新作映画『猿の惑星:聖戦記』コラム 〜猿のための猿映画!人類の入る余地なし!〜

何かがあって、監督は人類嫌いになってしまったに違いない。

というか、ここ数年お猿さんが主人公の映画を連続で撮り構成とかいろいろ考えすぎて、もう猿にしか感情移入できなくなっちゃったんじゃないか!?

今回の『猿の惑星:聖戦記』は地球が猿の惑星になるまでを描いたシリーズ第三弾であるわけだが、いい人間がひとっこひとり出てこない!「こいつはいい人なんじゃないか?」って思ってても裏切られるし、どいつもこいつも今まで人類がしてきた過ちを象徴しているような行いばっかりするからどうしようもなく救えない!

綺麗見事にいいやつがいねぇ!

 

猿、最高!!!

人間、滅びろ!!!

 

ラストは笑っちゃうくらい人間は綺麗さっぱりどしゃーん!って。

「いい人類はみんな死んだ」とは猿の惑星旧シリーズ5作目で登場する言葉だが、この時点ですでにいい人間はいない。

唯一、きゅんきゅん来ちゃうのは謎の病気で言葉がしゃべれなくなった美少女・ノヴァ

もう善良な人類はこれくらい純粋な少女だけ。

将来、人類が滅亡して地球を支配した猿たちは本作を観て行け!ウホ!殺れ!ウホ!と熱狂するに違いない!

そう。これはいつの日か訪れる猿時代のために用意された猿のための猿映画であり、永遠に語り継がれる寓話であり、神話だ!

猿時代がきたらこの映画以外残らずすべて焼き払われる。監督のマット・リーヴスはいずれくる時代に備えて永遠に残る作品をこの時点で作ったのだ!未来を見据えて!

どう考えても監督のマット・リーヴスはもう猿であり、ロリコンだってことがこの映画を観てよくわかる。

まぁ、とにかく見事なもので本作を観ている時はこれが猿用映画であることを一切忘れてしまい、熱狂。映画が終わり、場内が明るくなると客席に座る人類を目にし「まだ生きてたのか!」と飛びかかりたい気分になります。

みなさん、お気をつけて。

 

新作映画『アナベル 死霊人形の誕生』感想文 〜将来、娘ができても人形はあげない〜

※予告編は観ないのがおすすめ

 

恐怖描写もちゃんと怖いし、人間ドラマもしっかり描いてくれているので「怖面白い」正統派ホラー映画を世に送ってくださっているジェームズ・ワン監督の人気シリーズ『死霊館』がついに今、流行りのユニバース化!

死霊館1、2の主人公である実在した心霊バスター・ウォーレン夫妻が厳重に管理している呪われた人形・アナベルが主役となった本作はスピンオフとしては2作目であり、アナベル人形誕生に秘密を描く。

スピンオフ前作の『アナベル 死霊館の人形』は肩透かしだった感は否めずだったので、今回は…と思いきや怖かっタァ!!!

映画館って席に囲まれて逃げられないので背もたれ折れるんじゃないかってくらい身をのけぞってしまいました……。

舞台は1957年。シスターと身寄りのない孤児の少女6人を引き取ったとある老夫婦。しかし、その夫婦は12年前に娘アナベルを亡くしており恐ろしい秘密があった……という古典的なお化け屋敷物語。

冒頭で伏線をしっかり散りばめ、単発的なべろべろば〜はせずに、ちょっとしたホラー演出を少しずつ積み重ね恐怖階段を一段ずつ登らせていくのも制作のジェームズ・ワン魂をしっかり引き継いでくれていて恐ろしすぎるけど感謝感激。

主人公夫婦と被害者家族を交互に見せ合流させる『死霊館』2作とは違って、ずっとお屋敷場面が続くんだけれど、昼夜関係なく霊が襲ってくるので油断も隙もありゃしない。

この手の映画で蛍光灯や懐中電灯がチカチカ点滅する現象ってあるじゃないですか?あれは意外と霊の地道な手動!という仰天真実人間の気合い次第ではエレベーターにつかまる霊の手だって懐中電灯でぶったたき物理的攻撃が効くことだって出来ることを知れるのも本作の特典。

毎回「家族」を扱うホラーを撮るのでジェームズ・ワンはホラー映画界の山田洋次なんですけども(勝手に命名)本作ではもちろん屋敷に住む秘密を抱えた家族とそこへやってきた孤児の少女たち疑似家族の交わりが描かれます。その2家族の交流がドラマを織りなしてくれる。「家族」というハートウォーミングなコンセプトがベースにあるのは、ジェームズ・ワンの「怖面白い」ホラー映画の印でございますね。娘を失った穴を埋めるように孤児たちを受け入れた夫婦、特に不器用な夫が子供達と取っている距離感の縮め方と思春期真っ只中である少女たちの不謹慎な言動。この両者の絶妙な共存はドラマチックで、のちの展開のスパイスになっているのも乙です。

そして、まさかの後半がスプラッター映画のような展開!容赦なく人が死にます!本家2作は実話ベースなのでそんな展開できなかったんだけど、本作はその枷がないためとある展開から我々観客は安心できない!わ…ここに出てる誰もが死ぬ可能性あるのかよ……ついつい力んじゃって奥歯が痛いぜ…!

