新作映画『来る』感想文 ~原作にあったイヤ〜な部分を拡張させた【お祓いエンタテイメント】誕生!~

Jホラーと言われているジャンルにおいての貞子や伽倻子のホラー表現は「ありふれた日常に突如、非現実的存在が現れる!」ことが怖い!とされています。(もちろんこれだけじゃありませんが)

『リング』や『呪怨』さらにはJホラーをハリウッドまでのし上げたプロデューサー・一瀬隆重は自身の著書の中で『ウルトラQ』から上記で述べたような表現に影響を受けたと語ってました。

すっかり、Jホラーという言葉自体を聞かなくなった時に中島哲也監督が『来る』というホラーを撮るんだと!

ぼくはこの情報を観たときに「えっ!!??」と驚きました。

中島哲也監督は平凡な日常風景をエキセントリックに撮る人ですよね。物語は平凡でも撮り方を工夫したり、ライティングがファンタジックだったり、カットも短く切って工夫して観客を飽きさせない画作りをするというか。

これってつまり、最初に記したJホラーの表現方法とは真逆ですよね!

中島監督は日常を非現実的に描くから、非現実的な幽霊が出てきても際立たない。怖くない。だから、偉そうな言い方をしてしまうと、向いてないんじゃない?と。

それが気になって、原作を読ませていただくと、これは納得!

人間って表面上どうあれ、いや〜な部分たくさんある生き物だよね。という中島監督の作家性と同じようなテーマが原作「ぼぎわんが、来る」に内包されておりました。つまり、監督はホラーとしてではなく人間ドラマの方をやりたかったんだ!と、本作のパンフレットを確認すると、まさにそのようなことを監督がおっしゃっていました。

じゃあ、実際のところ映画版はどうだったのか?というと……これはホラーというより【お祓いエンタテイメント】でした!

誤解を恐れずにハッキリ言うと、従来のJホラー的怖さはありません。ここの部分に関しては、原作の時点でそうだったんですが主人公たちを襲う「それ」の攻撃は貞子や伽倻子のように呪い殺すという目に見えないものではなく、噛んだり、裂いたりと物理的な攻撃なんです。ちょっとしたモンスター映画とも言えるかもしれません。

そんな相手に対して人間が出来る技が【お祓い】です。

これは神主様を呼んで行う盛大なものに限らず、日常でも我々が使用する小規模なものも含んだ【お祓い】というか、ゲン担ぎというか、目には見え無いけれど無意識のうちに信じている言い伝えや習慣、それら様々なものを含んだ大きい意味でのお祓いです。

お守り、盛り塩といった我々一般人が使えるようなものもあれば、霊媒師姉妹による呪文、指輪、おまじない、儀式…と玄人による対抗手段もたくさん登場します。

これらを象徴するのは、クライマックスの原作にはなかったマンションを巻き込んだ大規模な儀式とお祓いです。ここまで規模デカくする必要ある?と笑っちゃうレベルなんですが、映画の根幹にあるテーマでもあるので仕方なし!

対処不能、理解不能、我々はひたすら怯えるだけだった貞子や伽倻子とは違って、本作の相手は戦うことが可能!

気持ちイイぜ!

ゆえに本作は【お祓い】というまくらのついた娯楽作品と言えます!

ゆえに、そこまで怖くはない!とは言いきりつつも……監督は原作にあったイヤ〜な部分を大拡張し、物語の「救い」「感動」を激減させ強烈な中島哲也味に仕上げています。

なので、幽霊は怖くなくても人間は恐ろしい…っていう、どっちにしろ怖い映画にはなっている!という結局なんなのかわからん締めくくり方をさせていただきます。

 

 

新作映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』感想文 〜不秩序な世界に発せられた父の言葉に涙!〜

桐島、部活やめるってよ。というタイトルを聞き、で?だから?と思ってしまったように、今回の映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』のストーリー「学生がカンニングしたってよ」を聞いても、…それで?だからなんなの?となってしまうのは事実だし、青春映画においてはこのような【罠】が多い。

たしかに、6つの石を集めて世界を滅亡させようとする宇宙人を阻止しようとするヒーロー達や、プルトニウムを悪用しようとするテロリストを身体を張って止めようとするスパイが活躍するような娯楽映画を観ていて、それらが作品を楽しむ基準に自然となってしまっていたら、カンニングという行為などとーっても小さいアクションだし、そもそもそれは映画になるのかよ⁉︎と懐疑的になってしまうのも無理はない。

が……

現実的な生死を体感していない青春時代を生き抜く若者には彼らなりの問題があるわけで、彼らの視点からしたらカンニングの成功、失敗は生きるか、死ぬか?という問題とほぼイコールで結ばれる!

カンニングというか、そもそも試験という文化から遠のいてしまった私たちにとっても、本作のカンニングという名のミッションは手に汗握る一流サスペンスとして描かれている。

「答えを記入した消しゴムを後ろの席の人に渡す」

序盤に登場するこれだけの動作で心臓バックバク!もちろんカット割りや音楽などのテクニックを用いた手法によって生まれた緊迫感ではあるものの、このシークエンスの前に【主人公にとっていかに試験が学歴が重要で人生に関わるか】をみっちり描いてるからこそ!

何よりクライマックスの畳み掛けは生きた心地がしない!

白人の試験官に追い回される様は、あれ?今ターミネーター観てるんだっけ?と錯覚に襲われるほど。

一度、ダークサイドの堕ちてしまった友人を憐れむ主人公との対峙も切ない名場面の1つ。

学歴主義の社会を若者という【弱者】が必死に生き抜いてるからこそ、カンニングという不正が悪いことだとはわかっているけど、致し方ない事なのか…?と。何が幸せで何が不幸なのか?わからない不秩序な状態で主人公の父が発したラストの台詞に気づけば涙が……。

競争!競争!学歴!学歴!と殺伐としていた世界に親の真心がふと表れる瞬間があるとてつもなくイイ映画、それが『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』です。