『ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー』ジェームズ・ガン監督降板がやるせない僕の理由はロケットにある!〜

「第2のスターウォーズ」とまで言わしめたMCU史上、否SF映画史上の大傑作『ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー』(以下、GotG)で監督、脚本を担当したジェームズ・ガンが過去の不適切なツイートが問題視されディズニーから解雇。

この衝撃的なニュースは世界中のファンだけでなく、シリーズの出演者まで憤慨しMARVELの社長がディズニーに再度掛け合ったものの再雇用は不成立。詳しいことは色んな記事を拝見して頂くとしまして……

実際、僕も開いた口がふさがらず憤りを感じていました。

 

ジェームズ・ガンが描くGotGの世界のあの先が観たかった。

 

こう思うのにはハッキリと理由があるのです。

ジェームズ・ガンがそれまで培ってきたトロマ映画のエッセンスも生かしつつ監督、脚本を勤めた『スリザー』(2006)は地球にやってきた謎の宇宙生命体に寄生されイカの化け物になってしまった主人公(ガンの盟友マイケル・ルーカー)が奥さんにも町民にも襲いかかってしまいどエライことになっていくというSFの良作。

愛する夫が変貌していく悲劇は愛についての傑作『ザ・フライ』を起草するけれど、『スリザー』はこの奥さんがなんだか嫌な奴に見えてくる。綺麗でおしゃれもして人妻なのに笑顔を振りまいてキャピキャピしてる。絶対まだ遊びたがってんだよ!

しかも、襲われた奥さんを助けるヒーロー野郎が明らかに奥さんをいやらしい目で見てるのにイイ感じ。

一方、主人公は冬彦さんみたいなデカくてダセェ眼鏡をかけてうだつの上がらない男。

なんで結婚したのかわからない2人が町を巻き込んだ大きな戦いの中で対立していき、切なくて全くむくわれないラスト。

 

2010年の『スーパー!』(監督・脚本 ジェームズ・ガン)は『アルマゲドン』でベン・アフレックにオヘソを遊ばれるシーンがやけにエロかったリヴ・タイラーが薬物中毒者の役。そんな美女に恋をし結婚したのがコンプレックスの塊でこれまたうだとの上がらないレイン・ウィルソン。最初は幸せだったもののマフィアの親分(マイケル・ベーコン)がリヴ・タイラーを誘惑して再び薬物の世界へと陥れる。

神のお告げを受けた夫は愛する妻を救うために自警ヒーロー【クリムゾン・ボルト】に扮して悪党をやっつける!

手作りヒーローという点で『キック・アス』っぽいけれどこれまた違う展開に。

愛のために血みどろの暴力をひたすら繰り返すボルトに我々観客含めてドン引き…。

しかし、実際にバットマンやスパイダーマンのような自主的なヒーローが現れて悪を成敗したとしたら実際はこうなっていくのか…と。ヒーローブームの今、観るととんでもなく複雑な気分になります。

ズーンと重いモノが心にのしかかりつつも心が暖かくなって涙が止まらないヒーロー映画の大傑作。

 

こういったガンの作品群は作家性があふれています。

それは常に【負け組が主人公】であるということ。

何かしらで負けた人生を送ってきた人物を主人公に据えつつ美化はしない。痛々しい部分もしっかりと描きつつその主人公がどんなに周りから攻撃を受けようとガンだけは寄り添った目線を残すのが彼の作家性だと思っています。

この『スーパー!』の次が『ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー』です。

原作は誰も知らず絶対失敗する!と周囲から言われていた難題をガンが自分の色を出したことで見事な傑作に成り上がりました。

そもそもGotGは全員が先述したような【負け組】の集団。ガンにとっては得意な素材だったのかもしれません。

2014年に公開されたVol.1と2017年に公開されたVol.2において、彼らは何かしらの【成長】をします。

孤立無援の犯罪者、社会不適合者たちがひょんなことから集まり家族になっていく過程で成長していく彼らに僕らはグッとくる。

 

主人公・ピーターは偉大だったはずの父との出会いの中である決断を。

ガモーラと敵対していた義理の妹ネビュラは絆を確かめ合い和解。

家族を殺されたドラッグスも敗北を味わう中で新たな家族を見つける。

グルートは自己犠牲の精神で仲間を守り家族になる。

ピーターの父・ヨンドゥも例外ではなく、父としての生き様を見せつけてくれます。

そう、これはガン特有の【人生で何かしらの負けを味わった人間の再起の物語】です。

会社がコントロールするMCUの監督陣の中で1番作家性を思う存分炸裂している監督と言えます。

ただし。まだこの【再起】を描いていないキャラクターがいます。

改造アライグマのロケットです。

彼の悲しい過去は未だに明かされておらず、相棒であるはずのグルートはVol.1で命を投げ打ってみんなを救うことで家族になれました。ピーターが父親に会いに行くと言い出したVol.2では1人だけ異様に拗ねている。

「お前もおれと同じ孤独なんじゃないのかよ?」

さらにはVol.2でピーターの義父であるヨンドゥと最後の会話をしたのもロケット。

その時にヨンドゥから「お前は俺と一緒だ!寂しいんだ!」とシリーズ内で初めて的確な指摘を受け動揺します。

クライマックスでもピーターが死んでしまうと心配するガーディアンズたちの横でロケットだけは誰が本当に死ぬかわかっているという、観客だけがわかる演出がなされています。

さらには、同じくVol.2のラスト。ヨンドゥを偲ぶ花火をロケットの瞳から一筋の涙を流したところでエンドロール。

そうです。なぜか本編のラストカットはロケットのクローズアップで終わるのです。

これは、まだ再起できたいない成長できていないロケットに寄り添った終わり方じゃないですか???

その証拠にガンが製作総指揮として入っていた『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』で生き残ったガーディアンズはロケットとネビュラなんですよ???

 

ジェームズ・ガンはまさにこれからロケットの何かを描こうとしてたんですよ!!!

 

ロケットの件にケリをつけなきゃいけなかったんです!!!

 

ガンが最後に描きたかったのはロケットだったんじゃないですか????

彼を幸せにしたかったんじゃないですか?何かしらの成長を描きたかったんじゃないですか?

キーなんですよ!ロケットは!!!

僕の仮説が正しいとしたら、こんな中途半端な終わり方は作家として本当に苦しいと思います。

(ちなみにVol.3の脚本はガンの手によって完成。実際に使用されるかは未定)

だから、ダメなんです!!!ジェームズ・ガンのためにもファンのためにも、MCUのためにも、ロケットのためにも!

ジェームズ・ガンじゃなきゃダメなんです!

James Gunn will return???

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