映画コラム

 

「経験も技術も直感もすべてが通用しなくなったその時に、人はその世界でどう生きるか?」

 

【擬人化大好きピクサー】が手がけるシリーズ第3弾は上記のような問いかけを頭の中で走らせる作品になっている。

常にレースのトップを仲間と共に走り続けてきた主人公マックィーンの戦いに1つ区切りが着く本作をそんな気分で鑑賞していると…

 

やられたぁぁ!そうか!そうだったか!

 

と唸らされる。

 

本作はなるべくノーヒントで観ていただきたいので、鑑賞予定の方はここでシレッと画面を閉じることをオススメします。

 

というのも……

 

この作品は中盤の時点で誰に感情移入するかで、また登場人物の現状をどう咀嚼するかで、ラストのとある展開への想いが変わってくるからです。

それゆえに賛否が分かれていると私は解釈しています。なので、素直な気分で何も情報を得ずに劇場に行っていただきたい!

ただ、直接的なネタバレはしませんので、大丈夫!どうぞ!

 

『カーズ クロスロード』

 

冒頭に記述した「経験も技術も直感もすべてが通用しなくなったその時に、人はその世界でどう生き残ればいいのか?」はどんな人間でも抱える不安であり、疑問だと思います。

いかに他人より優れるか。カーズの世界で置き換えれば、いかに他人よりも速く走れるか?

他人との競争を与えられる社会でこんなことを考える日々になるのは当然のこと。たとえ1位をとったとしてもそのあとはどうなるのか?続くのか?負けるのか?

つまり、単純な【力の差】によって物事が決まる世の中で、「自分の力に限界がくる」というのは誰にでも付きまとう問題です。

本作はこの問題を冒頭でぶつけてくる。

レースで絶好調、単独1位の主人公マックィーンだが、最新機能新世代のレーサー(ジャクソン・ストーム)にある日、抜かれてしまう。

世間から「世代交代」を噂される中で、マックィーンはやけになりレース中に大事故を起こしてしまう。クラッシュしたボディを修復し、一時は凹むもののいつもの仲間に励まされ、打倒!ジャクソン!を掲げてトレーニングをスタートさせる。ここまでの展開で約30分ほど…。つまりですね、この映画のメインは【マックィーンが再び立ち上がる】ではないということがわかります。すんなりやる気を取り戻した主人公ではなく、それからの話が今回、重要であるということです。

ちなみに、映画のチラシにもなっているこのクラッシュシーン

予告編でチェックしてもらえればわかるんですが、ある工夫がされていまして…擬人化大好きピクサーな訳ですが、このシーンには表情がない。カーズお決まりの目と口が無くなり、本物のレーシングカーが事故にあったような演出がされている。観ているものがアニメだと思ってた我々が安全圏の外に連れ出され、冷やっとする見事な演出です。

 

さて、マックィーンは最新鋭のジャクソンに勝つために女性トレーナーのクルーズ・ラミレスを連れて、トレーニングの旅に出るわけですが、一向に勝利の兆しは見えてこない。むしろジャクソンは次々と記録を更新しグレートアップしていく中でマックィーンはシュミレーターでしかレースしたことのないクルーズに足を引っ張られてしまう。

そんな苛立ちをラミレスにぶつけると、彼女の「叶わなかった夢」が露わになります。彼女は、もともとレーサーを目指していたのです。しかも、憧れていたのはTVに映るマックィーン。

 

【なりたい者になった彼】と【なれなかった彼女】

 

想いをぶちまけるラミレスの場面は涙なしでは観れません。

 

そして、やっとかつての師匠の友の元にたどり着き、様々な教えを受け迎えたレース本番日……

正直、本編のここまででスッキリするような描写あまりなく、勝負に勝てる気も全く起きません。本当に勝てる?大丈夫?と不安に襲われる。

心の雲が晴れないままレースに出たマックィーンはある決断をします。

 

この決断によってすべてが反転し、今までの旅に意味が生まれるのです。

 

これまでの全て。心曇りまくっていた映画の全編がフラッシュバックし、伏線として回収されズドドッドーーーーーん!!!と押し寄せる。

テーブルクロスをぐわん!と一気に裏返した感じ。

もう全てがひっくり返る。

その途端、胸のつっかえが取れて涙が止まりませんでした。

 

うわ、そういう話だったのか!

ただ、この【ある展開】は観客の個人の価値観や経験や年齢、人生によってかなり賛否が分かれることもすごくわかります。

筆者は現役プレイヤーであるマックィーンがいかにこの限界を超えるのか?を意識していました。で、途中のラミレスの心情吐露のシーンでも琴線に触れるものがありました。

夢はあったけど、挫折した者の心労、葛藤、今……これが刺さらない訳がないじゃないですか。

それでも感情を乗せるメインはマックィーンにしていたので、ラストのとある展開(マックィーンの旅で培ったある決断)でビックリして、そのカウンターパンチで気持ち持ってかれたんです。

けど、これマックィーンに自分を重ね合わせる方々。引退を迫られた年配の方や、職場などの環境における立場によって、その視点からすると…「違う方法が見たかった!他に方法はないのか!?」という気分になるのもわかるんです。

個人的にももう1つのエンディングが観たかった。

で、現場で頑張っている若い世代からすると新世代代表のジャクソンが嫌なやつすぎて胸糞悪いんです。もっとフェアに戦う紳士として描いて、メディアの報道のバランスで「結果的に」嫌なやつ見えるとかっていう方法があったんじゃないのかな?と。たしかに、新世代枠としてラミレスいるし、対比とかっていう意味ではアリなのかもしれませんけど、ちょっと気になりますよね。

つまり、本作は観る人の人生、環境、経験、現在の立場にとって想いが入り込む人が変わってくる。だからこそ、最後のある展開で賛否分かれるんだと思うんです。

 

これ年齢重ねたらまた想いが変わってくるのかもしれないですけど、個人的は忘れられない1本になりました。

マックィーンは旅で1番の弱点を克服するんです。勝負に勝つ負けるを超えたもっと大切なことに気づくことができた。

競争社会をどう生き抜くか?というテーマを提示したかのようにみせて観客にミスリードさせ、「どう生きるか?」という本来の主題をラストでぶつける。見事な構成だと思います。

 

みんなでああだこうだ言い合える映画って本当にいい映画ですから!!!しかも本作はだいぶいい話し合いできるから!!!その現象自体がマジでいいものなので!!観にいってバチバチ意見をぶつけ合ってください!

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