新作映画『無限の住人』感想文 〜無間地獄に堕ちたツンデレ武士・キムタクが大暴れするスプラッター時代劇!〜

木村拓哉演じるツンデレの不死身武士・万次を用心棒として飼いならす杉咲花のやりとりがキュンキュンしてかわゆい本作『無限の住人』

万次は自分の目の前で妹を悪党どもに殺されてしまう。その「罪の意識」を背負ったまま正体不明のババアによって無理矢理、永遠に死ねない「不死身の体」になってしまう。それから50年経って、目の前に現れたのは妹にそっくりな少女・凛。凛の親の仇討ちのために雇われた万次は「日本の剣の流派統一」という野望を果たすために江戸中の道場破りをしまくる剣客集団・逸刀流統首!福士蒼汰くんを倒すために立ち上がる。

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かつて妹を救えなかった罪悪感(詳しく言えば、妹の旦那さんをある事情により殺してしまったという罪の意識もある)からも瓜二つの凛を守ると心に誓った万次。凛の剣術修行に日々、付き合いながら逸刀流の剣客と戦うバディ・ムービーでもある本作。おそらく、三池崇史監督が配給会社と喧嘩したであろうギリギリのゴア描写を入れたスプラッター系時代劇でもある!

血はじゃんじゃん飛び出すわ、キムタクの腕は飛び散るわ、剣客が崖から落ちたと思いきや血がドパっと飛び出て砕け散ったり(笑ってしまうくらいの飛び散りかた)、ある登場人物は木に串刺しになった状態で手足はちょんぎれ、胴体は真っ二つとなる!イエーーーーイ!三池監督さすが〜!と叫びたくなる愉快な描写の連続。とは言うものの、ちゃんと直接的には描いてないから見やすくしあがっている。(その証拠に本作はPG-12指定で止まっているから安心だ!おそらく三池さんはもっとやりたいはずだけど!)

こんなことを書くと、そんなグロい映画の何がいいのよ!と目くじら立てて嫌がる人が出てきそうだが、本作の「死」の描き方は大正解だと思う。死、痛み、苦痛を既視化することはこの映画の本質とつながってくるからだ。

物語を盛り上げるには主人公に弱点を作ることが重要だ。ウルトラマンは3分しか戦えない。ドラえもんは猫が苦手。寅さんは女に弱くて、インディ・ジョーンズは蛇が苦手だ。この弱点が主人公たちに人間味を与えるだけでなく、「死」という危機感が生まれストーリーをよりスリリングにしてくれる。

だが、本作『無限の住人』の主人公・万次は不死身の主人公。死という恐怖がないために彼に絶体絶命は訪れない。(作品内のある出来事によって絶体絶命は訪れるのだが話の盛り上がり要素でしかないので問題外)

では、万次にとっての弱点何か?矛盾するようだが、それは「死ねない」という無限の苦しみである。

いくら斬られ、刺され、手が取れ、死にたくなるような痛みを感じようとも死ぬことはできない。これ自体が主人公の枷になっている。

つまり、万次以外の人間の死を豪快に描くことは主人公の死ねない宿業との対比となっていくのだ。万次以外の人間は豪快に華々しく死ぬことができる。特に死に方を重要視する武士たちなわけだから、皆潔くカッコ良く死んでいく。その中でも死ねない万次の辛さ。痛み。

クライマックスで300人の屍の中で戦う万次の姿はこの映画を象徴するカットになっている。

万次が抱えるのはそれだけではない。かつて妹を見殺しにし、多くの人間を斬ってきた罪の意識を一生背負っている。それと同時に彼は人を斬ることしか知らない。斬るごとに自分に業は積み重なっていく。この永遠に終わらないサークルをぐるぐるさまよっている。

「無間地獄」という考え方が仏法には存在する。1番辛い地獄であり、文字通り絶え間無く責め苦にあう地獄である。

死にたくなるほどの痛みを感じながらも死ぬことのできなくなった万次はまさにこの無間地獄に生きながら陥ったと言えないだろうか。『無限の住人』というのは無限の命を得た人間と読むこともできるが、無間地獄の住人』と置き換えることもできる。

※実は、原作の冒頭では「罪人には死をもって償え」と主張する偽キリスト信者を万次が斬る場面から始まる。これはもちろんキリスト批判と読み取るわけではなく、宗教が説く死に関する物語だと宣言してるようにも見えるではないか!

