新作映画『アリータ:バトル・エンジェル』感想文 〜腸をロープにはしないけれど破壊はします。あいやーーー!〜

殺した相手の腸をロープにして建物から飛び降りたりするおっさんを主人公にしちゃうロバート・ロドリゲス監督と見る人を選ばないエンタテイメントを世に送る強い女フェチのジェームズ・キャメロンがタッグを組んだ『アリータ:バトル・エンジェル』

最高の組み合わせではあるけれど、噛み合うのか!?もしくは化学反応が起きるのか!?と不安と期待が合わさった本作でしたが…万歳!!!見事なケミストリーでございあした!

キャメロンが大好きな美しく強い女アリータはパフォーマンスキャプチャーを用いたCGという事実を忘れてしまいそうな可憐さ。廃品場から拾われ再生した時の子鹿のようなおぼつかない歩み、オレンジを初めて食べて皮を吐き出すチャーミングな仕草、テレビで初めて目にするスポーツにワクワクして輝く瞳。

そんな純粋であどけない様子に心惹かれていると、後半のある点から一気に女に成長し戸惑います……あれ?こんな女女してた…?

久々にあった小さかった親戚が急に大人っぽくなっていた感覚に近い!…この発言が大丈夫なのかどうかは置いといて……これはピュアなハートでこの世に再生したアリータが大人、戦士になる成長譚。

成長には反抗期が付き物です。その思春期には親との衝突も当たり前。

父が我が子に望む「将来」と子が望む「未来」がすれ違い、衝突する親子。本能に従う娘とそれに抵抗しながらも父のくだした決断。

SFがとっつきにくい観客からしても身に覚えのある体験が縦軸になっているため、楽しめる作り。さすがキャメロン!拍手喝采!

キャメロンは大きなジャンルの中に誰もが楽しめる要素を放り込み間口を広げる天才。

『タイタニック』は客船沈没というパニックムービーに身分の違う恋愛を取り入れ、3時間を超える本編に「ダイヤの行方」というミステリー要素をブレンド。『ターミネーター2』はタイムスリップSFに親子、友情要素を取り入れ本来SFを観ない層にまで手を伸ばしている。

本作は近未来SFに【反抗期の娘とそれに抵抗する父】という普遍的な要素が軸になっているわけです。

そんなファミリー向けの映画にR指定作品ばっかり作ってるロドリゲスは不向き!ロドリゲスは我慢しながら本作を撮ったのか…!??

いいえ!!!

しっかりいつも通りの人体破壊描写ならぬ機械破壊描写を炸裂!

「人体ぶっ壊して内臓とか血とか出させてくださいよ!オレそういうのやりたいんすよっ!R指定上等っすよ!」といきり立つロドリゲスに、キャメロンが穏やかな顔をしながら「落ち着いて〜。機械ならいくら酷いことやってもR指定入らないからいいよ〜。めちゃめちゃにして〜。ね〜」実際にこんなやりとりをしたのかは定かではないけれど、微笑ましいやりとりが目に浮かびます。

ということで、ヘルメット外されたロボコップのようなサイボーグの死に顔めっちゃ映すわ、首飛ぶわ、八切りになるわ、シュレッターに挟まれるわ、目潰されるわ…で、人間でやってたら明らかにR指定であろう破壊描写祭り!

か弱そうに見える可憐なアリータが「あいやーーー!」と叫びながら次々と残虐すぎるほどに相手をぶった切っていく…相反する組み合わせは最高にアガる。

さらにこういった可憐×バイオレンスが見所のアクションが登場する構成もお見事。

アリータが闇討ちと戦う初戦で力が【覚醒】し、バーの地下での戦闘では自分の中に眠っていた【信念】に気づき、事実上殺し合いスポーツでは【葛藤】し、ラストの一騎打ちでは本来の敵を【自覚】する。

アクションでも物語は進行して止まらない。ちゃんとアクションが無駄にならず、アクションでストーリーを語ってくれている。

これは「戦士だった記憶を辿る自分探し」というのが物語の推進力にしたのが功をそうしているのだろう。

可憐さ、バイオレンス、アクションを用いて語る物語という3本がうまく絡み合い図太い1本に!その上、予想だにしない展開や複雑な人間関係など予定調和がなく刺激的。しかも、見る人を全く選ばず誰もが楽しめるという最強エンタテイメント映画が『アリータ:バトル・エンジェル』なのだ!!!

 

新作映画『アイアンガール FINAL WARS』感想文 〜あんあんガールはもういない!そこにいるのは戦う鋼の女!〜

まことに不勉強かつ失礼ながらエッチなあんあんガールな映画だと思いきや、ターミネーターやエイリアン2などSFの名作へのオマージュを散りばめたゴリゴリ近未来SFアクションだった明日花キララさん主演アイアンガールシリーズ3作目。

心の奥底のどこかでほんの少しほんの少しだけ期待していたエロ場面は皆無で、人類滅亡の戦いとなるFINAL WARSの鍵を握る天木じゅんさん演じる謎の美少女サラを巡る攻防戦を軸に明日花キララさん演じる主人公クリスが「自分探しの旅」に決着をつける太い物語にカウンターを食らいました。

『AKIRA』またはそれに影響を受けた『ルーパー』やNetflixオリジナルドラマ『ストレンジャー・シングス』のエルを彷彿とさせる殺傷能力の高い超能力を操るサラがか弱い少女というルックの時点でグッときてしまいます。

