映画コラム

 

何度殺されても生き返る新人類・亜人。

今回の実写映画化では原作をいったん殺し、亜人のごとく生き返らせ作品を再構築させた。

原作の1巻から9巻までの物語を1本の映画に納めるという難事を「登場人物の削除」「語りすぎない」という工夫によって見事に109分というちょうどええ尺で納め、日本では数少ない立派なアクション映画へと昇華させた。しょっぱなからまるでクライマックスのような山場が用意され、テンポ良くそのままテンションはキープされてラストまで走りきる!!!

ただし、その改変による代償も大きかった……。オエッ……(ゲロ吐いてます)

とりあえず、語らなすぎて【謎】が多い!

佐藤健演じる主人公の永井は最初から戦闘能力が高く射撃の命中率も高い!そんな主人公の職業は……研修医。人を救う職に就いた彼がなぜ人の殺傷方法を取得しているの?赤ひげなの…?

そもそも主人公が綾野剛演じる佐藤が率いる亜人のテロリスト達に立ち向かうモチベーションが全くわからないし行動も謎。大病している妹を無理やり連れ回しているメリットがわからないし、見ず知らずで怪しすぎる彼らを匿う田舎の老婆(吉行和子)も何なんだろうか。筆者の中で悪名高き最悪のシーンとなってしまった旅客機墜落場面もその犯行の手口も見せてくれない。登場人物がみんな中二病みたいな振る舞いするのは何故なのか……ていうか、もはや全員誰だよ!

上記の数々の【謎】は原作を「削除した部分」と「誇張した部分」から生まれたアンバランスからくる問題である。

特に主人公の人間性描写を削除しすぎていて、戦うと決める意味がわからないのは痛い。主人公以外は政府の厚生労働省の人間だったり、最初からテロリストだったりとそれぞれの信念に基づいた職に就いている。だから、最悪バックボーンを語らなくても行動の意味は理解できるが、主人公はもともとただの研修医で不慮の事故によってたまたま亜人だと判明し、事態に巻き込まれていく。つまり、主人公は一番心が動く役なのにそこがまったくわからない。

その状態で迎えたクライマックスで宿敵・佐藤と対峙。「なぜ人類に味方する?」と聞かれた主人公はこう答える。

 

「お前が…嫌いだからだぁ……!!!」

 

どうした?

 

まるで、ルフィ。

 

こういうところがキモい。

主人公を助ける老婆も原作ではアッサリと登場し「語られすぎてない」からこそすんなり飲み込めるが、映画だとキャスティングが吉行和子という事もあるのか、ここぞとばかりに映される。「困ってる時はお互い様だろ〜」発言し、昔ながらの日本人っていいよね!田舎ってこういう人がいるんだよね!おばあちゃんってあったかいよね!というハートウォーミングな感じを無理矢理ねじ込もうとしてくるのもキモい。なんか本広監督っぽい。

このように、原作から削るべきところと誇張すべきところの選択を制作側が誤ったのは否めない。

中二病問題も深刻で今の映画ではダサくて死語になっているイタイ台詞のオンパレード。

ある悪い亜人は一度死んで蘇った時にドヤ顔で

 

「グッドモ〜ニング〜♪」

 

とかます。アウチ。

 

綾野剛くんは悪事を働く直前に……

 

「さぁ…。ショウタイムだ…!!」

 

「さぁ…。ゲームの始まりだ…!!」

 

 

とやらかす。このダブルパンチはキツイ。

 

味方が死ぬ時はTHE 感動的でさぁ泣いて!という号令のような音楽が流れ「…い、生きろ!!!」と主人公に豪語する。(原作で首を撃たれた味方が表情1つ変えずに「お先に」と言ってバタッと死ぬシーンがスタイリッシュかつかっこ良すぎるゆえにこの逝くシーンはゲンナリ)

勘弁してくれ、平成29年だぞ。まだやってんのか。

恥ずかしくなる死語を復活させる。そう、なぜならこれは亜人だから。

 

先述したが、悪名高きシーンが本作にはある。

それは【9.11の同時多発テロを思い出させる旅客機墜落シーン】だ。

佐藤がジャックした旅客機が厚生労働省のビルに突っ込み建物が崩落。そこから亜人テログループの本格的な反撃が開始されるという場面。ちなみに原作にもあるが、作者の配慮なのか飛行機は一度上昇し真上から真っ逆さまにビルへと落ちる。実写版では真横から突っ込み、煙のたちかたも含めてまさに9.11と同じような状況が再現される。手ブレするカメラ、逃げ惑う人々の臨場感も相まって観ているこちらの顔は引きつり、娯楽作品であることを忘れ、冷めさせられる。当時の状況がフラッシュバックし、全く楽しめない。

一体、何やってるんだ?

話が遠回りになってしまうが……本作は「外国人嫌悪」「異人種への無理解」というテーマらしき「仮面」被っている。トランプ政権やテロの報道を連日、目にする我々にとってその仮面はタイムリーであるし、そういったテーマがジャンル映画に結びついていく事は当前だ。作り手は実在する恐怖や脅威から作品を作り出すし、観客である我々も現実と結びついているからこそ実感が可能だ。

昨年の『シン・ゴジラ』と『君の名は』は東北の震災、原発問題を抱える日本人の映画だったし、だからこそ私たちは心を揺らされた。

だから、本作『亜人』で現代の問題を彷彿とさせる場面もあるし、多人種との共存は可能か?というテーマ的アプローチに進むのかと思いきや、そこに関しての言及や問題提示は皆無で質の高いアクション映画という印象で踏みとどまっている。先ほどテーマらしき「仮面」と表現したのはそのためだ。薄っぺらく表面的で記号的で、ぽく見せるためでしかない。

その映画が9.11をまるで再現したようなシーンを入れてくるというのはどういう志なんだろうか?

あまりにも不謹慎すぎるし、ゲスだし、キモい。

この問題についてまとめる。旅客機墜落場面を目にしたとき、現実との結びつきにハッとさせられ「この物語は我々と完全に無関係なフィクションではない」と自覚させられる。理解できない異人種からの攻撃がテーマだと思うから。しかし、そのテーマらしきものは表面的で薄っぺらい。現実との結びつきが強いのに、そこへの問いかけやアプローチは無くただのアクション映画に止まっている。

建設的なことを言うとするならば、「誰も観た事ないアクションをやりたかった」と監督はインタビューで語っているが、そうならもう思い切って主人公・永井とテロリスト・佐藤の2人に焦点を絞りバックボーンや感情を(過剰説明しろという訳ではない)語り、積み重ねた上での白熱バトルにすべきだったと思う。アクションってただアクロバティックさを見せればいいってもんじゃないでしょ??ちゃんとした感情の蓄積とそれを爆発させた時のカタルシスが必要。その辺を履き違えているから、原作の表面だけをなぞったペラペラの映画になってしまってる。佐藤健と綾野剛の4ヶ月におよぶトレーニングで培った肉体美が披露される分、もったいないじゃないか。

何度でも蘇る亜人。しかし、今回の実写化は1度原作を殺してみたものの蘇生に失敗してしまったようです。

 

 

 

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