新作映画『カーズ クロスロード』感想文 〜限界。その先のお話〜

 

「経験も技術も直感もすべてが通用しなくなったその時に、人はその世界でどう生きるか?」

 

【擬人化大好きピクサー】が手がけるシリーズ第3弾は上記のような問いかけを頭の中で走らせる作品になっている。

常にレースのトップを仲間と共に走り続けてきた主人公マックィーンの戦いに1つ区切りが着く本作をそんな気分で鑑賞していると…

 

やられたぁぁ!そうか!そうだったか!

 

と唸らされる。

 

本作はなるべくノーヒントで観ていただきたいので、鑑賞予定の方はここでシレッと画面を閉じることをオススメします。

 

というのも……

 

この作品は中盤の時点で誰に感情移入するかで、また登場人物の現状をどう咀嚼するかで、ラストのとある展開への想いが変わってくるからです。

それゆえに賛否が分かれていると私は解釈しています。なので、素直な気分で何も情報を得ずに劇場に行っていただきたい!

ただ、直接的なネタバレはしませんので、大丈夫!どうぞ!

 

『カーズ クロスロード』

 

冒頭に記述した「経験も技術も直感もすべてが通用しなくなったその時に、人はその世界でどう生き残ればいいのか?」はどんな人間でも抱える不安であり、疑問だと思います。

いかに他人より優れるか。カーズの世界で置き換えれば、いかに他人よりも速く走れるか?

他人との競争を与えられる社会でこんなことを考える日々になるのは当然のこと。たとえ1位をとったとしてもそのあとはどうなるのか?続くのか?負けるのか?

つまり、単純な【力の差】によって物事が決まる世の中で、「自分の力に限界がくる」というのは誰にでも付きまとう問題です。

本作はこの問題を冒頭でぶつけてくる。

レースで絶好調、単独1位の主人公マックィーンだが、最新機能新世代のレーサー(ジャクソン・ストーム)にある日、抜かれてしまう。

世間から「世代交代」を噂される中で、マックィーンはやけになりレース中に大事故を起こしてしまう。クラッシュしたボディを修復し、一時は凹むもののいつもの仲間に励まされ、打倒!ジャクソン!を掲げてトレーニングをスタートさせる。ここまでの展開で約30分ほど…。つまりですね、この映画のメインは【マックィーンが再び立ち上がる】ではないということがわかります。すんなりやる気を取り戻した主人公ではなく、それからの話が今回、重要であるということです。

ちなみに、映画のチラシにもなっているこのクラッシュシーン

予告編でチェックしてもらえればわかるんですが、ある工夫がされていまして…擬人化大好きピクサーな訳ですが、このシーンには表情がない。カーズお決まりの目と口が無くなり、本物のレーシングカーが事故にあったような演出がされている。観ているものがアニメだと思ってた我々が安全圏の外に連れ出され、冷やっとする見事な演出です。

 

さて、マックィーンは最新鋭のジャクソンに勝つために女性トレーナーのクルーズ・ラミレスを連れて、トレーニングの旅に出るわけですが、一向に勝利の兆しは見えてこない。むしろジャクソンは次々と記録を更新しグレートアップしていく中でマックィーンはシュミレーターでしかレースしたことのないクルーズに足を引っ張られてしまう。

そんな苛立ちをラミレスにぶつけると、彼女の「叶わなかった夢」が露わになります。彼女は、もともとレーサーを目指していたのです。しかも、憧れていたのはTVに映るマックィーン。

 

【なりたい者になった彼】と【なれなかった彼女】

 

想いをぶちまけるラミレスの場面は涙なしでは観れません。

 

そして、やっとかつての師匠の友の元にたどり着き、様々な教えを受け迎えたレース本番日……

正直、本編のここまででスッキリするような描写あまりなく、勝負に勝てる気も全く起きません。本当に勝てる?大丈夫?と不安に襲われる。

心の雲が晴れないままレースに出たマックィーンはある決断をします。

 

この決断によってすべてが反転し、今までの旅に意味が生まれるのです。

 

これまでの全て。心曇りまくっていた映画の全編がフラッシュバックし、伏線として回収されズドドッドーーーーーん!!!と押し寄せる。

テーブルクロスをぐわん!と一気に裏返した感じ。

もう全てがひっくり返る。

その途端、胸のつっかえが取れて涙が止まりませんでした。

 

うわ、そういう話だったのか!