どう見てもか弱くてあどけない美少女が人類を終わらせるパワーを宿していて、どんなに屈強な大人でもそれは制圧することができない、というこの設定。ゴジラ少女です!小さい存在なのにうちに秘めてるパワーは怪獣級。しかも、サラには悲しい過去があり…。

映画の終盤である強大な力を持ったサラとクリスが分かち合いぶつかり合う場面があるのですが、舞台挨拶で天木じゅんさんが「涙が止まらなかった」とおっしゃっていた通り胸を打つものがあります。

そんなことを感じながらも「いつあんあんするんだろう」とか脳裏に浮かんでしまいましたが、この映画で男は端っこに追いやられた脇役にすぎませんし、男性観客が望むような性的接待もない。変身場面でほんの少し見える乳首も、はい。これでいいでしょ?嬉しいでしょ?といういい意味で作業感のほとばしること絶妙なエロバランス。

物語の真ん中で戦い葛藤する人物はすべて女性。戦う女の映画!それがアイアンガール FINAL WARSなのだ!

2月22日公開!超新作映画『サムライマラソン』感想文 〜黒船がパワハラという概念を日本に運んでくれてたら彼らは走らずに済んだ!〜

日本のマラソンの発祥と言われている安政遠足。

みんなで水筒やお弁当。金額上限を決めたおやつをリュックに入れて出かけるあの楽しい遠足が元なの?とふとよぎりましたが、遠足(えんそく)ではなく遠足(とおあし)と読むそうです。

黒船来航により幕府が揺らぐ中、安中藩主・板倉勝明は藩士を鍛えるために遠足を呼びかける。それぞれが様々な思いを抱える中でマラソンは始まったものの裏では大きな陰謀が渦巻いていた…。

『超高速!参勤交代』の原作・脚本で知られる土橋章宏による史実に基づいた5編の短編で構成されているのが原作小説『幕末まらそん侍』

最後の章でそれまで何事も起きていないかのように見せていた安政遠足に張り巡らされた伏線を一気に回収しカタルシスを生んだ原作小説をアクション映画としてスリリングになるようアレンジしたことでバイオレンスと豪快さが増し、さらには強力主要キャストはもちろんのこと門脇麦や阿部純子などが脇を固めたことにより、まるで頑丈な石垣で出来た屈強な城のような作品。ずしん!

佐々木蔵之介主演の『超高速!参覲交代』のような骨太な黒澤明的時代劇とはまた違った「誰もが楽しめてコミカルで軽めの時代劇」を連想したまま鑑賞してしまうと、 面食らってしまうほどのシリアスさはあるものの、東京オリンピックを前にマラソンの原点を描くという素敵な試み。

時代劇離れしている観客層にとっても「行って帰ってくる」というマッドマックス的ストーリーのシンプルさもあるため飲み込みやすい。

この時代劇に対してライトな層を巻き込みやすいという点は、作品の時代設定が【幕末】であり庶民派武士達が主人公というのも大きなポイント。

時代の分岐点に携わった坂本龍馬や新撰組、西郷隆盛などの志士が主人公の幕末時代劇ももちろん良いのだけれど、本作は安中藩にいる藩士たちが主人公。しかも、非常に庶民に近い人物達がマラソンに挑戦する。平和ボケをしてすっかり体の鈍った武士達が走るもんだから、すぐ息は切らすわゲロ吐くわでみっともないったらありゃしない。

武士と聞くと、忠誠心や武士道やら信念やらとアツいイメージが浮かびがちだが、本作の主人公たちは刀で世を渡る時代は終焉を迎え平和ボケしてしまったサムライたちなわけです。

戦はないと言えど、殿の命令は絶対であるがゆえにどんなに怠け切った身体であっても鞭打って走らなくてはいけない。この状況がなんとも言えない滑稽さを放っていて微笑ましい!

そんな親しみやすい設定の本作だが、このご時世に観たからなのか、映画を観ながらふと思ってしまったたわいもないことを綴らせていただきます。

太平の時代にマラソンをさせるというこの突飛なスパルタは現代でいうパワハラ。

しかし、当時。自分が仕える主君の命令は絶対で異論など唱えることなど論外。

マラソンの発祥を描きつつも、絶賛公開中の『七つの会議』で扱われている日本の会社組織の根本的な問題。その淵源的なことも本作は同時に描いているように見えて興味深い!

(本作の監督はイギリス人の監督であり、日本の社会状況の変化を我々と同じように肌で感じ映像化したとは考えにくい。封建的な制度が未だ根強かった幕府崩壊前を描いたことではからずもこの手の問題が浮き彫りになったんだと思う)

ペリーが日本に最初に持ち込んだのが酒や銃ではなく「コンプライアンス」という概念だったら、みんな走らずに済んだのかな…?とか現代と結びつけて考えながら鑑賞してしまった。(そもそもコンプライアンスやパワハラってこの言葉が当時からあった訳ではないと思うのでただの願望)

仕える君主の命令は絶対だし、逸脱した者は切腹というガチガチルールがあるからこそ時代劇は面白くなるわけで、本作もその理不尽さがコミカルに繋がっているのだが、それは同時に今の世の中を風刺することの役割も果たせているのかもしれない。

だらだら言って結局なんなんだよ。って感じだと思いますが、つまり時代劇は古いことを騙っているように見えて新しいことを描けるという最強のファンタジー的要素のある素晴らしいジャンルなのです!

だから、こういう視点を持ったいろんな時代劇が作られてブームになるといいな〜