映画コラム

『美女と野獣』

名作ディズニーアニメ「美女と野獣」を、「ハリー・ポッター」シリーズのエマ・ワトソン主演で実写映画化。「ドリームガールズ」のビル・コンドンがメガホンをとり、呪いで野獣の姿に変えられた王子と美しく聡明なヒロインのベルが惹かれ合っていく姿を描く。魔女に呪いをかけられ、醜い野獣の姿に変えられてしまったひとりの王子。魔女が残していった1輪のバラの花びらがすべて散るまでに「真実の愛」を見つけなければ、永遠に人間に戻れなくなってしまう。希望をなくし失意の日々を送っていた野獣と城の住人たちの前に、美しい町娘ベルが現れる。自分の価値観を信じて生きるベルは、恐ろしい野獣の姿にもひるまず、彼の持つ本当の優しさに気づいていく。王子役をテレビシリーズ「ダウントン・アビー」のダン・スティーブンス、町一番のハンサム男ガストン役を「ホビット」シリーズのルーク・エバンスがそれぞれ演じるほか、燭台のルミエール役でユアン・マクレガー、時計のコグスワース役でイアン・マッケラン、ポット夫人役でエマ・トンプソンが出演。(映画.comより引用)

 

ディズニーは過去に世界に放った【女性とはこうあるべき!】といった概念を近年、ぶち壊して再提示している。特に、『塔の上のラプンツェル』『アナと雪の女王』『モアナと伝説の海』の【戦闘力の高めのニュープリンセス路線】はそういった要因でもあり、フェミニズムの色も強く、古典的な予定調和を壊す物語の展開や結実が功を奏し、とってもスリリングな内容になっており大変面白い!

雑に言うと「白馬に乗った王子様を待ってそいつと結婚することが女性の幸せ。ではなく、もっと自由で幅広くて良いんだ!」というメッセージをディズニーは自分らのフィルモグラフィーを踏まえながら放っている。

そんな中で、世に放ったディズニーの最新作は1991年の公開当時「最高のミュージカルは映画館にあり」と大絶賛となった『美女と野獣』の実写化!

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『不思議の国アリス』『シンデレラ』に続くディズニー自身が過去のアニメ作品を実写化するというもう1つの路線。

この路線に関しては、すでにアニメ版の熱狂的なファンがおり、作品のアレンジを望むというよりも「どれだけアニメ版に似せれるか」という【再現度】を高めるということに舵を切っていると思われます。

なぜ今、実写による再映画化なのか?とんでもないゲスな言い方をすれば、CGなどの技術が発達したことで絶対に客が入る題材でもう1儲けしとこうという魂胆だ。

つまり、本作は【戦闘力の高めのニュープリンセス路線】とは別路線。かつてあった名作をいじらず、壊さずに実写で完全再現する。かつて熱狂したお客さんをある意味、フラッシュバック的な感動、体験をさせることに重点を置いているリメイク路線な訳ですね。

(※ちなみに、先述したフェミニズムの観点から言うと、そもそも1991年の製作時の時点でベルの「読書好きで自立した女性」という今までのディズニーに無いキャラ設定によりモメたようだ。ディズニー側はベルがケーキを焼くシーンを入れたがっていたらしい。最終的には設定を提案した女性脚本家のリンダ・ウールヴァートンの勝ち!今までにない女性像も功を奏して映画は大ヒット!)

そういう意味では大成功ではないでしょうか?その狙い通り、巷では「アニメと全く同じだ!」と熱狂する人が多い本作です。アニメ版のファンにはたまらない様子。

観ればわかりますが、城の内部をセットでちゃんと作り込んでいるので、その圧倒的な存在感、スケールはやっぱり凄まじいです。衣装、美術、セットは完全再現に必要な大きな要因ですからね!美しすぎてため息がててしまう。

しかし、アニメでは自然とやれた描写を実写でそのままやるわけにはいかない。だから、細かい部分で実写化するにあたっての改変がされています。実はその改変によって生じてしまった【ズレ】というか【歪み】があるように筆者は感じました。書き殴って参りたいと思っております。

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その前に、まずはどんなところが改変され、それがどんな影響を及ぼしているのかを3つに分けて具体的に述べていきます。

1つ目にキャラ設定の改変。主人公ベルの父親の職業がアニメでは「発明家」だったのが「時計などの機会を作る芸術家」に変更されています。また「村人たちは野獣の住んでいる城を魔女の呪いによって忘れている」に変更。アニメでは城と村人たちの関係性については触れられていません。この辺りは実写化するにあたってのリアリティ追求の表れかと思われます。

実写化するにあたって非常にイイ設定改変もありました。その1つは「バラの花びらが落ちる度に城が揺れ、崩れそうになり召使いの家具達は本格的な家具化が進む」これ非常にイイですよね!。主人公たちのタイムリミット感が強調されることで、早く野獣とベルが結ばれなくては!とヒヤヒヤする。にぎやかな召使たちも「ああ。関節が動かなくなってきた」と嘆く。要は、バラの花びらが落ちきってしまうと、永遠に家具のままなわけです!これは恐ろしい。呪いが強調されていますよね!