ただ、この【ある展開】は観客の個人の価値観や経験や年齢、人生によってかなり賛否が分かれることもすごくわかります。

筆者は現役プレイヤーであるマックィーンがいかにこの限界を超えるのか?を意識していました。で、途中のラミレスの心情吐露のシーンでも琴線に触れるものがありました。

夢はあったけど、挫折した者の心労、葛藤、今……これが刺さらない訳がないじゃないですか。

それでも感情を乗せるメインはマックィーンにしていたので、ラストのとある展開(マックィーンの旅で培ったある決断)でビックリして、そのカウンターパンチで気持ち持ってかれたんです。

けど、これマックィーンに自分を重ね合わせる方々。引退を迫られた年配の方や、職場などの環境における立場によって、その視点からすると…「違う方法が見たかった!他に方法はないのか!?」という気分になるのもわかるんです。

個人的にももう1つのエンディングが観たかった。

で、現場で頑張っている若い世代からすると新世代代表のジャクソンが嫌なやつすぎて胸糞悪いんです。もっとフェアに戦う紳士として描いて、メディアの報道のバランスで「結果的に」嫌なやつ見えるとかっていう方法があったんじゃないのかな?と。たしかに、新世代枠としてラミレスいるし、対比とかっていう意味ではアリなのかもしれませんけど、ちょっと気になりますよね。

つまり、本作は観る人の人生、環境、経験、現在の立場にとって想いが入り込む人が変わってくる。だからこそ、最後のある展開で賛否分かれるんだと思うんです。

 

これ年齢重ねたらまた想いが変わってくるのかもしれないですけど、個人的は忘れられない1本になりました。

マックィーンは旅で1番の弱点を克服するんです。勝負に勝つ負けるを超えたもっと大切なことに気づくことができた。

競争社会をどう生き抜くか?というテーマを提示したかのようにみせて観客にミスリードさせ、「どう生きるか?」という本来の主題をラストでぶつける。見事な構成だと思います。

 

みんなでああだこうだ言い合える映画って本当にいい映画ですから!!!しかも本作はだいぶいい話し合いできるから!!!その現象自体がマジでいいものなので!!観にいってバチバチ意見をぶつけ合ってください!

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー: リミックス』感想文 〜【素敵な血筋の子孫が世界を救う】物語への一撃〜

ディズニー仕切りによって動き出したSTAR WARSの新章の一発目であるエピソード7『フォースの覚醒』を食らった後、シリーズの出発点であるエピソード4の前日譚を描いた『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』を鑑賞し、結果的にこの2作が対比となってしまい、自分があることを感じていることに気づいた。

 

  

 

「選ばれし者の物語」に自分は呆れているのかもしれない。

ここでいう「選ばれし者」というのはもちろんスカイウォーカー家の皆さんに対してである。

今年末に公開される予定のエピソード8『最後のジェダイ』もそしてその次の9も結局、STAR WARSサーガというのは親戚同士のどつき合いだと割り切ってしまいそうになっている自分が怖い!どうしよう!何も感じなくなったら!

特別な血筋で生まれた者たちによって銀河の命運が決まるという話。

現実は本当にそうだろうか?

本当は、『ローグ・ワン』のように特別な人間ではなく名もなき庶民によって世の中は回っているのではないだろうか。

筆者個人としては皮肉にも『ローグ・ワン』によって、そういった問題を浮かび上がらせてしまっているようにも感じた。

もちろんスターウォーズの楽しみ方は人それぞれだし、あらゆる角度からも楽しめるのが本シリーズの強みだし、筆者もそのトリコになった1人であるから、シリーズ自体を否定するわけではない。

だが、この手の神話的な話がベースになっている作ファンタジー作品は基本的に選ばれし者、特別な力を持った者の話であることに違いはない。

そんな時に現れたのがアメコミ映画の1作『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』な訳である。

女好きでゴロツキだった負け組代表主人公のピーター。彼でなければ犯罪者どもをまとめることはできないし、何の力もない不良達が銀河を救うというプロットに興奮気味だったのだが、1作目のラストで「ピーター、君のお父さん地球人じゃなくてすごい人っぽいよ!」って言われてて、わ…またか…って思ってしまった。それでも大好きな作品ではあったから、気にしてなかったけど2作目が出るまでずっと心の中はもやもやしてた。

なんだよ、結局サラブレットの話か。

 

そして、続編で登場するカート・ラッセル演じるピーターの父 エゴ。

ん?

これがピーターが思いを馳せていた父?

胡散臭いぞ…?

あれ?

イメージでは、ピーターの父ってのはもっと高貴な雰囲気で…。ダース・ヴェイダーのパターンだとしても元は立派なアナキンだったわけだから…。

これは…元からすでに胡散臭い!

ていうか、カート・ラッセルは最近のワイルドスピードシリーズでもなんだから信用できるタイプの役じゃないし、タランティーノの『デス・プルーフ』では若い女の子たちを車で追い回して興奮する変態野郎だったし……。いっつもなんか信頼できない!このキャスティングは……

て、思ってたらまさかの的中で、父エゴは…

 

銀河を駆け巡るヤリチンだったんだ!

 

まぁ、目的のあるヤリチンなんだけど…このカウンターパンチは素晴らしい。1作目の壮大な話が始まる感はただのフリだった!

しかも、どんなにゲテモノ星人でもかまわず穴があればぶち込む変態野郎(息子もその血をちゃんと引くという伏線あり)でピーターの母を一番愛してた。とかぬかすくせにその愛する妻を自らの手で殺したというサイコパス!