とにもかくにも先述したことを踏まえると、この映画は派手に血しぶきをあげたりと大胆に。そして、ある意味美しく死を描く必要があった。飛び散る血しぶきを浴びながら、それでも万次は生きていかねばならないのだ。

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思わず長くなってしまったけど、もう少しお付き合い願いたい。

本作を観た人間から「時代考証」云々と言い出す輩がいそう!

「あの時代に…」と頭に付け加えて、「あんな武器はあの時代に存在しない」「言葉遣いがおかしい」「あんな服は存在しない」とお堅いことを言ってくる人がいるが、それは関係ない!

時代劇はフィクションだ!実際にあった時代だが、映像なんてもちろんなく、資料も少ない。だからこそ自由に描ける最高の土台である。

時代劇研究家の春日太一氏は著書『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮新書)の中で

『時代劇とは「史実とはこうだった」を伝える「歴史的事実の再現」ではない。「こんな人がいたら面白い」「こんなことが起きたら面白い」を描く《創作されたファンタジーである》』

と述べている。

まさにその通りで。本作『無限の住人』では、どこに隠してたんだよ!とつっこみたくなる形もおかしい大量の武器を万次が持っている。(あまりの武器の多さに走ってる途中に落とすというギャグもある)てか、あらゆ登場人物が原作に忠実な個性的な武器を持っていて楽しい!さらに、栗山千明は美しい金髪だし、戸田恵梨香はチャイナドレスみたいな足モロ見えの着物を着てる!(この2人の生足が美しいんだから文句は言わせないよ!)

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さらに、時代考証は関係ないけど、主人公の万次の着物の背中には「万」と書かれている!(←クソダサい!のびのび太が背中に「の」って書いてあるシャツ着てるようなもんだよ!)

こういったようにずいぶんポップな作りが目立っていて楽しい。そもそも「不死身の体」という設定がSFチックなのだから文句は言わせない!

こんな楽しい作りではありつつも冒頭のモノクロでの大立ち回りは『椿三十郎』『13人の刺客』などの名作時代劇を彷彿とさせる1対数十名という構図での大殺陣だし、そこで腕と右目を奪われていくのはまるで片腕片目のヒーロー『丹下左膳』に斬られながら成っていくかのようで三池崇史監督なりの「時代劇復興」の愛を感じる素晴らしい殺陣シーン!

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もちろんラストの300人斬りも圧巻で、福士蒼汰くんの手足リーチの長い殺陣も見事だけれど、木村拓哉の腰を落とした力強い剣さばきはお見事!さすが!

 

「時代劇」というジャンルは実際にあった時代だが不確かなものが多いというファンタジーでありながらも、信念・忠誠心・正義感といった現代劇では描きにくい根本的なメッセージをストレートに描写することができる最高のジャンル!

だらだらと述べてきたが、『無限の住人』は「死ねない」主人公を通じて、生きること死ぬことの意味を我々に問う時代劇なのだ。

 

 

映画『大誘拐 RAINBOW KIDS』感想文 〜トトロのおばあちゃん VS 国家・警察・メディア・家族の痛快劇!〜

ある若者3人が富豪の老女である柳川とし子を身代金目的で誘拐!

しかし、その犯罪計画はグダグダ…。頼りない若者を押しのけ人質であるおばあちゃんが誘拐事件の舵をとり始める。

主犯3名が事前に考えていた身代金は5000万。一方、とし子の家族が考えていた身代金は3億。しかし……人質自身が考えていた額は100億円…!!!

事件はあらぬ方向に進み国家、警察、メディア、家族を巻き込む大騒動に!!!

 

あらすじを聞くだけでもう超面白いじゃないか!

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金持ちおばあちゃんを演じるのが『となりのトトロ』のおばあちゃん「メ〜イちゃ〜〜〜〜ん!」の声でお馴染み北林谷栄!

頼りない主犯の若者に関西弁で気合いを入れたかと思いきや、3人を孫のように可愛がり面倒を見る谷栄!このツンデレがかわゆくてたまらなく、彼女の情に涙が出るほど。日本国民誰もが理想として想い描くおばあちゃんだ!

