4/7公開 新作映画『私は絶対許さない』感想文 〜完全主観と「もう1つの視点」から描いたある女性の半生〜

15歳の元旦に性的集団暴行を受けた雪村葉子さんが事件とその後の人生を綴った手記私は絶対許さない 15歳で集団レイプされた少女が風俗嬢になり、さらに看護師になった理由(著:雪村葉子  発行:株式会社ブックマン)を元に、精神外科医でもある和田秀樹監督がメガホンを取り映画化された本作。

通常、映画は「神の視点」と呼ばれるカメラアングルを通し私たち観客は物語の行く末を追いますが、本作は主人公・雪村葉子さんの主観映像でほとんどが構成されています。

「性的集団暴行といった出来事が被害者の人生にどのように影響を与えるかを描きたかった」と監督は試写会で話しており、主人公の人生を私たち観客に追体験させ、作品に没入させるこの【主観映像】という撮影方法は絶大な効果があったと言えるでしょう。

さらに、この主観映像によって生じる弱点を原作の要素を抽出し補っています。

『死んだ少女からの冷酷な眼差し』という章が原作に登場します。15歳の元旦に一度死んだ【過去の自分】が幽体離脱したかのように今の自分を見つめて言葉を囁く。これは別の章ですが、故郷を捨て東京で整形し大学生となった主人公が電車の窓ガラスに映りこむ過去の自分と対峙する場面が出てきます。

原作内で自分が自分を客観視するというこの具体的な描写は1度だけですが、映画では頻繁に【過去の自分】が現れます。

おっぱいキャバクラで出会った現在の夫と性行為をする自分に対して「男への復讐はどうしたの?」と投げかける場面などがそれに当たるのですが、このツッコミ演出が映画に加わる事で、主人公の心理状態を表現しつつも言動に説得力を持たせてくれているのです。

つまり、主観映像が続く映画内にもう1つ客観的な視点が加わることで観客に飽きさせることなく物語を進めることができ、被害後の葉子の行動に観客が「なんで?」と思っていると、もう1つの視点がツッコミを入れてくれて腑に落ちる…

このような工夫によって、原作の副題でもあり監督が観客に伝えたかった「15歳で集団レイプされた少女が風俗嬢になり、さらに看護師になった理由」を見事に映像化しているのです。

せっかくの映画主演なのに自分たちの顔がほとんど映らない【主観映像】ということで泣き寝入りしてもらったと監督は発言していましたが、精神的ダメージの大きかったであろう体当たり演技を成し遂げた平塚千瑛さんと西川可奈子さんのお二人の演技は素晴らしかったです。

レイプ被害に遭った直後なげやりになってヤクザと関係を持ち始める場面で西川さんは声色だけでやさぐれ感を見事に表現。【過去の自分】として冷たい視線を送る様も、その素朴で真面目な見た目も相まって現在の主人公の罪悪感や焦燥感を煽りまくってくれています。

整形後の主人公を演じた平塚さんのどうしようもない空虚感を埋めようと夫に泣きつく場面や、介護ボランティアの体験を楽しそうに語るものの夫に冷たくされ気持ちが沈んでいく【陰の演技】が絶妙でこっちの胸が苦しくなりました。

また、このW主演の2人を支えるタコ社長の娘でお馴染み母役の美保純さんの圧倒的な存在感。

閉鎖的な田舎に住む一族に嫁いでしまったことにより捻くれてしまった【不幸な女】としての怪演。「絶対、こんな母親は嫌だ!」と心底こちらの背筋を凍らせつつも、上京をせがむ娘に3万円の仕送りを許す父にキレたり、雪の中歩いていた娘に傘ではなくビニール袋を被らせるなど持ち前のチャーミングさも健在でした。

そして、主人公の夫となる佐野史郎さん。

「僕の手は君を優しく撫でるためにある」というこの映画で一番あたたかい台詞を口にするもんだから、いい人キタ!!!と思いきや、後半の懐かし冬彦さんばりのサイコっぷりに絶句させられます。厳格すぎる父から逃れた葉子はどこかで【父性】を求めていたのではないかと私は推測しているのですが、その対象である佐野史郎さんから垣間見える狂気はこの映画の要であり、他の俳優では考えられません。

意地汚い母(美保純)から逃げたのに、むっつり変態の夫(佐野史郎)に出会ってしまうという板挟み状態の葉子というこの構図はまるで一生出れない人生の迷路……

15歳で受けた性的暴行、強烈な【母と父】の存在、様々な出会いや経験をする中で葉子自身は生きる目的、幸福を模索するわけです。

原作は自分をレイプした5名に当てた手紙が最終章ですが、映画では男たちに対しての復讐心をストレートに暗喩するシーンで幕を下ろすというアレンジが加わっています。この直前のシーンとのロウソクを使ったつながりも葉子の二重生活を表現する演出として秀逸だし、葉子が男に対して【攻撃】する最初で最後の場面でもあります。