自分の目的達成のためなら、快楽のためなら人のことは顧みないという徹底ぶりで、女子会で「あの男サイテーだよね〜」とディスられるわかりやすい基準の根っからクソヤリチンです!

そんな父をピーターはちゃんと粉々にするし、父から受け継ぐはずだった偉大な力も捨てて一般人に戻るわけです。

気持ちイイ〜!!!

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー: リミックス』はこういったジャンルの映画に付きまとっていた【素敵な血筋の子孫が世界を救う】ていう根本的なテーマをぶち壊してくれたのです。

新作映画『ライフ』感想文 〜生き残るためなら何でもしまっせ!全力で!!! 宇宙飛行士を目指す子供が減ってしまうトラウマ映画誕生!〜

 

1975年に『ジョーズ』が公開された時、社会現象になりすぎて誰も海に入れなくなって世界のビーチがガラガラになったっていう伝説がありますけど、本作はその宇宙版で「誰も宇宙に行きたくなくなる」映画と言えますね!

『ゼロ・グラビティ』もそういう要素を含んでましたけども、これまた強烈。たぶん宇宙飛行士目指す子供が激減しますよ!こんなの!それくらい怖いっていうか、嫌だですね〜。それが今回の

 

『ライフ』

 

なんか、タイトルだけ見るとヒューマンドラマの匂いがしますけども、はい、その名の通りで「命の話」です。

命って美しいよね〜、かつ恐ろしく、醜いんだと。生き残るためならなんでもしまっせ!全力で!!!という。

つまり、善悪の話じゃなくて、人間 VS ある生命による生き残りをかけた戦いなんですわ。

国際宇宙ステーションで働く人種豊かなメンバー達がある日、火星から採取した土の中から【ライフ】名を「カルビン」を見つけます。

このカルビン…ちゃんなのか君なのかわかりませんが、最初は「初の地球外生命体だっ!」なんて大はしゃぎして「かわいいでしゅね〜」とかってあやしてるんですけど、カルビンは自分の命の危機を感じたんでしょう!

見た目からは想像できないバカ力で人間どもを片っ端から砕く!砕く!砕く!

しかも、頭良くてガラスケースを槍で突き破るシーンなんかはかしこいし、可愛いです。

さらに、人間を食してドンドン大きくなっていくんですね。

カルビンを地球に持って帰る訳にはいかない!っつうことで人間の奮闘が始まるわけですが、あれよあれよと色んなことが起きて、地球に向かってしまう…という物語。

これとってもシンプルで古典的な話で、同じ畑ならば名作『エイリアン』は彷彿とさせますし、絶体絶命の限定された空間の中で追いつめられるパニックムービーとしても『ディープ・ブルー』とか、意外かもだけど『ダイ・ハード』とか。本作がそんな中でこだわったのが【無重力】という設定。

宇宙ステーションが舞台なんで、マジでずーーーーっとみんな浮いてる。新鮮でしたね〜。

ワイヤーで撮影したらしいんですけど、この辺のこだわりはあっぱれですよ。

ちゃんと無重力ならどうなるか?って事を現実的に考えて、徹底的に再現してる。だから「誰も宇宙に行きたくなくなる」映画なんです。現実味が強いから。

 

でね、予告編で腕をカルビンにへし折られていたおっさんいるじゃないですか。

彼が、実は下半身不随なんです。事情は明かされないんですが、地球では車イス生活なんですけど、宇宙ステーションの無重力だったら…関係ないんですよね!彼は「鳥のようだ」つって嬉しそうに仕事をしているんです。その考えなかったですよね。幸せそうでハッとさせられました。

で、皮肉にもこの設定が伏線となって後半でとんでもない残酷な場面へと繋がっていくんですが…(ちなみにこの展開は最高でした)【無重力】という設定をちゃんとイカしてる表現方法が多くて関心します。

ただですね〜この重力の無さが恐怖表現に縛りを与えてしまって、それがマイナス要素になっているのも否定はできません。重量感が無いんですよね。重みが感じられない。

血が、内蔵が上から下に落ちる、垂れる。クリーチャーの足がドスンと床をつく。死体が落ちてくる。逃げる人間の足音、身体の動き……今まで重力ありきで恐怖演出を観てきた筆者にとってこの重量感の無い闘争を少し物足りない気もしました…。

が、これはあくまで好みですし、無重力だからこそ可能な新鮮味ある演出は盛りだくさんでございますので、どうぞお楽しみあれ!!

 

新作映画『ジョン・ウィック チャプター2』感想文 〜なんでもかんでも10倍返し!【殺し屋界の半沢直樹】再び現る!〜

 

 

前作で今は亡き愛する妻からもらった愛犬を殺され、愛車をパクられたことを理由に十倍返しで1マフィアをマジで全滅させた殺し屋界の【半沢直樹】ことジョン・ウィック!