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主犯3名を匿う役を演じる樹木希林のおせっかいで情にあつくどこにでもいそうなオバハン感がまずたまらない。1つ1つの仕草に思わずニヤニヤしてしまい最高。

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この5人に対峙するのが和歌山県警本部長を演じる荒々しいデカ・緒形拳。その下に従える通称「東京」を演じる嶋田久作。

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とんでもない贅沢な座組みによる対決だ!

 

誘拐組がマイペースに田舎の一軒家で過ごす一方で、家族、警察、メディアは大慌て。この両サイドのトーンのズレ。その同時進行がたまらなく面白い!

監督は、あの『シン・ゴジラ』に直接的な影響を与えた『日本の一番長い日』岡本喜八監督。

一歩間違えればチープなどたばたコメディになっていたところを警察側の嶋田久作によるナレーションを入れることで、客観的に展開を捉え事件性が持続されスリリングな状態が続く秀逸さ。カット割り、テンポのスピーディーさを優先し、物語の足を引っ張る感傷的なシーンを徹底的に削ぎ落とす監督の作家性がキレキレだ!

1993年の作品だが、ユーモラスシーンのセンスは非常に高く、カット割りのタイミングや役者の演出レベルも程よく今でも十分に笑える傑作娯楽!

おばあちゃんの目的がはっきりしなくてもいいと筆者は思った。先述した通り、日本国民誰もが理想として想い描くおばあちゃんというキャラクターには異常な説得力が備わっていて、その行動に理由がなくてもこっちが納得させられてしまう不思議なマジックがある。『サマーウォーズ』のおばあちゃんが良い例だ。

おばちゃんはその人生の重みを小さい背中で語ってほしい!

ゆえにそのおばあちゃん自身の考えや本音、目的を聞いてしまうと、逆に浅いキャラクターに見えてしまう場合もあるが、本作はその目的やラストが湿っぽくないし、原作がミステリーものということもありので、全然アリ。娯楽作品なので宙ぶらりんな結末は避けるべきだったのでオールOK!

 

国家、メディア、警察…つまり権力をもった者たちを社会の中では一番の弱者である老人と貧乏な若者が頭脳戦で翻弄し、出し抜いていく様は誰もがカタルシスを感じることのできるはず。邦画では数少ない娯楽作品の貴重な成功例です。ぜひ。

映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』感想文 〜楽しい‼︎面白い‼︎笑える‼︎泣ける‼︎ちゃんとダサい‼︎〜

本作『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』を僕が中学生の時に観ていたら、エライことになってる。

きっと背伸びして、赤のロング革ジャケットを購入し、ウォークマンを聴き踊りながら通学するというとんでもない異端児になっていたに違いない!

 

今、観ても発狂熱狂してるんだから間違いない!!

 

本作はここ最近のハリウッド映画がやりがちな「暗い」「リアル」「シリアス路線」完全に無視して逆方向に進み、しかも爆裂に面白い!新世代(僕ら)とっての『STAR WARS』的作品だ!

77年に『STAR WARS』を劇場で観たオトナたちに対して、嫉妬心しかなかった筆者の心をジェームズ・ガン監督は吹き飛ばしてくれた!

俺たちにはコイツらがいるじゃんか!!!

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『スリザー』『スーパー!』といったジェームズ・ガン監督の決して王道とは言えない作品を以前から観ていた筆者にとって監督が作品で醸し出す面白くもあり、哀しくもある独特の作家性は最高に好みだった。そんな監督がいよいよ大予算のアメコミ映画を撮ると聞いて、いてもたってもいられず筆者は事前にサントラ購入し、聴きまくった上で初日に挑んだ。縦ノリしながら映画を観たのは初めてで、冒頭でも中盤でもラストでも高揚と感動で涙をボロボロ流した。

間違いなくこれは筆者にとって貴重な「体験」となったし、そういった意味でも筆者にとっての『STAR WARS』的伝説の名作となった。

 

 

いったん物語を追っていくことにする。

 

