映画コラム

10年前にカッターで同級生を殺害し「史上最も可愛い殺人鬼」としてネットで神格化された【サニー】の熱狂的な信者たちが一方的にサニーと断定した北原里英を拉致、監禁するスリラー!

「…わたし、サニーなんて知らない!わたしじゃない!」

高校の教員だった「間違えられた女」北原里英は信者たち(ピエール瀧、リリー・フランキー)によって崇め奉られるわけだが、ひょんなことからスイッチオ〜ン!!!

 

「みんながそんなに言うならやってやんよ」

 

とやる気満々にネット配信を使って日本中にいる信者たちを大激励するものの「本物は私」と名乗る門脇麦ちゃんが同じくネットを使って乱入し、事態は思わぬ展開へ……

筆者的には10歳のころのサニーが成長したら北原里英、麦ちゃんではなく、アンゴラ村長の方が似ているような気もするが、そんなことは置いておいて。主演・ピエール瀧、リリー・フランキー、脚本・高橋泉、監督・白石和彌とくれば傑作『凶悪』を連想するわけで、そうなってくるとピエール×リリーのやばいコンビがまた観れる…!と思うわけだが、本作はその期待を良いように裏切ってくれる。

サニーではないと否定し続ける北原里英をピエール瀧が殴りつけたり、他の人間を無理矢理殴らせるシーンを観て「この世界で一番恐ろしいピエール流レッスンによって彼女は「暴力」に目覚めるのか?」と。

園子温の『冷たい熱帯魚』の元ネタでもあるサム・ペキンパー監督『わらの犬』的な、ごく普通の一般人が外的暴力によって内在する暴力性を自覚し、覚醒していく…そういったテーマの話か?と思わせておいて…そうではない。

北原里英は【殺人者】としてではなく【救世主】として覚醒するのだ。

その場にいた1人1人に説法し懺悔させるシーンはその象徴でもあるし、教員時には救えなかった生徒がサニーとしてなら救えることを知って自分の使命を自覚する。

劇中でピエール瀧が「本物のサニーかどうかなんて関係ない。違うか?」と吐くシーンがあるが、これが本作のテーマを表現している。

人間はそれが偽物だろうが何だろうが何かを絶対的に信じたい。絶望した人間ならなおさらである。

本作は【殺人鬼】を扱う映画ではなく現代…もっと詳しく言えば、ネット社会における【救世主】を描いた傑作だ。

最初はバラバラだった信者たちがサニーの悟りによって皆が団結していく。

机を囲んで「いただきます」と幸せそうに食事を楽しむシーンはまるでホームドラマ。彼らはサニーによって教団化し、家族化していくわけだが、信仰の対象がもろければもろいほど人間側ももろくなる。

無宗教国家と呼ばれる日本ならではのドラマである。無信心であるがゆえにこのような展開が可能となる。

本作はフィクションだがネットアイドルが拡散され、宗教化していき、それが自滅していく様子は現代の日本においてやけにリアリティがあり他人事とは思えない。

本作は今の日本へ警鐘をならす娯楽映画なのかもしれない。

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