どう考えてもやりすぎたプロットが最高で、しかもマトリックスで新たなアクション形態を築いたキアヌが今度はクンフーと銃を合わせた「ガンフーアクション」を新確立し、暴れまくるという渋くて痛快だった前作にようやく続編。

『ジョン・ウィック チャプター2』

今作では殺しの仕事を断ったことによって今度は家を爆破されてしまったジョン・ウィックによる逆ギレ爽快エンターテイメントに仕上がっております。

なにが嬉しいって前作の良いところをブラッシアップ&スケールアップ☝︎してくれているとこ。

 

格好良さだけを描くアクションではなく、確実に効率よく相手を殺すアクションのカタチが渋い!銃をなるべく体に近づけ、反動を抑えつつも狙いは的確に。かつ相手に2発。もしくは最後は必ず頭に弾をぶち込んで、確実に息の根を止める。

そんなスタイルは残されつつも接近戦になると柔道の組手、寝技、立ち技が加わってるから、動きが新しすぎて「おおおおおお!なんだこれ!」と動きの先が読めないわけですね。冒頭では、敵を背負い投げするし、銃を持ったままでの接近戦は完全に寝技の掛け合いとなりつつも銃を乱発!寝技かけながら、近距離でドシュ!ドシュ!ドシュ!こんなん観たことない!

ちなみに一番チャーミングな撃ち合いがありまして、地下鉄の公共の場での遠いところからのチョイ撃ち合い。一般の人がたくさん歩く中でそれらを挟んで、バレないようにぷすん、ぷすん…!っていう最高に可愛い撃ち合い。あそこいいですね〜

殺し屋のルールを活かした世界作りもこの映画の楽しいところ。はい、この建物入ったら殺しはダメですよ〜っていう聖域があったり、殺し屋界の通貨、ガン・ソムリエ、防弾スーツの仕立て屋、電話交換所などなど…。この映画は殺し屋さんたちが行き来する独特な世界をしっかり確立した上でのデティールが楽しいし、この世界でのルールが物語に拍車をかけてくれていますね〜

 

ジョン・ウィックが戦ってるのって、正義とか大義名分があるんじゃなくて、理由は1つ。

 

「おれの邪魔するな。おれの大事なモノを奪うな。やるなら、殺す」

 

っていうシンプルな理由なんですよね。それを理由にブチ切れてる。

普通この【汚いの世界から引退できないやつ映画】の主人公の足掻きってだいたいは非常に非力でみっともなく、すぐに潰されちゃうもんなんですよ。

なんでしょうね、ワガママ言ったらダメだよ。付払えよ。っていう。社会ってそういうもんだからつって、こっちはちょっと凹むんですよね。

反抗するんだけど、グシャん!とすぐやられちゃう主人公。けど、彼はそうはいかないんですね。とことん徹底的にあがきまくるわけですよ!!

「引退させろ!おれの家返せ!!!おら!おらおらおら!」って。

 

普通、映画でそんなこと言ってたら死にますよ!けど、死なない!強いんだもん!

 

そういうところが気持ち良いんです!この映画!

あ。

こんなに足掻いていいんだ!運命に争っていいんだ!おれたちはちっぽけじゃない!ジョンみたく戦うぞ!って。

 

元気もらえるんですよ!彼から!!

 

ジョン!ありがとう!

 

明日から理不尽なアルバイト先に楯突いてやろう!!とか思っちゃうんですよ!

 

本作のラストはその足掻きを本当の意味でスタートさせる終わり方で、ここからどうするのか?というよりどこまでやれるのか?っていう感じで次作にも期待できる。いや、ていうか絶対観る。そんな傑作でございます。

新作映画『バイバイマン』感想文 〜超簡単!超最新!お気軽呪われプラン!彼の名を知るだけであの世ゆき!〜

 

たまたま呪文を唱えちゃったら、たまたまビデオを観ちゃったら、たまたま家の敷地に足を踏み入れたら…とホラー映画界には様々な呪われプランが存在しましたが、本作の呪いは超簡単!

なんと、彼の名前を知るだけ!

 

『バイバイマン』

 

特別な儀式や道具は一切いりません。

広めるのも簡単。ただ彼の名を人に伝えるだけですぐにパンデミック!

お客様自身が言わないようにしても、なぜか彼のことを考えてしまうし、なぜか口走りたくなるという促進効果も付いているので、あっという間に広まります。

魔法の世界で恐れられていたあのハゲよりも【名前を言ってはいけない例のあの人】という肩書きがふさわしく、完全に上位互換が現れました。そういえば、見た目もそっくりなんですね。

 

さて、呪われるとどうなるか?と言いますと、彼がやってきて無残にぶしゃ〜っ‼︎うぎゃ〜‼︎と殺されるみたいなわかりやすいものじゃございません。

 

幻覚・幻聴に襲われ、身近な人間が信用できなくなり…

結果、死にます。

 

え。なぜ?

それは、映画を観ればわかる!!

 

 

なんか…意外と呪いが地味?