主人公のピーター・クイルの少年時代から物語はスタートする。

母からもらったSONYのウォークマンと母制作のテープを聴きながら暗い表情で病院の廊下に座るピーター。

女手1つで自分を育ててくれた母親が病のため床に伏せており、今にも死にそうな状況だ。ふさぎこんでいたピーターに祖父が手を差し伸べ、母のいる病室へと向かう。髪は抜け落ちやせ細ったベッドに横たわる母。

「ピーター、プレゼントがあるわ。ママが死んだら開けなさい」

1つの小包を受け取るピーター。もうママは虫の息だ。

「…さぁ、ピーター。私の手をつかんで……」

すっかり痩せ細ってしまった手を差し伸べる母。しかし、ピーターは母の手を握ることができない。さぁ早くと祖父に急かされるが強情に拒否する。この世で最愛の人である母との永遠の別れを受け入れることができない。

 

「ピーター……」

 

心配停止の電子音が鳴り響く病室。

事実を受け入れられないピーターは泣き叫びながら、病院の外へと走り出し、座り込んでしまう。

 

お母さんが死んでしまった……

 

すると上から宇宙船が現れる。ピーターは白い光に包まれてさらわれてしまう。

 

なんというプロローグ!!!

 

母の死という悲しみを受け切れない小さなピーターの悲劇と宇宙船の襲来という高揚感アリアリの娯楽性。この作品がこの両面を兼ね備えているというジェームズ・ガン監督らしい宣言だ。

 

数年後、ピーターは銀河に散らばる廃品や宝物を奪うアウトロー!【スター・ロード】として宇宙を飛び回っていた。ひょんなことからアライグマ、喋るでかい木、ムキムキ野郎、緑女(超セクシーです)と銀河を救うための冒険が始まる!

ストーリーはありがちだが、マシーンや宇宙描写の新鮮なカラフルさ、ピーターが大事にしていたウォークマンから流れる70年代ロック・ミュージックの豊かさ、ジェームズ・ガンによる洗練された脚本によってとんでもない名作となった。

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(ちなみに、母からもらったウォークマンを肌身離さず持ち運ぶというアイディアは監督が1度脚本を書き上げたあと「何かが足りない」とリライトし、その時に思いついたアイデアだし、宇宙船や世界観の提案も監督が自ら行っているので、ジェームズ・ガンのセンス万歳!)

 

本作は絶頂の勢いをかましているアメコミ映画の人気シリーズMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)に関連づく1作品ではあるが、他作とは比べ物にならないくらい激烈に面白い。

先述したように流行りの「暗さ」を映画全体から払拭し、ユーモラスな味付けがしっかりされている。タイトル通り銀河の守護神なわけだから、銀河が滅ぶ危機が訪れてそこに立ち向かうわけだが、その緊迫感を邪魔しないユーモアのバランスがお見事。一歩間違えれば、ただのおふざけになってしまって、吐き気を催すできになっていたはず。(『アイアンマン』が当初、良い力の抜き方をしていたが、現在は極度の心配性というダーク方向にまっしぐら)

クライマックスの重要なある展開でもお気楽なノリをそのままぶつけていて、その展開もムリもなく理にかなっているから秀逸だ!

見事なのはクライマックスからラストまでの1連の流れある行為によって主人公ピーターが母の死をやっと受けとめ、あの時もらった母からのプレゼントを開封し、その中身が…といった冒頭の回収力とそれによるエモーション!このパワーにやられて、涙しないやつはいない!

さらに、本作のヒーローたちはちゃんとダサい!アメコミ映画はこのダサさを避けうまくカバーしてきたが、本作に関してはダサい方向にしっかり振り切って面白かっちょいいところがちゃんとある。

だって途中でみんなが手を繋いで「おれたちは銀河の守護神だ!」と叫ぶシーンがあるんだよ!?

これぞヒーロー映画だ!

 

こんだけグダグダ言ってきたけど、要約してしまえば

 

楽しい!面白い!笑える!泣ける!そして、ちゃんとダサい!

 

ということ!