別キャラがちらほら出てきたりして、今後が楽しみになるユニバースならではのワクワク感もあるし。嗚呼、これからどれだけ私たちを恐怖のどん底に落としてくれるの…。

映画館に出て即こう思います。生きててよかった。そして、人形コワイ。娘ができてもプレゼントしない。

10/21公開!超新作映画『DCスーパーヒーローズ vs 鷹の爪団』感想文 〜スーパーヒーローの最大の敵は映画の予算だった!〜

 

今年公開された米制作の『レゴバットマン ザ・ムービー』でも「バットマンは1人の人間として幸せなのか?」という問題提起をコメディタッチで描いており同意の拍手喝采だった上に、ここにきて本作『DCスーパーヒーローズ vs 鷹の爪団』でまたもやバットマンにメスが入った!

 

やはりバットマンはいじられキャラだ!!

 

いろいろあったのはわかるけど、とにかく暗いバットマン。もっと前を向いて生きてもらわないと、決してなくならない悪と戦い続けるの辛いぞ!

 

「幼い時に辛い経験をしたせいで、めんどくさい性格になった

 

本作ではこのたった一行の台詞でバットマンを表現してくれる!気持ちイイ!

こじらせた性格のバットマンはある出来事で正義と悪がわからなくなり(いかにもバットマンらしい悩み)今ではジャスティス・リーグを抜けて、子供向けの教育アニメを1人で作ってる。バットマンがスネて引きこもっているところから本作はスタート。

超人ヒーロー軍団 ジャスティス・リーグの宿敵であるジョーカーご一行はある陰謀のため東京へ!スーパーマンたちは彼らを倒すために乗り込むが、本作は制作費が少ないため超人バトルをしてしまうと資金がなくなり絵もキャラもペラペラに…

 

ジョーカーの狙いはこれだった!無敵のスーパーヒーロー!最大の敵は予算だったのだ!!!

大金をかけてアメコミスーパーヒーロー映画が大量生産されるこの時代に、なんと秀逸な皮肉!

これを許したDC側の懐のデカさ、深さにも関心させられます。

そんなジャスティスリーグが頼ったのが大金持ちのバットマンってわけです。

「彼のお金があれば私たちは戦える!」

作品内では誰も言及していないが、人間的にバットマンを必要とした訳でなくあくまで資金源としてというところも直球すぎて悲しすぎて笑える。

鷹の爪団の軽ノリ世界観に眉間にシワを寄せたお堅いヒーロー軍団が混じることでクレしん映画のような絶妙な緩急が生まれた傑作!

公開前なのであまり語りませんが、ただの作品コラボではなく政治やアニメ界、映画業界自体へのブラックジョークも本質を突く台詞がポロポロ飛び出すからヒヤッとして油断ができないので必見です。

 

新作映画『レゴバットマン ザ・ムービー』感想文 〜暗い。重い。真面目。のバットマンに風穴を開けた傑作!〜

新作映画『亜人』感想文 〜何度でも蘇る新人類・亜人。しかし、実写化はその蘇生に失敗してしまいました〜

 

何度殺されても生き返る新人類・亜人。

今回の実写映画化では原作をいったん殺し、亜人のごとく生き返らせ作品を再構築させた。

原作の1巻から9巻までの物語を1本の映画に納めるという難事を「登場人物の削除」「語りすぎない」という工夫によって見事に109分というちょうどええ尺で納め、日本では数少ない立派なアクション映画へと昇華させた。しょっぱなからまるでクライマックスのような山場が用意され、テンポ良くそのままテンションはキープされてラストまで走りきる!!!

ただし、その改変による代償も大きかった……。オエッ……(ゲロ吐いてます)

とりあえず、語らなすぎて【謎】が多い!

佐藤健演じる主人公の永井は最初から戦闘能力が高く射撃の命中率も高い!そんな主人公の職業は……研修医。人を救う職に就いた彼がなぜ人の殺傷方法を取得しているの?赤ひげなの…?

