映画コラム

大人の事情により急遽、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)に参戦する運びとなった新星トム・ホランド演じるスパイダーマン。

キャプテン・アメリカの3作目ですでに姿を現したが、本作はそのスパイダーマンの初の単体映画となる記念すべき第1作目。となるのだが…そうシンプルに銘打てない独特の位置付けの作品でもある。というのも、ヒーロー映画の第1弾といえば凡人だった主人公がヒーローに成りゆく誕生物語であったのが常であるが、『スパイダーマン ホームカミング』(以下『スパホム』)ではそういったプロセスは描かれない。もうすでに主人公のピーターは特殊な能力を身につけていて、規模はどうあれ犯罪撲滅のために街へ繰り出しているところから話は始まる。

サム・ライミ版の三部作(2002〜2007)、残念ながら2作目で打ち切りとなったマーク・ウェブ版(2012〜2014)のどちらもでピーターは特殊な蜘蛛に噛まれ、能力を手にし、ヒーローに成るか葛藤するもののベンおじさんの不憫な死によって使命を自覚し敵に立ち向かう。

つまり、ここ数年でピーターは蜘蛛に2回噛まれベンおじさんも2回殺されている。(もちろん役者も設定も全く別物だが)ピーターがヒーローに成る理由や決心はもう十分描いてきたことなのだ。(前シリーズが駄作なら別のアプローチがあるが、傑作であるゆえになおさら重複したことはやらないと決断したのは懸命)

もういいだろ!噛まれるのも、おじさん死ぬのも!ってことで、【スパイダーマン誕生秘話】は「観客が知っておくべき当たり前の事実である」を前提として今回の『スパホム』は話が進む。

本編内でも「蜘蛛に噛まれて痛かった?」「うん、痛かった」みたいな簡単なセリフのやりとりでピーターが特殊能力を得たことを簡潔に伝えてくれるし「メイおばさんをこれ以上、悲しませたくない」という1行の台詞でベンおじさんを彷彿とさせるバックボーンが語られる。

なので、全く情報を知らない人が本作を観たらピーターが特殊能力を持っている事実を知る説明的シークエンスがないため「異常に運動神経が優れた若者が金持ちおじさんからコスプレ衣装を借りて頑張っている話」として受け止められてしまう危険もある!(これはこれで観たいけど!)

それゆえに筆者は一言で「ヒーロー映画の第1弾」とは言えず、予備知識として前シリーズどちらかの1作目は観ておいたほうがオススメである。

つまり、1作目というよりは、本作は主人公の説明を省くことのできた1.5作的な立ち位置になるわけなのだが…その上で本作は何を描いているか?それは

 

「本物のヒーローへの憧れによる苛立ちと空回り」

 

である。

これはどのMCU作品にも共通して言えることだが、積み重なられてきたシリーズの世界の中でキャップやアイアンマンを筆頭に多くのヒーローが誕生し「アベンジャーズ」という単語が社会の中で当たり前のようにやりとりされるのがこの『スパホム』の世界だ。銀行強盗たちはアベンジャーズのお面を被って犯行に及び、学校の教材ではキャプテン・アメリカが使われているし、そもそも今回のヴィランであるヴェンチャーを生み出した最大の要因はアイアンマンであり、アベンジャーズであるから。

つまり、ヒーローを抜きに世界の情勢は語れない世界でそんなヒーロー軍団に憧れてもがくがうまくいかず空回りしているのが今回の主人公ピーターであり、青春時代に誰もが悩む「憧れと自分の差」を経験したことのある私たちにとって決して他人事ではない話になっている。

今までのスパイダーマンがとてつもない力を手に入れてしまった宿命を受け止める描写が割と重めだったのに対して、本作は誰もが自分を重ね合わせ感情移入できる【青春映画】として昇華させることに見事成功している。

劇中で発生するとんでもない惨事がほとんど主人公自身のミスから生じるものであり、しっかりしてよ!とは思いつつも一生懸命やってテンパってるスパイディが可愛くてしょうがなくて、愛おしくどんな人間でも母性本能が出てきてしまう。

 

だがしかし、それゆえに大アクションを期待すると肩透かしを食らうのも事実ではある。

アイアンマンがピーターに言うように「ご近所に愛されるヒーロー」の物語であるため、話が小規模気味なのは事実。一番の問題は敵となるヴァルチャーが裏で売買している武器の具体的な被害が描かれないことで、彼を倒す意味が薄くなるという点。しかも、ヴァルチャーはアイアンマンことトニーが職を奪ったせいで家族を養うことができなくなり、止むを得ず武器の売買という犯罪に手を染めている。社会構造が生み出した不運なヴィランという設定に深みはあるものの、劇中で明かされるある理由も相まって、スパイダーマンが彼に立ち向い、勝利する過程のカタルシスが少ないことは否めない。

また、今回はピーターのメンター的役回りでアイアンマンが登場するのだが【心強すぎるセイフティーネット】となってしまい、主人公スパイダーマンが極限まで追い込まれることができない。どんなに危機的状況になってもアイアンマンがいるとお客さんを安心してしまうのは痛いし、クライマックスの貨物機墜落場面を観ていてもアイアンマンなら察知して飛んでくるでしょ?と勘ぐってしまう。

ヴァルチャーをもっと悪党にして、被害を出せばアベンジャーズやアイアンマンの出番になってしまいスパイダーマンに出る幕はなくなる。なので、悪党のレベルを下げる。けど、主人公のメンターの役割、憧れの対象としてアイアンマンは出しておかなきゃいけないので登場させてファンが喜ぶ見せ場は用意する。この要素が映画の矛盾と隙間を生み出してしまっている。

ただし、これだけ拡張されすぎたMCUを食わず嫌いしてしまう人は多いので、『スパホム』はシリーズをハマる入り口としてはベスト!

先述した「憧れと自分の差」というテーマは他のヒーロー映画第1弾にはない味を醸し出しており、こんなに応援したくなる【おてんばダメダメヒーロー】は今までかつてないので、劇場でピーターを応援しに行こう!

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