 

 

本作を鑑賞して、ハッとする。

映画って楽しいに満たされててイイのだ!という忘れていた当たり前のことに気づかされる。

 

 

P.S この続編公開が来月に迫っているということで筆者は今、興奮状態。本当に死んじゃうかも。

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旧作映画『オフィス 檻の中の群狼』感想文 〜新卒生のみんな!ブラック会社勤務キム課長から学ぼう!〜

あるサラリーマンが自分の家族を金槌で惨殺する衝撃的なシーンからこの映画はスタートする。

 

なぜそんな行動に至ったのか彼の心情を直接的に描く場面はないが、原因だと思われる場所が彼の職場、つまり「オフィス」である!

日々、営業の成果を求められパワハラが繰り返される職場の中で彼は真面目で誠実ゆえにそのダメージを誰よりも直接受けてしまい、心がボロボロに。ついには理不尽なリストラに遭ってしまった彼の心の中の何かがプツン切れたのだろう。一家惨殺という行動に走ってしまう。

しかし、本作はここからがメイン。

自分に理不尽なパワハラを行った上司、見て見ぬ振りをしていた同僚たちへの復讐が始まる!

 

彼の名はキム課長!

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キム課長が起こした金槌事件を追う刑事は捜査によってある事実を発見

 

「一家を殺害したあと、キム課長は会社に立ち寄りそのあと外に出ていない…」

 

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ギャァアアアアアア!!!

 

キム課長はビルのどこかに潜んでいて、会社にいる人間を次から次へと襲い恐怖のどん底に陥れる!

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韓国にはよくある馴染み深いキムという名前を使ったのは、ブラック会社に鉄槌を下すダークヒーローに対して誰もが親近感を覚えるためだろう。

社会問題となっているブラック企業の被害者の代わりとなってキム課長は会社に牙を向くのだ!

家族を殺してしまう残念すぎるヤツではあるのだが、回想シーンで描かれる会社からの仕打ちや環境を見せられると胸が痛い。筆者もかつては会社員の時期があったので、よくわかると感情移入してしまうところもしばしば。そんな同情をしつつも報復に励むキム課長を見ていると、いけ!いけ!キム課長!と応援してしまう。

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しかし、さすがは韓国映画。ただの娯楽映画に納めるような事はしない。

調子に乗ってキム課長を応援していたはずが、ラストの展開でそんな簡単な話ではないことがわかる。

が……この結末を踏まえるとよりキム課長は、誰の心にでも宿った鬼という意味合いがより強まり、なんとも言えない後味となっている傑作だ。

 

新卒生のみんな!上司に苛立ったりしたら、本作を鑑賞しキム課長にいったん我が想いを託し、暴れまわってもらおう!そして、恐怖におののく上司たちをあざ笑おう!

しかし、それと同時に彼を反面教師として捉えて気をつけよう!

キム課長に怨念を託すのはいいが、キムにはなっちゃいけない!

「キム」というベタな名前通り彼はあなたであるかもしれないし、あなたの隣にいるかもしれない。それくらい身近な存在であり現象なのだから。

 

新作映画『チア☆ダン 女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話』感想文 〜ぬるま湯から熱湯の青春地獄!〜

目的のためにそこまでやるのか…とその狂気を疑う一線。

キャッチーなタイトルとポスターからは想像しにくいが、本作にはその一線が登場し、主人公たちはその線を超える。

 

映画冒頭、どーーーん!!!HOLLYWOOD!!!ロサンゼルスの会場で広瀬すずらが所属する高校チアダンスチームJETSが掛け声をあげ、舞台に躍りでる。

だけれど3年前は…???と、話は遡り福井県立福井商業高校に入学した主人公たちの話へ。

主人公の言葉の訛りがなんとも言えないゆるやか〜なムードを醸し出し、入ろうとしているチアダンス部にもマイルドヤンキーばっかりで覇気が全く無し。ただのど田舎にあるゆるめの部活(というか、どこにでもあるごく一般的な部活)としか目に映らない。全米!などという単語は全く連想させない映画のスタートである。

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他の新入部員と比べて、ダンス経験が全くない広瀬すずの取り柄は笑顔「だけ」

退部しようとするすずちゃんを同部員の中条あやみらが止めようとする。「あなたの笑顔だけはよかったのに!」あらゆる部員が口にする励ましのつもりになっている本台詞。この「だけ」の誇張の仕方があざとかったり、顧問であるスパルタ地獄先生(ぬ〜べ〜ではない)を演じる天海祐希が怒る時に雷が落ちたようなピカッ!演出や、間の抜けたシーンで後ろに飾ってあった額がカタっとズレたりと…平成29年とは思えない痛々しい演出のオンパレード。