 

そうなんですね。彼は見た目と同じくやり方も地味でコソコソしてるんですが……

これがまた本当の意味で恐ろしい。

ド派手な人体破壊描写やベロベロバ〜方式で安易に人を驚かすのではなく、脳裏にこびりついて離れない【彼の存在】をじんわりじんわり描写することで、我々の生活つまり現実との距離感が近くなり、マジで怖。

え、ほんとに起きるんじゃないの?って。

この映画内では主人公の大学生3人が三角関係に陥ってしまって、嫉妬するし、疑うしみたいなドロドロになってくんですけど、これって呪いとか関係なく、日常でありうる現象ですよね。

バイバ…あ。彼はですね、人間の心の奥底にある欲望や疑心を増幅させていくんです。普段思ってることの延長先を見せる。だから、突飛なことが起きているわけじゃなく、身近な現象でこえぇんですよね。ほんとに起きそうだから。

この映画を観た後に、それとなく人を疑っちゃったり、嫉妬するようなことがあったら、それはもうやつの仕業なんですよ!!

 

 

そんな呪いの解除方法はただ1つ。

 

彼のことを忘れる!

 

しかし、人間というのは矛盾した生き物ですね〜

忘れようとすればするほど、記憶を消し去ろうとすればするほど、そのことを考えてしまうんですね。

 

Don`t think it. Don`t say it!【考えるな。言うな。】って口にすればするほど、ドツボにハマり抜け出せなくなる。

つまり、一生逃げれないわけです!この呪いからは!

残念!!!

 

その地味さゆえに若い子でわいわいキャッキャするようなホラー演出ではないですが、ちゃんと段階を踏んで心理的な恐怖を煽る作りになっているから楽しめるはず。

この夏、ホラー映画史上最新版の【呪い】が劇場であなたのことを待っていますよ!!

新作映画『パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊』感想文 〜あいつもこいつもカムバック!真夏のファン感謝祭!〜

 

 

ジョージ・ルーカスの【かつて存在したジャンル復興映画】が『スター・ウォーズ』『インディ・ジョーンズ』ならば、ハリウッドのヒットメーカーである名プロデューサー ジェリー・ブラッカイマーにとってその枠は『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズである。

2003年に公開された第1作目『呪われた海賊たち』は当時大作出演の経験がなかったジョニー・デップ主演という要素や失敗のジンクスが伴う海賊映画、アトラクション原作映画ということもあり失敗が予測されたが大成功。誰もが知るサウンドトラックジョニデ演じるキャプテン ジャック・スパロウは映画史に残る最強アイコンとなった。そして、ついにシリーズ5作目!

『パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊』

現代は原題は『Dead Men Tell No Tales』訳すと「死人に口なし」という意味で、同台詞はディズニーランドのアトラクションでも耳にするパイカリおなじみの名台詞なのだが、なぜ邦題が『最後の海賊』なのかはわからない!とにかく、あの男が夏を連れて日本に上陸!

 

初期3部作でジャックと苦楽を共にし裏切りあった仲であるウィル・ターナーとエリザベス・スワンの夫婦。3作目でタコ野郎の心臓をウィルが刺したため【10年に1度しか陸にあがれない呪い】をかけられてしまっていた。

本作ではその夫が単身赴任状態の夫婦の間に産まれた海の伝説にやたらと詳しいオタク息子と父ウィルのシーンからスタートする。

 

息子 「お父さんの呪いはポセイドンの槍があれば解けるんだ!」

ウィル「そんなもんないから無茶するな!」

息子 「大丈夫だよ!ジャック・スパロウにも助けてもらう!」

ウィル「やめとけ。やつに関わるな。お前まるで……」

息子 「海賊みたい?」(ドヤ顔)

ウィル(ビンタ)「バカもん!!そんなものになるんじゃないぞ!いいか!パパのことは諦めなさい!」

 

みたいなシーンからスタートし、時が経つ……。

 

オタク息子は貧乳を隠していた母・キーラー・ナイトレイとは違ってボイン天文学者カリーナ・スミスを連れ、伝説の海賊ジャック・スパロウと共にポセイドンの槍を探す旅に出る。

ちなみに、キーラーの貧乳は自分でも自虐しており1作目のポスターの胸の盛り具合は加工済みのもの。「もっと大きくしてもよかったのに〜wwwww」とキーラー自身は語っていたそうなので、イジっても問題なし!

おそらくこの貧乳騒動もあったり、撮影時は寄せたり上げたりと大変だっただろうから、今回はそういった手間の省けるヒロインキャスティングなのかもしれないし、その証拠に本編を観ればわかるが、今回のヒロインは可愛い上におっ…

そんなことはいったん置いといて、とにもかくにも3人の旅が始まるが、かつて海賊狩り中に若きジャックに討たれ亡霊となったサラザール艦長はジャックがコンパスを手放した事で呪いから解放され海賊狩りをスタート!もちろんジャックがお目当である…。(なんか前に観たような展開の気もする)

サラザール演じるハビエル・バルデムの怖いこと怖いこと…口から黒い液体出てるわ顔面ヒビ割れ半端ないわで不気味すぎるにもほどがあるのだが、こいつにファンの大好きなバルボッサが加わって、幽霊船にてジャックを追いかける!

