8/3公開!超新作映画『ミッション:インポッシブル フォールアウト 』ネタバレ無しの感想文 〜もうこの映画を観てしまったら最後。大抵のアクション映画はもう楽しめない大傑作誕生!〜

幼稚園の時に本シリーズの1作目を父からVHSで鑑賞させられ、若きトム・クルーズのカッコ良さと過剰すぎないスリリングな映画の内容に惚れてしまった僕。

同時期に観た映画『スピード』と『アンタッチャブル』の影響も相まって、当時流行っていた戦隊モノやアニメには見向きもせず、折り紙でピストルを作りアスレチックを特急列車に見立てて、イーサン・ハントに成りきった。

M:Iの敵であるジョン・ヴォイドの役を友達にやってもらいたかったが、誰にも意味をわかってもらえず、脳内で描いた架空の敵にひたすら折り紙銃を向けていた記憶は鮮明。

その頃からイーサン・ハントは【絶対不可能を可能にする】目標とすべき心の中の幼なじみ!

そして、今回8/3に公開が決定したシリーズ最新作『ミッション:インポッシブル / フォールアウト』のマスコミ向け試写会に縁あって行かせて頂きました。

予告編が出た時からもちろんテンションブチ上がりで動態を追っかけてた本作。

見せ場を詰めすぎた予告編を見ると本編の面白さが大幅に減少してしまう昨今であるから「やばい、予告編見すぎてる…純粋に楽しめないかも……」とブルーな気持ちにもなりつつ楽しみな気持ちもあり、結果的に変なアドレナリンが分泌され前日からずっと吐き気が止まらない。

「このままでは試写室にたどり着けないかも…。いや、ていうか、今こんな気分ならいっそのこと観なくていいか!観ないまま一生を終えよう!」という訳のわからない開き直りもありながら、絶妙なコンディションで試写室へ。

いざ上映スタート!

 

…結論から言います。

M:Iシリーズ史上…というかアクション映画史にとんでもない深い爪痕を残す超大傑作であり、これまでの1~5作品を積み上げてきたからこそ出来た集大成的一本!

イーサン・ハントたちはテロリストと戦うんだけど、もうこの映画自体がテロだろ!!

あんたがテロリストだよ!これ以降のアクション映画はどうしたらいいんだよ!

本作のせいで他の映画である程度ことが起きてももう驚けない体になってしまったよ!どうしてくれるんだ!!

で?何がすごいの?って話になるんですけども、まずは先述した予告編問題。

特にアクション映画の予告編は宣伝のインパクトを重視し映画の目玉になるような見せ場、大掛かりなアクションシーンをつまんで詰め込んでしまうのがあるあるです。

ゆえに、本編見てると「あー、この後あの予告編の場面だな…」って答え合わせをするような見方になってしまい、それ以外は失速してしまう。これは僕らの見方だけでなく作品自体がそれに陥ってることが大半で、これまでのM:Iシリーズにもその手の落ち度はありました。

だが、しかし!!

この映画は大アクションを大アクションで繋ぎ、そこ以外の「静の時間」でさえも目に見えないアクションが進み緊張感が全く途切れない!!!

問題が解決した。アクションが終わった。と思いきや次の何かが発生する。つまり、休息がない!

僕は本作を『ドジョウつかみ映画』と命名したい!!!

ドジョウ捕まえた!と思いきやヌルッと抜け出して泳ぎだす…の繰り返しで2時間27分ずっと落ち着かないの!もう全然掴めない訳ですよ!!!

もちろんスター映画でもあるから、いかにインポッシブルな事が起きようとも「どうせまた大丈夫でしょ。助かるんでしょ。なんとかなるんでしょ」ってナメてるんだけど「あっ!!!危ない!!!」と本気で思ってしまう。

こういうビックタイトル映画が驚き慣れをしてしまっている我々観客をマジでヒヤヒヤさせることができてるってホントにすっごい事ですよ!!???

トム・クルーズや現スーパーマン役のヘンリー・カヴィルらによるCGによるアクションでは今後何も感じなくなってしまうようなノースタントアクションがそれらに貢献してるのはもちろん。

が、そこに加えて今回は映像美、演出、音楽、構成、演出全てが惚れ惚れとするほど素晴らしい。

 

前半は閉鎖的で限定された空間による動きの面白さを追求し、サム・メンデスの007映画を彷彿とさせるシンメトリーな画面のバランスや人の配置でオシャレとクラシックな雰囲気が漂う渋さが抜群。鏡面世界が強調されており、トイレでトムと共闘するヘンリー・カヴィルの2人が鏡越しに映るカットは両者の関係性を表す重要な場面だし、パーティー会場の万華鏡の中に入り込んだような鏡の世界は脱出不可能な迷宮のようでこの映画のテーマにも通じています。

後半クライマックスではそれら完璧で均衡のとれた世界を徹底的に壊し、抜けの良い開放的な気持ち良さがあります。ある人物がそれまでの世界とは真逆の行く末を辿るのはなんとも象徴的。

「絶望」という意味合いで使われていた冒頭のある光は、終盤で観客をミスリードさせる展開で「希望」という意味に置き換えられていて、スリリングさを倍増しつつも物語として意味あるものになっているという、なんとも憎たらしい上手い演出!

「選択」がこの映画のテーマの1つでもあり、各キャラが何度も何度も二択を迫られ、台詞では合わさぬもののその苦しみ、葛藤は役者らの抜群の演技で語られます。

一作目からの相棒であるルーサーの台詞に泣かされるとは思わなかった…。

シリーズお馴染みのテーマを取り入れながらもスケールを拡大しどこか終末感さえ漂わせる音楽も観客を不安にさせたり高揚させたりと思うがまま。

 

 

 

 

 

 

 

今までただただ楽しいシリーズだったもんだから、もはや違和感さえ感じる完成度の高さに「これは本当にM:Iシリーズか?」と疑ってしまうほど。

それぞれの完成度が高すぎて、もうただただイーサンが全速力で走ってるだけでこっちは感動してしまって泣いている!

お馴染みの馬鹿馬鹿しい秘密兵器が減ってしまったのは少し寂しい気もするものの、久しぶりに面白すぎて泣きながら「心の幼なじみイーサン!イーサンがんはれ!みんながんばれ!がんばれ!」と勝手に応援上映してしまっている自分がいました。

ていうか、大丈夫か?次がヤバくない?もうこれ以上上は無くないか???

という心配はご無用。

心の幼馴染イーサン・ハントは観客が思う「これ以上は無理だろ」という絶対不可能さえも可能にしてしまう男なのだから!

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