この時点で青春を描いた可愛らしいアイドル映画。と割り切ってスクリーンを見守ってしまうし、かつて経験した高校時代の青春ってこれくらいユルかったよな〜と誤ったノスタルジーに自らを落とし込んでしまう。

だが、しかし、この映画は後半で最初に記述した「目的のためにそこまでやるのか…と観てる側がその狂気を疑う一線」を超えてしまう。

タイトル通りこの物語は【女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話】である。

これがフィクションであれば、先ほどの緩めの青春期のままなんとかアメリカ進出は可能かもしれない。しかし、これは【実話】なのだ!

腐り果てた弱小チアダンチームがアメリカに進出するし、優勝するには、その一線を超える行動を要する。

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それまであったゆる〜い雰囲気はどんどん姿を消し始める。

怪我を負い、踊れなくなった広瀬すず。チームのために出来ることはないかと、練習で部長に怒られる部員に声をかける励まし役に回る。いかにも、純粋な高校生がしそうな行動だ。が、そんな広瀬すずに地獄先生は一言。「あんたのその感じがチームを油断させんのよ!あと、可愛すぎる。あたしより若くてかわいい子はなるべくいなくなれ!目の前から失せろ!」(ここまで言ってたかは定かではない)

アメリカ進出を目前にしたチームはこんな風に熾烈化していき、部員自ら身を削り、ボロボロになりながらも全米制覇という頂きをひたすら目指す。その姿がとにかく辛い。

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さきまでの和気あいあいとしたムードはどこ行ったんだ!???

 

青春時代の部活動を思い出そう。

楽しい練習。仲良い仲間。ふざけながらの下校。くだらない会話をかわしながらの買い食い。最高!イェ〜イ!と思っているが、そこに「勝利」というゴールを設定し、「執念」という1字を投げるととてつもない炎を燃え上がらせ、それまでのユルさは姿を消す。

皆が本音を吐き出し、ぶつかり合いながら、勝つためにここまでする必要があるのか?と葛藤する。

映画を観て「ユルい青春」というぬるま湯に浸かっていたら、突然上から熱湯をぶっかけられハッとする。

 

そうだ、青春ってこんな感じの地獄だった!

 

筆者はこの地獄に身を投じた時もあれば逃げ出し、安全圏での青春を勝手に謳歌していた時期もあるので、よくわかる。

この地獄は浸る者の内側にある余計なプライドをポッキリ折り伏せてくれる。

仲間より劣ってる事実を突きつけられ折れ、仲間に弱味を見せることで折れ、積み重なる敗北によって折れていくあの時代。

そんな感覚がフラッシュバックした時、不覚にも涙が止まらなかった。

しかも、この映画は当時夢見たいた私たちに「その夢の先」とその「裏」を見せてくれる。

とくにこの「裏」を見てしまった時……そうだったんだ!あの時も!あれの時も!あそこでは…あぁぁあぁぁ!!!!

 

……もう涙腺ぶっ壊れてしまう。

 

あー。1人で見てよかった。あんなボロ泣き他人に見せれない。

あの青春時代にもっと地獄に浸っておけば、こんな余計なプライドすでになかったのかも

怪獣映画のここが好きだった!〜『シン・ゴジラ』再見で気づいたアガるポイント!それは、大人達を無視するゴジラ!〜

『シン・ゴジラ』をもう1度、観たんだけどぼくがゴジラ映画の好きなところに気づいてしまった!

どこで気づいたかと言うと、それはゴジラが変態を遂げて、鎌倉に再上陸する場面。

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はじめに蒲田に上陸した時はただのキモい生命体だったのに、今度はこんなにイカついやつが来たことにより、テンパる大人たち。

「なんだ。こいつは…。最初より体長が二倍以上あるぞ…?」

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そんなうろたえる大人を無視してゴジラは前進!前進!

会議室でモニターを見守る官僚が一言。

 

「なんで、またこっちに来るんだ…!?」

そんな問いに答える訳もなく、前進!前進!破壊!破壊!

