシリーズになっている。まず、『マン・オブ・スティール』は話が重すぎる。名作であるリチャード・ドナー版『スーパーマン』のような爽快感がない。続編で話をガクッと落としてダークにするのはいいんですけど、ヒーローもの1作目でこの重さはちょっとキツイ。続いて『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』なんですが、このあたりからクロスオーバーがとんでもない量になりすぎていて、グチャグチャなんです。初登場のバットマンのバックボーンをじっくりやらなきゃいけないのに、新キャラワンダーウーマン出てくるわ、スーパーマンはスーパーマンで眉間にシワ寄せてずっと鬱状態だし、バットマンも苛立ちっぱなし。登場人物に楽しそうなやつ1人もいねーんです。こりゃ辛い。そんでもって、膨大な情報量をさばくために回想と語りで処理してるため、なんだかオムニバスを観せられてるような…そんな不完全燃焼で終わる。

※なんで、こうなってるかはスタッフの人選という部分もあるんですが、そこに触れるとまた長くなるので、後日。

 で……本作に途中するんです。

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 本作は、全員初登場なんです!!!全員!!!

 どうなるか?全員のキャラ設定やバックボーンを伝える必要がある。能力紹介は挿入歌も相まってテンポよくて、かっちょいいし、上がるんですけど…もちろん回想と語りのオンパレードになるんです。ここはまだいいんです。予告編にも登場しますが、悪党集団を集める司令官。

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 こいつ!悪そうな顔してますね〜。たくらんでますね〜。彼女がこういうナレーションで登場するんです。

 

「スーパーマンが死んだ。(観てない人はパニくると思いますが、前作でスーパーマン死んでます。)だから私が来た」

 

いや、まずお前は誰んだよ!!!

 なんの説明もないんです。なんでスーパーマン死んだら、お前が代わりみたいになるんだよ。冷酷さとか肉食ってる感じは最高なんですけど、バックボーンや目的が全くつかめない。

 まぁまぁ、ここまではいいとしましょう。キャラ整理はなんとかうまくいったとしましょう。この先が一番の問題なんですが……

 

悪党集団よ、君らはなんのために戦ってるの???

 

 最初は脅されてるんです。首に爆弾埋め込まれて、任務が終われば減刑してもらえると。それで止むを得ず敵と戦う。いいでしょう。いいでしょう。悪党らしい。けどね、後半でその問題が一度、解決するんです。爆弾の心配がなくなった。チームもなんだか不協和音……でも目の前では人類の危機!どうする!?なんのために戦うのか!?……ここからでしょ?ならず者団結映画の白眉は!!ここが本作には無いんです。なんで動いてるのか意味がわからない。逃げれるのに。

 さらに!大して何にもしてないのに急に謎の仲間意識が生まれてる。

「私の仲間をいじめるな!」とか「お前は仲間だ!」とか…

お互いのこと何にも知らないくせにいきなりルフィみたいな振る舞い方をしだすんです。

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やかましいわ!!!

 

 相反してた奴らが仲間になっていく…こんなロマンないんですから、その過程を描いてくれよ!マーベルの傑作『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』ではそういうところしっかり描かれてるんですよ!

 

バットマンとジョーカーの問題

 本作、バットマンも出でくるんです。悪党集団のほとんどはバットマンによって捕まってて、ちょっとだけ前の過去として回想で描かれている。ただ、物語の起爆剤となる事件が起きてからは出てこず…ラストにちょこっと出てきます。何が言いたいかわかりますか?

 

コラ!お前は一体なにしてたーーー!!!

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 こんなん言うの野暮ですよ。わかります。そんなん言ったらキリがないですから。MCUのシリーズにだって、こういうのあります。アベンジャーズの次作の時とか気になろうと思えばいくらでも。ついこの前はみんなで集まって解決してたのに…毎回、ヒーローものは世界の滅亡が関わるわけですから、その時はみんな何してたの?って。けど、MCUでは配慮がされてる。他のキャラクターは全く出てこない。会話に登場したりはあるんですけど、影も形もない。ただ、本作はちゃっかりバットマン活躍してるんすよ!序盤と最後ではっきり!!!