この最後のシーンは、独特のカタルシスを生みつつも映画で起きた出来事を振り返らせられ、心に爪痕も残すという見事な幕引き。

あなたはどう感じるか。ぜひ劇場にて自分の目で確かめていただきたいと思います。

 

参考資料

私は絶対許さない 15歳で集団レイプされた少女が風俗嬢になり、さらに看護師になった理由(著:雪村葉子  発行:株式会社ブックマン)

https://www.amazon.co.jp/%E7%A7%81%E3%81%AF%E7%B5%B6%E5%AF%BE%E8%A8%B1%E3%81%95%E3%81%AA%E3%81%84-15%E6%AD%B3%E3%81%A7%E9%9B%86%E5%9B%A3%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%97%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E5%B0%91%E5%A5%B3%E3%81%8C%E9%A2%A8%E4%BF%97%E5%AC%A2%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%80%81%E3%81%95%E3%82%89%E3%81%AB%E7%9C%8B%E8%AD%B7%E5%B8%AB%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%90%86%E7%94%B1-%E9%9B%AA%E6%9D%91-%E8%91%89%E5%AD%90/dp/4893088521/ref=cm_cr_arp_d_product_top?ie=UTF8

新作映画『今夜、ロマンス劇場で』感想文 〜理想を追いかけ童貞を捨てれないオタク青年!背筋が凍る後半たたみかけ……〜

昔、シュワちゃんが映画の世界から現実世界に飛び出してきて大暴れするご機嫌な映画がありましたが、今回は『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーンような出で立ちをした銀幕の世界の住人・お転婆姫こと綾瀬はるかが映画監督を目指す映画オタクの主人公・坂口健太郎くんの目の前に突然現れます。

憧れだった映画のヒロインが現れて、浮き足立ってた坂口くんでしたが「お前は今日から私の僕だ」とドSのお転婆姫に下僕扱いされ、職場の映画スタジオは爆発騒ぎになったり、警察に捕まったりとてんやわんや。

2人は共に日々を過ごすうちに距離が縮まりイイ感じ…。しかし、彼女には秘密がありました。

 

「人のぬくもりに触れた瞬間、消えてしまう」

 

触れると彼女は死んでしまいます。

好きな人に触れられないなんて想像しただけでも…これは辛い!

キスしたい………ダメ!

肩を抱きたい……ダメ!!

手をつなぎたい…ダメ!!!

勘弁してくれぇえええ!その辺にあるガールズバーの方がもう少し融通が効くよ!

しかし、お転婆姫は死を覚悟して「抱きしめて欲しい」と告げる……。

 

あれ…?もう結末まで行ってない?

そういう気持ちになりますね。ていうか予告編を観た時点で「もう全部わかっちゃったよ!」って気になる。

しかし…!

さすがに、そんなことにはなっていません。予告編で見せている場面の「その先」があるのです。

 

 

 

ということで、ここから先は完全にネタバレいたします。

 

 

 

 

「最後に抱きしめて欲しい」

とお転婆姫が主人公に告げ触れようとしますが……

「ダメだぁああああ!やっぱり触れないぃぃぃぃぃぃ…!消えちゃうのいやぁぁああああ!!!」

となんとまぁ!主人公はここで踏みとどまります。

 

「決めたんです。触れられなくてもいいから僕とずっと一緒にいてください…」

 

本田翼からの逆プロポーズも断り、一生涯触れることのできない理想の女性【お転婆姫】を選んだ主人公。

そして、月日は流れ……おそらく60年近く二人は共に暮らします。一度も触れ合わず…。

入院してしまった主人公・爺さんは最後、息を引き取る間際にはじめてお転婆姫に抱きしめられます。

息を引き取る主人公。消えていくお転婆姫…。

天に召された主人公はお転婆姫の故郷である映画の世界で生きています。

二人は映画の中で永遠に生き続けるのでした。

めでたし。めでたし。

 

これは何の話なのだろうか。

一見、キラキラした素敵なファンタジーに思えるかもしれないが筆者にはそう思えなかった。

これは「理想に取り憑かれたオタクが童貞を捨てれない人生を描いた物語」

主人公は「大人」になれない。

あの時あそこで彼女を抱きしめ、ケジメをつければ彼は大人になれた。妻を迎え入れ子供を作り家族を作り、ごく普通の生活が送れたであろう。その選択はせず「存在しない女性」を身近に置いておくことを優先したのだ。