 

ココ!この赤いところ!!!こういう場面がたまらなく好き。

この台詞の「こっち」というのは作品によっては「東京」という具体的な地名と差し代わってたりします。大人たちが脅威であるゴジラに対して、なぜなの!?どうしてたの!?なぜまたこっちに来ちゃう訳?!という嘆きの台詞です。

 

では、どんな条件が揃うとアガるのか整理していきます。

 

①その会議の規模がデカければデカいほどイイ♡

②この台詞を発言するのは地位が高い権力者じゃなきゃダメ♡

③この台詞の直後は絶対、進行するゴジラシーン♡

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デカイ会議ゴジラ対策を話し合っているような場所で「大人の弱音」はタブーである!

未曾有の危機を乗り越えるための中枢となる会議の場で、士気が下がるような言動はアウト!そんな状況だとは皆がわかっているはずなのに、ゴジラの強さに慄いて不安と苛立ちが爆発してしまう!「なんでまたこっちに来るんだ!」

だから、デカイ会議であればあるほどゴジラの強さが強調されるのです!

また、この発言をするまで大人たち自分たちの所有する兵器を過大評価している。まぁなんとかなるっしょ。しかし、自分たちの知恵の結晶でさえもゴジラには歯が立たない!だからこそこの台詞を放つのは偉い地位の人のほうが際立ちます。

そこらへんにいるおっちゃんがテレビを見て「なんでまたこっちに来るんだ!」って言ってても…いやいや、おまえが独り言でそんなん言っててもなんの意味もないんだから早く逃げろ!ってなっちゃう。しかし、ゴジラ対策の指揮をとる官僚がこんなにうろたえていれば、ああ。もうこの人たちでさえ対処できないならもう終わりだ……という絶望感が溢れ出るのです。

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そして、この台詞のあとはなるべく早く無視して前進するゴジラシーンを入れて欲しい!(なるべく建物を破壊してる方が効果的)

狼狽えた大人たちの「なぜ!?」という絶望的な問いかけをゴジラは無視して、前に進み、破壊を続ける。

つまり、当たり前ですけど、ゴジラはコミュニュケーションが通用しない相手であるということを明確に示してくれるシーンとなる訳です。

できれば……!!ここで、伊福部昭さんの曲だとなおあがりますね!シンゴジは完全にそうだったので最高です。

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この3つの全ての条件を満たし、レベルがあがればあがるほどアガる。

シンゴジ観ながら、ニヤニヤしてしまいました。

 

なぜこのコンボが好きかと端的に言えば、なんでも出来るしわかったつもりなった大人がゴジラという脅威に翻弄されていることを象徴するシーンだから!

ゴジラは人間の傲慢さや過信をすべてぶち壊してくれる超想定外の脅威です。なぜかこの脅威に観客は熱狂します。ゴジラが街で暴れれば暴れるほど心の底で、そうだ!いけいけ!全部を壊せ!って思ってしまう。

ゴジラはぼくらの破壊衝動を代わりに発散してくれる神なのかもしれません。

俺らの上に立ってる邪魔な大人たちの常識や問いかけを全部無視して、すべてブチ壊してくれ!と。

あれ?そう思ってるのはぼくだけ?

新作映画『レゴバットマン ザ・ムービー』感想文 〜暗い。重い。真面目。のバットマンに風穴を開けた傑作!〜

『レゴバットマン ザ・ムービー』

【あらすじと解説】(映画.com)

ブロック玩具の「レゴ」を題材に描いた大ヒット3Dアニメ「LEGO(R) ムービー」に登場したバットマンを主人公に描くアドベンチャーアニメ。寂しがり屋のくせに強がる面倒くさいヒーロー、バットマン。そんな彼のもとに、バットマンに憧れるロビンこと少年ディックがやってくる。ロビンのせいでペースを乱されるバットマンだったが、さらにそこへ、宿敵ジョーカーが宇宙に閉じ込められていた悪者たちを脱走させ、ゴッサムシティを混乱に陥れる事態が発生。街のピンチを救うため、凸凹コンビのバットマン&ロビンは立ち上がるのだが……。前作「レゴ(R) ムービー」に引き続きウィル・アーネットがバットマンの声優を務め、宿敵ジョーカー役はザック・ガリフィアナキス、相棒ロビン役はマイケル・セラ、バッドガール役はロザリオ・ドーソン、執事アルフレッド役はレイフ・ファインズがそれぞれ担当。前作でアニメーション共同監督を務めたクリス・マッケイが監督。