そもそも主人公が綾野剛演じる佐藤が率いる亜人のテロリスト達に立ち向かうモチベーションが全くわからないし行動も謎。大病している妹を無理やり連れ回しているメリットがわからないし、見ず知らずで怪しすぎる彼らを匿う田舎の老婆(吉行和子)も何なんだろうか。筆者の中で悪名高き最悪のシーンとなってしまった旅客機墜落場面もその犯行の手口も見せてくれない。登場人物がみんな中二病みたいな振る舞いするのは何故なのか……ていうか、もはや全員誰だよ!

上記の数々の【謎】は原作を「削除した部分」と「誇張した部分」から生まれたアンバランスからくる問題である。

特に主人公の人間性描写を削除しすぎていて、戦うと決める意味がわからないのは痛い。主人公以外は政府の厚生労働省の人間だったり、最初からテロリストだったりとそれぞれの信念に基づいた職に就いている。だから、最悪バックボーンを語らなくても行動の意味は理解できるが、主人公はもともとただの研修医で不慮の事故によってたまたま亜人だと判明し、事態に巻き込まれていく。つまり、主人公は一番心が動く役なのにそこがまったくわからない。

その状態で迎えたクライマックスで宿敵・佐藤と対峙。「なぜ人類に味方する?」と聞かれた主人公はこう答える。

 

「お前が…嫌いだからだぁ……!!!」

 

どうした?

 

まるで、ルフィ。

 

こういうところがキモい。

主人公を助ける老婆も原作ではアッサリと登場し「語られすぎてない」からこそすんなり飲み込めるが、映画だとキャスティングが吉行和子という事もあるのか、ここぞとばかりに映される。「困ってる時はお互い様だろ〜」発言し、昔ながらの日本人っていいよね!田舎ってこういう人がいるんだよね!おばあちゃんってあったかいよね!というハートウォーミングな感じを無理矢理ねじ込もうとしてくるのもキモい。なんか本広監督っぽい。

このように、原作から削るべきところと誇張すべきところの選択を制作側が誤ったのは否めない。

中二病問題も深刻で今の映画ではダサくて死語になっているイタイ台詞のオンパレード。

ある悪い亜人は一度死んで蘇った時にドヤ顔で

 

「グッドモ〜ニング〜♪」

 

とかます。アウチ。

 

綾野剛くんは悪事を働く直前に……

 

「さぁ…。ショウタイムだ…!!」

 

「さぁ…。ゲームの始まりだ…!!」

 

 

とやらかす。このダブルパンチはキツイ。

 

味方が死ぬ時はTHE 感動的でさぁ泣いて!という号令のような音楽が流れ「…い、生きろ!!!」と主人公に豪語する。(原作で首を撃たれた味方が表情1つ変えずに「お先に」と言ってバタッと死ぬシーンがスタイリッシュかつかっこ良すぎるゆえにこの逝くシーンはゲンナリ)

勘弁してくれ、平成29年だぞ。まだやってんのか。

恥ずかしくなる死語を復活させる。そう、なぜならこれは亜人だから。

 

先述したが、悪名高きシーンが本作にはある。

それは【9.11の同時多発テロを思い出させる旅客機墜落シーン】だ。

佐藤がジャックした旅客機が厚生労働省のビルに突っ込み建物が崩落。そこから亜人テログループの本格的な反撃が開始されるという場面。ちなみに原作にもあるが、作者の配慮なのか飛行機は一度上昇し真上から真っ逆さまにビルへと落ちる。実写版では真横から突っ込み、煙のたちかたも含めてまさに9.11と同じような状況が再現される。手ブレするカメラ、逃げ惑う人々の臨場感も相まって観ているこちらの顔は引きつり、娯楽作品であることを忘れ、冷めさせられる。当時の状況がフラッシュバックし、全く楽しめない。

一体、何やってるんだ?

話が遠回りになってしまうが……本作は「外国人嫌悪」「異人種への無理解」というテーマらしき「仮面」被っている。トランプ政権やテロの報道を連日、目にする我々にとってその仮面はタイムリーであるし、そういったテーマがジャンル映画に結びついていく事は当前だ。作り手は実在する恐怖や脅威から作品を作り出すし、観客である我々も現実と結びついているからこそ実感が可能だ。

昨年の『シン・ゴジラ』と『君の名は』は東北の震災、原発問題を抱える日本人の映画だったし、だからこそ私たちは心を揺らされた。

だから、本作『亜人』で現代の問題を彷彿とさせる場面もあるし、多人種との共存は可能か?というテーマ的アプローチに進むのかと思いきや、そこに関しての言及や問題提示は皆無で質の高いアクション映画という印象で踏みとどまっている。先ほどテーマらしき「仮面」と表現したのはそのためだ。薄っぺらく表面的で記号的で、ぽく見せるためでしかない。

その映画が9.11をまるで再現したようなシーンを入れてくるというのはどういう志なんだろうか?