そこにイギリス軍も加わって三つ巴の混戦!!!なんか前もこんなんだったような。

果たして、槍は見つかるのか!?パパの呪いは解くことができるのか!?

 

 

もうここまで書けばわかるだろうが、本作は過去作の人物や単語がわんさか出てくるわ、とんでもない真実が明かされるわ、衝撃展開あるわ、流行りのエンドロール後のおまけ映像であれがああなるわ…で、もうお祭り状態。ていうか、もうファン感謝祭と言ってもいい作りになっているから好きな人にはたまらない1作に仕上がっている。

サイレント映画を彷彿とさせるドタバタ活劇、ジャックのアル中ふらふらキャラ、海賊お得意の裏切りすったもんだも健在なので、パイレーツ・オブ・カリビアン!ここにあり!といった感じ。細かい設定や単語を気にしなければ初見の人でも「わぁ〜楽しいな〜」と乗れるのでは??

 

……だが、先に公開されたアメリカでは今までほどの興行収入まではいかなかったようで……失速気味らしい。

それもそのはずなのかなと思ってしまう点もある。

まず、これは前シリーズからそうだったのだが一番の問題点【観客に説明されない映画内での設定やルールが物語の展開を左右しているから置いてかれる】が大きい。

主に呪いに関する「?」が1つ出てくるとすぐ次の「?」が出てきて、どんどん「?」が増え続けるのが、本シリーズの弱点。最初に出た疑問が途中で回収されるならまだしも、それが無くどんどん続いていくから頭の中が?だらけ。過去作でも2と3あたりはちゃ〜んと説明台詞を聞いておかないとマジで置いてかれるし、正直、筆者は未だによくわかってない部分だってある。

もちろん説明すりゃいいってもんじゃない。スターウォーズシリーズは独特の世界がそこに成り立っていてルールや設定は多岐に渡るが、説明的なものは一切ないのに、観ていればすんなり入ってくるよう上手く出来ている。

 

映画に対して無理矢理、説明しろ!わかるようにしろ!と言うつもりはもちろんないが…

パイカリのようなファミリー向けシリーズがそんな乱暴に船を走らせていいものだろうか。

 

 

そして、筆者がどうしても毎回気になってしまい…もはや笑ってしまうんだけど……アル中で千鳥足のジャック・スパロウが最後の危機が迫ると急に頭脳明晰になって謎を解き、九死に一生をえるところ。要するに【呪いを利用した大逆転】は本作でも健在で……

 

え!?

ちょっと!ねえ!ジャック!

今のたまたま??

それとも最初からそのカラクリわかってたの!??

 

と気になって仕方ないクライマックスを迎える。

 

こうなってくると、ジャック・スパロウの伝説の海賊たる所以はそういうところにあるのか…?だったら、もう少し序盤からその天才肌とそれを引き出すロジックを見せて欲しいとかほざいたら、わがままなだろうか?

例えば、インディ・ジョーンズは冒険家であるが、それと同時に大学の教授でもある。(そもそも無茶な設定でもあるが)冒険で培った腕っ節で危機を乗り越え、ラストはしっかり頭脳を使った謎解きがあって一件落着。

しかし、パイカリに関してはジャックが【おちゃらけピエロ】の役割と【事件を解決するキーマン】の二足のわらじを履いてしまっているので、その間をつなぐ何かが欲しくなってしまう。

○○をしたら頭が冴える。とか、元○○とか。逆に酒を飲んだら天才だとか。

ガイ・リッチー版『シャーロック・ホームズ』はその辺のバランスを取っているのだけど……

 

兎にも角にも、ジョニデが美味しい〜ところをぜ〜んぶ持ってやって食べ尽くしているし、一番の問題は先述した通りで、観客を置いてけぼりにするクセがあるので、そこを改変していかないとこの先が厳しいんじゃないかと。というか、おまけ映像を観て…「え〜!!また〜!?笑」とすでに思っちゃたりしてるので、そろそろ『パイレーツ・オブ・カリビアン』というこの船は大胆に舵を切り行く先を修正し大きく変えなければならない時が来た。

 

新作映画『忍びの国』感想文 〜踊り飛び交う大野君を映画館に観に行こう!〜

『忍びの国』

 

自己中心的で残忍なその生き方から「虎狼」呼ばわりされ、織田信長が恐れた忍者が住む国・伊賀

国内で毎日、理由も無く殺し合いで暇をつぶし、技を競い合う忍者の中に最強の男がいた。彼の名は無門。

嵐の大野君演じる彼の前では己を守る城の門は無いも同然!

しかし、彼は石原さとみ演じる妻の尻に敷かれ「こんな稼ぎは意味ねーだろ!」と叱咤され、帰っても家に入れない始末。

どんな門も簡単に乗り越えるのが無門の強味なのに、自分の家の門は超えれないという悲しい現実!

そんなある日、猛威を振るっていた織田信長の倅・織田信雄(知念くん)が父の期待に答えようと伊賀の国を攻め落とすことに…!

さぁ!どうなる!?