2つ目は細かい表現部分。特にベルにしつこいガストンなんですが、そのガサツな性格を表すためにアニメでは、ベルの本を泥水に捨てたり、ふんずけたり、舎弟をぶん殴り首しめたり、お店でツバを飛ばしたりと大変ゲストンなわけですが、実写では本に直接害は加えずに、庭で大切に育ててる野菜をふんずけたりとソフトになっています。アニメではコミカルに映せる描写ですが、実写はそこまでポップにはできませんから。現実で言う「ガサツさ」「モラルのなさ」をいきすぎずに描いています。

3つ目にキャスティングの改変。ベルにしつこく求婚する筋肉バカのガストンの相方がアニメ版ではただの舎弟として描かれていましたが、本作ではゲイになっているようです。(ハッキリとセリフで語られる訳では無いし、筆者も画面を通じてはあまり感じませんでしたが、そういう設定らしいです)また、ベルに本を貸す図書館のおじさんや野獣の召使いに黒人の方が配役されています。ここは人種の多様性を強調する設定変更。

このような改変はディズニーによる人種、イデオロギーへの幅の広がりをアピールするためでしょう。

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全ては書ききれていませんが、だいたいこんなような点が変更になっています。

実写の完全再現とは言えど、「2017年時の実写化」として違和感がないように工夫がされている訳ですね。

上映時間もかなり違います。1991年劇場公開版の上映時間が84分。2017年実写版の上映時間130分。この差は、新要素が加わっただけでなく、描写を丁寧に描いているという事もあります。アニメではぽんぽんテンポ良く進めていた部分をより感情移入できるよう丁寧にゆっくりと描いている訳です。

 

では、最初に記した実写化するにあたっての【ズレ】【歪み】について述べます。物語的に無理が出てきてしまっているんです。

こんなん言ったら身も蓋もないですが……

 

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こんなに怖い「野獣」を異性として見れます……???

 

はい、ごめんなさい。野暮なこと言ってるのはわかってますよ?

「いやいや、【外見にとらわれない心】というテーマを描くためのメタファーだろ!」と言われますよね。

そうなんです。要は「外見ではなく、内面の美しさの方が重要である」っていうテーマを描きたいわけじゃないですか?だから、こんなにわかりやすく「美女」「野獣」という風に誇張した対比をやっているんですよね?

うん。だからアニメで描くのが適切じゃないですか?実写が耐えれる【誇張】じゃない気がするんです。

「あーあ。君は外見で人を判断してるんだ!」って思われるかもしれませんけど、いやいや。外見がとかじゃなくて、そもそも野獣なんですよ?心はどうあれ人間じゃないものをどうやって異性として捉えるんでしょう。

動物園のイケメンゴリラをかっこいい!と思えても、異性として見れます?

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何歩か譲って良しとしましょう。その外見に関しては。

アニメ版では、ベルの美しさに加えて【投獄されたお父さんの身代わりになる】という本作のもう1つの大事なテーマでもある【自己犠牲】を見て、野獣の態度が一変するんです。モジモジしたり、どう接したらいいかわからなくなったりと、ここが非常にかわゆい。最初に、野獣がベルに惚れてしまうわけです。これって異性として好きになったという点としても大事ですけど、「他人のために自分の命だって顧みない心」を他人から学ぶ非常に重要な分岐点でもありますよね。

実写版のそこんところ希薄じゃないですか?惚れたように見えます?一応、家具の召使たちにああしろ、こうしろってアドバイス受けてるんですけど、なんか野獣が好きだからではなく、家具たちが率先してキューピットになり2人を煽ってる描写になってしまってますよね。

で、この一目惚れシーンが抜け落ちると、そのあとベルを命がけで救う野獣の行動理由がわからなくなるんです。この野獣の【自己犠牲】によってベルは彼に心を開いていく大事な場面ですからね。

おそらく、ベルの身代わり自己犠牲の時点で野獣は惚れていたって事なんですかね。じゃあ、なんでそれをわかりやくやらないかと言えば、「実写としてのリアリティを尊重した」からだと思うんですけど、それってどうなんですかね?

見た目的には完全に野獣は不利ですよ。人間じゃないんだもん。だからこそ、その野獣が最初に惚れてしまう。今まで閉ざしていた心がハッと晴れる。しかし、攻め方がわからずにもがく。家具達に相談するけどうまくいかない。そんな中で、こんどは野獣の【自己犠牲】によってベルが「人を見た目で判断してはいけない」と悟り、振り向いてくれる。

こっちの方が現実味を帯びてると思いません?それに野獣の可愛げも出て、愛せますよね。

なんか、今のままだと野獣もベルも同時に好きになったって感じなんですよ。

「2017年に実写化するに当たっての改変」はだいぶうまくいってると思うんですが、それによって実写化したことによる問題点が明るみに出てきてしまったと、どうしても感じてしまいます。要はこの作品って「誇張と対比」が根幹なんで、そもそも根本的にアニメ向きではないんでしょうか?実際の人物で描こうとすると、無理が出る。違いますかね???

だったら、お堅い事考えずに作品のテンションはアニメに寄せて、コメディ色を強めた方がまだ楽しめたかな〜と思います。もう振り切っちゃうってことですよね。それなら上映時間だって2時間越えしなかったはずだし!

どうなんでしょう。思い入れのある方に意見が聞いてみたいですね。

散々ぶつくさ言ってますけど、セットや衣装の美しさには息をのむし、みんな大好きエマ・ワトソンはずーーーーっとかわいい!エンタテインメントとして十分に楽しめるボリュームではあります!動員的にも大成功。劇場で観る価値大アリでございます。

 

コメント

    • IU
    • 2017年 10月 25日

    とっても分かりやすい解説で、楽しかったです。
    「ゲストン」とってもいいですね‼︎ww
    アニメに寄せるのもいいですが、私は、タイムスリップできる仕組みの本や、野獣の歌など、アニメには、なく映画でしかない場面が想像つかなかったので、とっても良かったですし、また新たな夢や魔法のような感動がアニメより多かった気がします。あと少し劇団四季寄りでは、あるなと感じました。アニメも実写もそれぞれの良さがあって、最高です‼︎斉藤さんの映画コラムを読んで、注目部分をチェックしながらまた観たいと思いましたので、早くDVDを買います。

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