あまりにも不謹慎すぎるし、ゲスだし、キモい。

この問題についてまとめる。旅客機墜落場面を目にしたとき、現実との結びつきにハッとさせられ「この物語は我々と完全に無関係なフィクションではない」と自覚させられる。理解できない異人種からの攻撃がテーマだと思うから。しかし、そのテーマらしきものは表面的で薄っぺらい。現実との結びつきが強いのに、そこへの問いかけやアプローチは無くただのアクション映画に止まっている。

建設的なことを言うとするならば、「誰も観た事ないアクションをやりたかった」と監督はインタビューで語っているが、そうならもう思い切って主人公・永井とテロリスト・佐藤の2人に焦点を絞りバックボーンや感情を(過剰説明しろという訳ではない)語り、積み重ねた上での白熱バトルにすべきだったと思う。アクションってただアクロバティックさを見せればいいってもんじゃないでしょ??ちゃんとした感情の蓄積とそれを爆発させた時のカタルシスが必要。その辺を履き違えているから、原作の表面だけをなぞったペラペラの映画になってしまってる。佐藤健と綾野剛の4ヶ月におよぶトレーニングで培った肉体美が披露される分、もったいないじゃないか。

何度でも蘇る亜人。しかし、今回の実写化は1度原作を殺してみたものの蘇生に失敗してしまったようです。

 

 

 

新作映画『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』〜股間に悪いよ!中学生で観てたらアウトだったよ!〜

 

「こんな女いねーだろ」と鼻で笑いながら、水原希子ちゃんに翻弄されるブッキーを「情けねぇな〜」と完全に他人としてあざ笑って余裕ぶっこいていたら、だんだんこっちの様子もおかしくなってきて気付いたら水原希子演じるあかりちゃんに狂わされているのであります。

べろチューばっかりしてるし、すぐ喘ぐし、服エロ可愛いし、何よりケツがエロい!同じく大根仁監督『モテキ』では長澤まさみのパイオツがリーサル・ウェポンでしたが今回の希子ちゃんはケツだ!!!

よかった!!!今で!!!

中学の時にこれ観てたら股間に悪い!どうにかなっちゃうよ!あぶねぇよ!

いや!!今でさえも股間に悪かったんだから!!

こんな女現実にいなくてもですね、男はみんな共感できる。なぜなら人を好きになるとこんな風になっちゃうでしょ、みんな!不安になるし、イライラするし、ちょっとしたことで大喜びしちゃうし、一喜一憂しちゃう生き物なんですよ!男は!

なので、希子ちゃんだから狂うんではなく、恋したらこうなっちゃうもんな気がします。

ぼく恋愛映画キライなんですけど、それは「会いたい。君に会いたい」っていう欺瞞のオンパレードのパターンが多いから。けど、本作は「会いたい。君に会いたい。てか、ヤリたい」って男の本音をちゃんと足してくるから好き。だってこっちの方がリアルですよね!会いたいの裏には性欲が絶対あるじゃん!好きなんだもん!

 

ここからは、ちょっとネタバレしちゃいますが……

悪い女といえば『ゴーン・ガール』が定番ですが、本作のように「エロくて悪い女」という点ではイーライ・ロスの『ノック・ノック』を起草します。

いい夫であるキアヌ・リーブスがビッチ2人に誘惑されてやっちゃって、とんでもないことになる爆笑サイコ・スリラー。めっちゃエロくなった満島ひかりみたいな女優さんが出てきて誘惑されるというウハウハ映画なんですが、本作と根本は近い。両作どちらも結局、女の正体も目的もよくわからないんですね。

「みんなが思う理想の女を演じただけだよ?」って希子ちゃん言うんですけど、つまり男が求めてる「勝手な理想像」っていうのがあって、それって実に都合がいいもんなんです。思い通りになってほしい。そういう男の幼稚なところをズコン!って突かれた気がしてラブコメなんですけど痛いですね。だからラストのとんでもない展開になったところで希子ちゃんはブッキーに「コオロキさんはもう大丈夫だよ」って言うんですけど、それって自分の都合に合う女性の理想像を追いかけて痛い目にあったから、そこからはもう殻を破れるんだという意味だと思うんです。そういう大人になれない大人たちはラストであんなことになっちゃうんだと…。

つまり、男の欲望とか勝手とかそういう部分にパンチをぶち込む「怖い女」で、それって『ノック・ノック』と根本は同じですね。

そんなことどうでもいいんですけど、とにかくもう男子諸君は大根仁監督のこのエロいプレゼント観て!いや…精神状態によっては観ないほうがいい人もいるから気をつけて!