というのが、本作のだいたいのあらすじ。

 

原作・脚本は和田竜さんで野村萬斎主演『のぼうの城』と同様に「時代劇」とは言うものの、現代に生きる私たちになじみ深い言葉遣いを所々で入れてたり「強軍vs弱小軍」といったわかりやすい構図や展開もシンプルなので、時代劇に抵抗ある人もダイジョブ!

のぼうの時もそうでしたけど、主人公が「周囲とは違った異彩」を放っている人物設定が特徴的で観客も「ああ。この人が主人公なんだ」ってなじみ深くて受け止めやすい。これって集英社の少年ジャンプに出てくるルフィ、桜木花道、孫悟空、剣心……みたいな主人公像に近いですよね。周りに真面目、繊細、怪力、情熱…みたいなわかりやすくて象徴的なキャラがいる中で、主人公はちょっと力が抜けててオフビート。だけど、力はある!みたいな。そんな主人公に対して周囲の人間がが「な…なんだ、こいつ!!」「なめやがって!!」みたいな反応をすることで、主人公がより異彩を放つ!みたいな。無門もそんな感じなんですね。

だから、冒頭の忍び同士の小競り合いでも無門は金で雇われて戦うんですけど、門を開けて一仕事終えた瞬間に…

 

無門 「ほいじゃ。おいら帰る」

雇い主「おい…また門を開けたら帰るのか?」

無門 「うん。死んじゃうかもしれないし。おいら嫌だ!」

雇い主(ずっこけ)「わ…わかった!じゃあ、お金たっくさんあげるから、あいつ殺してきて!」

無門 「いいよ!ほいじゃ、おいらちょっと行ってくる!」

 

戦った結果、めちゃめちゃ強ぇえええ!!みんなどん引きぃいいいい!!みたいな。

この力の抜き加減はルフィに近いですね。

これって大野君の実際のアイドルとしてのキャラクターとめちゃめちゃ合ってますよね。ほんわ〜って顔してて話してても脱力系。だけど、グループのリーダーやってて、ダンスめっちゃうめぇ!みたいな。誤解を恐れずに言うと初見誰もがナメちゃう顔立ちとキャラクター。だけれど、実際はとんでもない実力者!

ライバルでもある熱血王道キャラの鈴木亮平うぉおおおおおお!って感じとも対になってて、ステキな構図。

実際の戦闘シーンもさすがの大野君。キレキレ、身軽、運動神経抜群。もちろんスタントマン使ってる箇所もありますけどけっこう本人でやってますよね!大事ですよね。代役立てると撮れない場面たくさん出てきますから。

ていうか、途中の場面ではもう楽しそうに踊ってましたよね??あれ?これ嵐の曲?みたいな。あそこ映画としては崩壊してるけど、楽しそうだったな〜

大野君以外の忍者さんも忍びらしいイイ動きしてたり、土にもぐってたり木に紛れてたりと、楽しい忍者ワールドも炸裂しておりましたね。観てるだけでワクワク。

全体的な戦闘シーンもガイ・リッチーのスローモーションマシュー・ボーンの長回し撮影を足して2で割ったみたいなところがあったりして、忍者とサムライの戦い方の違いがよく出ててグッド。

また、善悪を簡単に分けずお互いに事情と信念がある。その上での戦なんだという描き込みも良かったですね。

特に知念くん!「出陣じゃ!」みたいな男らしい台詞やおいしいところは伊勢谷先輩が豪快にぜーんぶ持ってってましたね!長澤まさみがかつて惚れてたのも納得で、伊勢谷がキマリすぎてて逆にまさみちゃんに嫉妬してしまうレベルの格好良さでした。抱いてくれ!

しかし、知念くんも良いのだ。

貧弱で童顔な雰囲気を存分活かして、天才・織田信長を父に持ってしまったコンプレックスの固まりまくり小倅を熱演!

泣きじゃくりながらのわめく場面はちょっと涙腺攻められますよね。

「お前達に慕われてないことなんてわかってるよ…!!けど、僕の気持ちがわかるかい?!何をやっても一番を取る天才の父を持った…僕の気持ちが…!!」

ピッタリでしたね〜。ダース・ベイダーという祖父を持ったカイロ・レンでしたね〜。

この場面で家臣たちは信雄の人間に惚れ込み、国攻めを決心し雄叫びをあげるわけですね。熱いっすね。

こういったように、シンプルでわかりやすい敵味方構図、配役のマッチ、大野君の運動神経によってかなり見応えがある作品になっています。

 

が………大野君が尻に敷かれている妻の描き込みが浅いゆえクライマックス全く気持ちが入らなかったり、人でなしと呼ばれる伊賀の忍者たちの扱われ方もちょっと不愉快ですよね。現代人への警告といのか何なのか。いやいや、伊賀の人たちは自分たちの高等技術に見合った正当な報酬を貰わないかぎり働かないっていうタイプの職人さんでしょ!?金じゃないとかっていうキレイゴトはほざかない、あれはあれで立派な信念じゃないの!?