まるで、創作物やアイドルに夢中になりすぎて、童貞を捨てそびれてしまったオタクを見ているようだ。

「大人になれない」登場人物の映画は多々あるものの筆者が戦慄してしまうのは、本作が完全に【真っ当な美談】として描かれていて、それに鼻をすすりながら涙を流す観客がいることである。

60年近く主人公は普通の女性と付き合いもせずに触れない女性と生きてきた。

どう考えてもサイコパスだ。

たまっていく欲望を他のところでとんでもない別の方法で発散しているに違いない!

そうでなきゃ、あんな穏やかな表情はできないよね!おじいさん!

いじってるように見えてしまうが、この映画の青年像は現代の日本における「大人になれない」男を的確に描いているし、筆者もその中の1人であるような気がしたからこそ、この映画の後半の畳み掛けに戦慄を覚えた。

実生活をほったらかしにして、好きなものにどっぷり浸ったその先には何が待っているか……

ああ、ドキドキ。怖いですね。

 

新作映画『サニー 32』感想文 〜史上最も可愛い殺人鬼に「間違えられた女」と熱狂的な信者たち〜

10年前にカッターで同級生を殺害し「史上最も可愛い殺人鬼」としてネットで神格化された【サニー】の熱狂的な信者たちが一方的にサニーと断定した北原里英を拉致、監禁するスリラー!

「…わたし、サニーなんて知らない!わたしじゃない!」

高校の教員だった「間違えられた女」北原里英は信者たち(ピエール瀧、リリー・フランキー)によって崇め奉られるわけだが、ひょんなことからスイッチオ〜ン!!!

 

「みんながそんなに言うならやってやんよ」

 

とやる気満々にネット配信を使って日本中にいる信者たちを大激励するものの「本物は私」と名乗る門脇麦ちゃんが同じくネットを使って乱入し、事態は思わぬ展開へ……

筆者的には10歳のころのサニーが成長したら北原里英、麦ちゃんではなく、アンゴラ村長の方が似ているような気もするが、そんなことは置いておいて。主演・ピエール瀧、リリー・フランキー、脚本・高橋泉、監督・白石和彌とくれば傑作『凶悪』を連想するわけで、そうなってくるとピエール×リリーのやばいコンビがまた観れる…!と思うわけだが、本作はその期待を良いように裏切ってくれる。

サニーではないと否定し続ける北原里英をピエール瀧が殴りつけたり、他の人間を無理矢理殴らせるシーンを観て「この世界で一番恐ろしいピエール流レッスンによって彼女は「暴力」に目覚めるのか?」と。

園子温の『冷たい熱帯魚』の元ネタでもあるサム・ペキンパー監督『わらの犬』的な、ごく普通の一般人が外的暴力によって内在する暴力性を自覚し、覚醒していく…そういったテーマの話か?と思わせておいて…そうではない。

北原里英は【殺人者】としてではなく【救世主】として覚醒するのだ。

その場にいた1人1人に説法し懺悔させるシーンはその象徴でもあるし、教員時には救えなかった生徒がサニーとしてなら救えることを知って自分の使命を自覚する。

劇中でピエール瀧が「本物のサニーかどうかなんて関係ない。違うか?」と吐くシーンがあるが、これが本作のテーマを表現している。

人間はそれが偽物だろうが何だろうが何かを絶対的に信じたい。絶望した人間ならなおさらである。

本作は【殺人鬼】を扱う映画ではなく現代…もっと詳しく言えば、ネット社会における【救世主】を描いた傑作だ。

最初はバラバラだった信者たちがサニーの悟りによって皆が団結していく。

机を囲んで「いただきます」と幸せそうに食事を楽しむシーンはまるでホームドラマ。彼らはサニーによって教団化し、家族化していくわけだが、信仰の対象がもろければもろいほど人間側ももろくなる。

無宗教国家と呼ばれる日本ならではのドラマである。無信心であるがゆえにこのような展開が可能となる。

本作はフィクションだがネットアイドルが拡散され、宗教化していき、それが自滅していく様子は現代の日本においてやけにリアリティがあり他人事とは思えない。

本作は今の日本へ警鐘をならす娯楽映画なのかもしれない。

新作映画『犬猿』感想文 〜全兄妹・全姉妹に贈る賛歌!日本アカデミー賞助演女優賞はニッチェの江上さんに決まりです!〜

本作をマジで楽しみたい人は画面を閉じてください!

