15歳の元旦に性的集団暴行を受けた雪村葉子さんが事件とその後の人生を綴った手記『私は絶対許さない 15歳で集団レイプされた少女が風俗嬢になり、さらに看護師になった理由』(著:雪村葉子 発行:株式会社ブックマン)を元に、精神外科医でもある和田秀樹監督がメガホンを取り映画化された本作。
通常、映画は「神の視点」と呼ばれるカメラアングルを通し私たち観客は物語の行く末を追いますが、本作は主人公・雪村葉子さんの主観映像でほとんどが構成されています。
「性的集団暴行といった出来事が被害者の人生にどのように影響を与えるかを描きたかった」と監督は試写会で話しており、主人公の人生を私たち観客に追体験させ、作品に没入させるこの【主観映像】という撮影方法は絶大な効果があったと言えるでしょう。
さらに、この主観映像によって生じる弱点を原作の要素を抽出し補っています。
『死んだ少女からの冷酷な眼差し』という章が原作に登場します。15歳の元旦に一度死んだ【過去の自分】が幽体離脱したかのように今の自分を見つめて言葉を囁く。これは別の章ですが、故郷を捨て東京で整形し大学生となった主人公が電車の窓ガラスに映りこむ過去の自分と対峙する場面が出てきます。
原作内で自分が自分を客観視するというこの具体的な描写は1度だけですが、映画では頻繁に【過去の自分】が現れます。
おっぱいキャバクラで出会った現在の夫と性行為をする自分に対して「男への復讐はどうしたの?」と投げかける場面などがそれに当たるのですが、このツッコミ演出が映画に加わる事で、主人公の心理状態を表現しつつも言動に説得力を持たせてくれているのです。
つまり、主観映像が続く映画内にもう1つ客観的な視点が加わることで観客に飽きさせることなく物語を進めることができ、被害後の葉子の行動に観客が「なんで?」と思っていると、もう1つの視点がツッコミを入れてくれて腑に落ちる…
このような工夫によって、原作の副題でもあり監督が観客に伝えたかった「15歳で集団レイプされた少女が風俗嬢になり、さらに看護師になった理由」を見事に映像化しているのです。
せっかくの映画主演なのに自分たちの顔がほとんど映らない【主観映像】ということで泣き寝入りしてもらったと監督は発言していましたが、精神的ダメージの大きかったであろう体当たり演技を成し遂げた平塚千瑛さんと西川可奈子さんのお二人の演技は素晴らしかったです。
レイプ被害に遭った直後なげやりになってヤクザと関係を持ち始める場面で西川さんは声色だけでやさぐれ感を見事に表現。【過去の自分】として冷たい視線を送る様も、その素朴で真面目な見た目も相まって現在の主人公の罪悪感や焦燥感を煽りまくってくれています。
整形後の主人公を演じた平塚さんのどうしようもない空虚感を埋めようと夫に泣きつく場面や、介護ボランティアの体験を楽しそうに語るものの夫に冷たくされ気持ちが沈んでいく【陰の演技】が絶妙でこっちの胸が苦しくなりました。
また、このW主演の2人を支えるタコ社長の娘でお馴染み母役の美保純さんの圧倒的な存在感。
閉鎖的な田舎に住む一族に嫁いでしまったことにより捻くれてしまった【不幸な女】としての怪演。「絶対、こんな母親は嫌だ!」と心底こちらの背筋を凍らせつつも、上京をせがむ娘に3万円の仕送りを許す父にキレたり、雪の中歩いていた娘に傘ではなくビニール袋を被らせるなど持ち前のチャーミングさも健在でした。
そして、主人公の夫となる佐野史郎さん。
「僕の手は君を優しく撫でるためにある」というこの映画で一番あたたかい台詞を口にするもんだから、いい人キタ!!!と思いきや、後半の懐かし冬彦さんばりのサイコっぷりに絶句させられます。厳格すぎる父から逃れた葉子はどこかで【父性】を求めていたのではないかと私は推測しているのですが、その対象である佐野史郎さんから垣間見える狂気はこの映画の要であり、他の俳優では考えられません。
意地汚い母(美保純)から逃げたのに、むっつり変態の夫(佐野史郎)に出会ってしまうという板挟み状態の葉子というこの構図はまるで一生出れない人生の迷路……
15歳で受けた性的暴行、強烈な【母と父】の存在、様々な出会いや経験をする中で葉子自身は生きる目的、幸福を模索するわけです。
原作は自分をレイプした5名に当てた手紙が最終章ですが、映画では男たちに対しての復讐心をストレートに暗喩するシーンで幕を下ろすというアレンジが加わっています。この直前のシーンとのロウソクを使ったつながりも葉子の二重生活を表現する演出として秀逸だし、葉子が男に対して【攻撃】する最初で最後の場面でもあります。
この最後のシーンは、独特のカタルシスを生みつつも映画で起きた出来事を振り返らせられ、心に爪痕も残すという見事な幕引き。
あなたはどう感じるか。ぜひ劇場にて自分の目で確かめていただきたいと思います。
参考資料
『私は絶対許さない 15歳で集団レイプされた少女が風俗嬢になり、さらに看護師になった理由』(著:雪村葉子 発行:株式会社ブックマン)