だからこそ、逃げようとしていた忍び達は発心したところで、本当は強い奴らが本気になったぞ!って盛り上がったのに……

現代に生きる人でなしの子孫はみんな忍者ですよ〜みたいな。忍たま乱太郎に謝りなさいよ。

明らかにこの2カ所は終盤で映画にブレーキかけてますよね。

 

うん、でもいいのです。役者たちの楽しい演技が観れるから!

スクリーンを踊り飛び交う大野君をぜひ劇場で!!

新作映画『ハクソー・リッジ』感想文 〜「自分、武器持たないっす」「え?どうすんの?せ、戦争だよ?」〜

『ハクソー・リッジ』

 

第二次世界大戦の最中、米軍に入隊したデズモンド・ドス。

訓練所に送られ、みんなと和気あいあい戦闘訓練をするかと思いきや……

ドス「すみません。ぼく武器持たないっす。」

上司「え…?え?何言ってんの?せ、戦争だよ?殺しあうんだよ?」

ドス「いえ、自分は、みんなの命を救うために戦争行くんで」

下っ端「ど…余ったやつどうすんの?」

 

ざわざわ。ざわざわ。

 

上司「ちょ。ちょい。ちょっと待ってよ。え。そもそもなんで人殺し嫌なの?」

ドス「イエスが『汝、殺す無かれ』つー名言残してるじゃないっすか」

上司「いやいや(笑) それはさ、普通の殺しでさ…今はさ…ほら、戦争でさ…」

ドス「関係ないっす」

上司「あのね。その…君ね…ああああああ!もういいや!めんどくせぇ!除隊したくなるようにイジメちゃえ!ほら!みんないじめて!

仲間に殴られようが、リンチされようが、牢屋に入れられようが、信念全く曲げないドス!

そりゃそうさ!こんなにエロ可愛い奥さんいるんだから!そりゃ頑張れるだろ!

と思いきや、そんな奥さんから説得されても武器を持たないドス!

 

「信念捨てたら俺じゃなくなるんすよ」

 

クーーーーー。かっけぇ!

 

あまりの意志の強さにイジメてたみんなももうドン引き。

やっと衛生兵として認められ、戦争へ!といきなり、悲惨な沖縄地上戦!

しかも、前田高知(ハクソー・リッジ)という絶壁を超えなければいけないという超難所…。

いざ戦闘が始まると、一緒に訓練しイキってた仲間たちもバッタン、バッタンと倒れてく。

 

助けて!ドス!

 

そこから始まる救出劇!逃走劇!

飛び交う弾丸!飛び散る手足!爆破!爆破で炎、煙がドンドンドン!

DVアル中おじさん メル・ギブソンが10年ぶりのメガホンを取り、沖縄の地上戦で75名もの兵を救った実在する男の物語を映画化!

私生活はめちゃめちゃでも産まれながらのドM気質ショッキング演出によって今まで問題作、傑作を世に生み出してきたメルギブさん。

今回は前半から丁寧に伏線を張りながら、主人公の葛藤、戦いを丹念に描き、後半の戦闘シーンでその溜まったものを大放出させた大傑作でございました。

主人公が武器を持ち敵をバタバタぶっ倒していくという物語は面白さを生みやすく、もちろんこの世に五万とあるが、メルギブはそういうことはしないんですね〜。本作は自らの信念で武器を持たない、救うか逃げるしかできなくさせて、それによって映画をスリリングにする。たまにありますよね、メッセージは立派だけど結局映画内では面白味を優先させるから人はジャンジャン殺すっていうの。本作は無いです。

「必ず生きて愛する人の元へ帰る」みたいな。LIMIT OF LOVE。UMIZARU〜みたいな話になるかとも思ってたんです。奥さん激エロかわだし、最後は帰れたね〜みたいな。そういう結末かなと。けど、そこも違うんですよね。これ「人間の使命の自覚と意志の勝利」の話なんです。

あまりの日本兵の強さに押されて、味方は全員撤退しちゃう場面。断崖絶壁で、ドスは「神様…ぼくはどうしたらいいんでしょう」と答えを求め、あるきっかけで本当の意味で使命を自覚して爆発の中に戻ってく。何十人も助けたもんだから、臆病者〜ってバカにしてた仲間も上司も最後は、ドスのお祈りが終わるまで待機!みたいな笑える場面もあるんですけど。もう完全にドスの1人勝ち。これがまた気持ち良いんです!

正しかったんだな!ドスは!あんなにバカにされてたのに…!!って唇をぐって噛んじゃう。

「神さま、もう1人でいいんで助けさせて…」

っていうシーンとか、これ別に宗教関係なくドスの意志、信念に心打たれる。

だから、ラストも愛する人の元に帰ってきた〜ハッピ〜!万歳!じゃなくて、まるで天に召されたように宙に舞い上がっていくような不思議なカット。あれは神様に迎え入れらていくような感覚になりますよね。光に包まれて。ある意味、「愛する人の元」(神の元)に向かうような。

1人の人間が自分の信念を狂ったように護り、突き通し、勝つ!!!

気持ちイイ大傑作です。