 

コラーーー!映画の真ん中の時間、お前は一体どこ行ってたんだーーー!!!

って思うよね!??

 

 そして、このバットマンの宿敵であるジョーカー。ジャック・ニコルソン、ヒース・レジャーと続いて、ジャレッド・レトが演じています。

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 みんな、こえーーーー

 

 ジャレッド・レトも、ちょっぴりヒースを彷彿とさせる演技だけど、ヒース版ジョーカーの印象が未だ強い中で立派な怪演でした!問題はそこではなく…描かれ方です。

 ヒース版ジョーカーが活躍したのがクリストファー・ノーラン監督『ダークナイト』(2008年)筆者が高校3年生の時。当時、予告編を観て「ジョーカーはバットマンとどう戦うの?」と気になってました。このジョーカーは〜というのが重要で、ジョーカーは肉体的には一般人ですから。鍛えまくって、装備しまくってるバットマンとどう張り合うんだ?と。観てびっくり。考えが浅かった。肉体的な交戦がほとんどないんです!これは画期的でした。ジョーカーは人の心に入り込み利用し操る。どこかカリスマ性があった。悪役なのに何かをやらかすと気持ちいい気分になるくらいです。こっちも洗脳されてるんじゃないかって。「悪人でも殺しはしない」と自分に厳しいルールを課しているバットマンはこのルールを利用され、ジョーカーの手のひらで転がされる。しかも、バットマンが正義を成すことでジョーカーが誕生したという理論になってるんです。ジョーカーはバットマンを生かしたいんです。すごくないですか?この関係性。お互い一生、殺せないんですよ。バットマンは暴力では無敵ですが、心を追い詰められる。ラストも決着ついたようで付いてないんですよ!永遠にバットマンを苦しめる悪役なんです。だからこその宿敵なんです。

 今回のジョーカーはその別格感がない。何をどうやってるのか、ほとんどが曖昧なんです。ハーレー・クイーンを惚れさせるのだって…なんで?って。まともだった女性の頭を狂わせていく過程が観たい。今回、ジョーカーがキーマンではあるんですけど、すんげー記号的なんです。そこにいるだけ。そうなると、説得力に欠ける!嗚呼!もっとじっくり狂わせてくれ!!!

まとめ 〜ちゃんと応援してるよ〜

 かといって、この映画きらいかといえば、そうでもないんです!好きな部類なんです。もちろん、ハーレー・クイーンをずっと見てたいってのも大きな理由なんですけど、挿入歌のセンスとか炎男のエピソード、チーム・ジョーカーのなんだかド派手にしでかしてくれそうな怪しさ。魔女の妖艶な美しさ。何より個人的にデッド・ショット!彼が久々に大好きな拳銃を手にするシーンがあるんです。一発撃った拳銃の硝煙を嗅いで、ほくそ笑みながら百発百中の射撃を披露する。そこ1番あがる!クソかっけぇんすよ!男!男!男!!!って感じで。まぁ前半なんですけど、絶頂を迎えてしまう!立てないくらいガクガクになりますよね。あと、ラストも好きです。みんな任務を終えて、刑務所に戻る。そして、それぞれの生活……ああ、この人たちは生涯、利用される時だけシャバの世界を吸えるのか…って思うと泣けてくる。出してあげたい。あそこ哀愁漂ってますよね。

 そういう好きなところもいっぱいあるんです。だからこそ!だからこそ…!!DCの偉い人よ!!焦らないで!!!いきなりアベンジャーズみたいなことをしないでいいんじゃないでしょうか。もう少しペース落として、単体の映画でじっくりバックボーン描いてくれ〜!今、玉突き事故が起きてる真っ最中になっています。

 次作はワンダーウーマンらしいので、ここではキャラも整理しつつ物語の焦点をぼやかさないで欲しいです!ちゃんと追います!応援してます!!!

 

 低いところから失礼しました!