 

本編前の予告編。

 

美男子高校生と美女子高校生が恋に落ちる甘酸っぱい青春ラブストーリー。

しかし、この恋は叶わない。なぜなら彼はもう1つの世界であるパラレルワールドからやってきた存在であり、こちらの現実世界ではすでに死んでいるから。

少女は走る!

走る!

走る…!

この想い、届け……!

『○の名は』を彷彿とさせるコンセプトに加えて既視感しかないありきたりな邦画のプロット。

予告編の最後には明らかにエキストラであろう女性が「泣きました!最高です!ああ。どうしよう…考えただけで涙が出てきました……」って。

「嗚呼、またこういう映画やるんだ…」とボヤいた瞬間、画面がブツんっ…!

え?

と思ってたら、なんとこれはフェイクのトレイラー。演出の一部だった!

完全にイジってる!!!笑

この時点で吉田恵輔監督に拍手喝采だし、このフリが効いてる分、作品内で起こる【美化されていない人間の生々しさ】が際立つ。

冒頭で「これからこういうことはしませんよ!」と高らかに宣言してくれているのだ!なんと気持ち良いサプライズスタートか…!しびれる。

 

本作はある兄弟と姉妹を描くヒューマンドラマ。

それぞれ見た目も中身も正反対である兄と弟、姉と妹の間には複雑な想いがあり一筋縄ではいかない関係性。

自分にないものを相手が持っているからこそ生まれる嫉妬や憎しみ…それらが「犬猿」の関係を構築させている。

ここまで年齢を重ねれば劇的に内面変化することはないわけだし、両者が折り合いをつけるしかない。つかなければ疎遠になればいいのだけれど、彼らは血が繋がっている兄弟と姉妹なのだからそうはいかない。

そんながんじがらめな関係が徐々にエスカレートしていく…。

「家族」と聞くとアットホームなあたたかいイメージのみが湧くかと言えばそうではないだろう。あらゆる関係性が複雑に絡み合った大きなコミュニティである「家族」は言ってしまえば面倒。「家族」であるがゆえに関わりたくもないことに巻き込まれることは大いにある。

本作は【決して理解できない肉親といかに生きていくか】というのが根本テーマ。

監督は前作『ヒメアノ〜ル』で「絶対に理解できず相容れない相手との共存」をゴールに置いて、両者の一瞬のシンクロと決別を描いたが、本作はその一歩先に到達している。

兄、弟と姉、妹の両者の激突が加熱していった先に「告白」「理解」「赦し」が待っているが、そこで幕を下ろさないのが本作のミソ!

理解しあった上で人間の本質は変化するのか?共生していけるのか?という問いかけをぶん投げてくれる。

ラストシーンは愛も憎しみも入り混じった不思議な手触りを観客に体感させてくれる。

この言葉にできない感覚こそが「家族」という不思議な関係性を表していないだろうか。

いいことも嫌なこともあるけど、それが兄妹じゃん!家族じゃん!っていう。

そう。これは全兄妹、全姉妹に贈る映画という表現を使った賛歌なのです。

そんなテーマ性の中でひときわ目立つのが、お笑いコンビ・ニッチェの江上さん!

会場は大爆笑で、その時必ず画面には江上さんがいる。

筆者も劇場で爆笑させられたのは久しぶりで感動いたしました。

しかも、ただのコミカルだけではなく、疲弊感と哀愁もプンプンに漂わせて泣かせてもくれる…。

お笑い的なボケではなく、お芝居で笑かして、お芝居で泣かせてくれる。最高です!

ちょっと!日本映画の賞レースさんたちよ…!絶対、江上さんに何かを授与しなくちゃいけませんよ!

新作映画『不能犯』感想文 〜思い込みで人を殺せる不能犯とそれを追う酒癖の悪いエリカ様〜

相手の心を瞬時に洗脳し【思い込み】だけで死に至らせる。

例えば、ガムシロップを入れた水を相手にかけスズメバチを放ち、アナフィラキシーショックによって殺害する。しかし、ハチは存在せずすべて被害者の思い込み。

法律ではこの犯罪を立証できない不可能な犯罪。略して「不能犯」

本作は、上記のようなありえない方法で連続殺人を実行する松坂桃李と彼を追う抜群の正義感を持つ沢尻エリカ様のサスペンスドラマである。

殺人を依頼する人間は電話ボックスにメッセージを残し桃李くんはその通りに実行する。殺人は成功し、依頼人の欲は満たされるもののその先に落とし穴があり、結局は依頼人も不幸になってしまう。本作ではこういった幾人もの依頼人のてん末が描かれる。

この展開は『笑うせえるすまん』を起草させる。

人の心を扱うセールスマン・喪黒福造の商品は客の「本来なら叶わない願望を成就」させるが、その先に思わぬ落とし穴があり客は自分の欲深さを反省し業を知ることになる。

そう。松坂桃李くんはイケメンな喪黒福造なのである!

あんなにイイ男なら洗脳されたい…と思っているそこの君!映画を観ればわかるが、洗脳され思い込みによって自滅していく人間たちの最期は悲惨だぞ!

彼は人間とは違った悪魔のような存在。彼の目的は金でもなく自分の利益でもなく「人間の闇を証明する」ただそれだけだ。

これは『羊たちの沈黙』におけるレクター博士であり、『ダークナイト』におけるジョーカーと重なる。

そういったキャラクターを現代社会を舞台に活躍させる上で、説得力と存在感を持つことは非常に難しく、さすがの桃李くん。一方ではパディントンの吹き替えも見事にこなしているという力量と幅が素晴らしい。

電話ボックスに向かって歩くシーンはさすが白石監督で、監督の十八番であるホラーや都市伝説を思わせる不気味さが漂っていて最高にクール!

ただし・・・日常生活の場面における桃李くんはどうしても浮きすぎていて…「この人は…誰からお金をもらって生きてるの?」「え、普段なに食べてるの?」と観てるこっちが実生活が気になりだしてしまうのはイタイ。

桃李くん1人の存在感は圧倒的だが、画面や演出を通じて脅威には感じらないところは大変にもったいない…!

不能犯が人間の「闇」を肯定する存在だとしたら、その対極の位置にエリカ様。彼女は「光」を信じる存在なのだが、酒飲みすぎたせいで足がヨタヨタになってしまい桃李くんをまんまと逃がしてしまい「ちくしょーーー」と悔しがっているところを見ると…

 

ん…?この人は真っ当な光なのか…?

 

と疑ってしまう。

 

ここまできたらエリカ様には常に一升瓶を持っていただき常に泥酔状態。「おい、こら新人〜!」と後輩を殴りつけパワハラの頂点へ!酒癖は悪いが捜査は一流!くらいなアウトローなエリカ様の方が盛り上がったのでは!?盛り上がるというか、その方が似合います!すみません!!!エリカ様!!!

そうは言いつつ、法律で絶対に裁くことのできない不能犯を法に沿って行動する警察が追いかけるというはがゆい構図は見応えがあるし、1つ1つのエピソードにおけるバッドエンドは戦慄させられるので、ぜひご覧あれ。

新作映画『祈りの幕が下りる時』〜新参者シリーズ完結!小日向文世によるお涙拷問映画!〜

ももクロ主演の映画『幕が上がる」の続編が出たのかと思いきや、新参者シリーズの最新作『祈りの幕が下りる時』だった。

阿部寛主演でおなじみの『新参者』シリーズ!TVドラマから続いた本シリーズが映画にていよいよ幕を下ろす。

そういえば、TVドラマシリーズ『古畑任三郎』最終回のゲストも松嶋菜々子だったとか思い出してたら変なフィルターかかっちゃって「絶対、犯人だ…」と疑いながら観てしまいましたが、事件の真相は劇場へ行ってたしかめてください!

予告編を観た時「いや、展開ほとんど見せちゃってるじゃん!」とキレていたけど、クライマックスにはツイストがかけられてるのでご安心を。かといって、この手の映画のことを喋ろうと二言目に出た言葉はもうネタバレに近い内容になっているようなものなので、なるべくノーヒントで映画館に行くべきだし、早くここから退出を…!

 

 

本作は、絶対に泣くもんか!といくら身構えていても拷問によるお涙は必須です。

その拷問の犯人は【小日向文世】

ヤクザと変わらない汚職刑事や絶体絶命の家族を守れないダメ父ちゃんなど色んな役を演じてきたけど、こういう役をやらせたらハマる、ハマる。

文世による「力なき者の優しさ」という名のパンチを顔面に受けまくり、我々観客は泣かずにはいられません。

この映画、予告編からも察することができるように野村芳太郎監督『砂の器』に近いものがあります。

「夢に向かうため自分の素性を隠蔽するために発生した殺人事件」という点で本作と砂の器は酷似しています。

本作では、この殺人のカラクリがもっと複雑にかつ優しい構図になっていて、さらにアップデートされた日本ミステリーの到達点と言っても過言ではありません。

作品の性質上、あまり多くは語れませんが…てか、もう確信的なこと言っちゃってますが…ぜひ劇場で。