 

 

暗い。重い。真面目。

アメコミヒーロー・バットマンに対してこの三拍子揃ったイメージを定着させたのはクリストファー・ノーラン版『ダークナイト』三部作だ。

78年前にアメコミで生み出され、TVシリーズやティム・バートンが始めた映画『バットマン』のイメージは若い世代にとっては薄まり、原作の持つ暗さを引っ張り出したノーラン版バットマンはあらゆる映画に影響を及ぼしたし、ぼく自身も高校生の時に衝撃を受けた。

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第2作目にあたる『ダークナイト』は故ヒース・レジャー演じるジョーカー。結論を出さないグレーな終わり方の。正義のあり方に苦悶する主人公バットマンのラストのしびれるカッコよさ。にぼく自身しびれた。かっくぃぃぃぃぃい!今観ても大傑作だ。

しかし、問題はその続編にあたる『ダークナイト ライジング』

ジョーカーとの戦いで悩みまくったバットマンは守るべき街ゴッサムシティに姿を現さず、8年家に引きこもっていた。というところからお話はスタートする。

 

は、は、は……8年!???

 

前作のラストには痺れたものの、あまりにも長くふてくされているバットマンにイライラした。結局、最終章となるライジングのラストでもバットマンはスッキリしない。持ち前のメンヘラを大爆発させ、悲劇のヒーローを演じたまま。彼はゴッサムを去り、現実逃避をする終わり方になっている。

1作目の『バットマン ビギンズ』でのちにバットマンとなるブルース・ウェイン少年は目の前で両親を強盗に殺されるというトラウマを背負う。本編中、彼の父が息子に語りかけた「人はなぜ堕ちるかわかるか?這い上がるためだ」という遺言であり名言が度々フラッシュバックされるのだが、結局ウェインことバットマンは暗い穴に堕ちたまま這い上がることができなかった。彼は暗い穴に堕ちたままだ。

 

オイ!!お前の人生はそれでいいのかっ!?

両親にその姿を見せれるのか!!

 

そんなバットマンによるフラストレーションをぼくは感じたまま、ノーラン監督はリメイク版のスーパーマンをプロデュースし、バットマンと同じく「ひたすら悩むヒーロー」を赤いマントの彼にも投影させてしまった。そのシリーズで登場するバットマンももちろん暗い。重い。真面目。その上、面倒くさいという歪んだ性格の味付けまでされてしまって、もうコテコテで見るに堪えない。

 

そんな中に現れた本作『レゴバットマン ザ・ムービー』がメンヘラ バットマンに風穴を開けてくれた!!

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常に単独行動。一匹狼。頼る友はおらず、豪邸に帰って「ただいま」を放ってもだだっ広い屋敷に谺すのみ。

1人でディナーをレンジでチンして食べ、恋愛映画を1人で鑑賞。

壁にかけられた両親と3人で撮った写真をぼーっと見つめてしまうが、即我に帰り

「いかん!いかん!一生、1人で生きると決めたのだ!」

そんなバットマンに語りかける執事アルフレッド。

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「あなたは家族を持つことを恐れています」

そうなのだ!彼は犯罪者に立ち向かえても自分自身と戦うことはできなかった!

そんなバットマンもゴッサム警察の新本部長・バーバラに恋をしてしまう。が、もちろんバットマンは童貞なので、恋のアプローチはうまくいかず思春期少年みたいにドギマギする。(ていうか、そもそもマスクを被って夜な夜な活動している時点でゆがんだド変態だし、人付き合いがうまくいくわけがない)

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子供の頃から育ててくれた執事にひどいことを言い放ってしまうウェイン。ひょんなことからロビンという孤児を養子にもらうことになってしまい手を焼きながらも「父」として成長していくウェイン。「お互い必要だ」と思い込んでいたある友人?を傷つけてしまい、復讐されてしまうウェイン。そして、ずっと強がってたけど、映画の後半で限界を迎えてついに本音を話すウェイン……

 

「また誰かを失うことが怖い」

 

それだ!!君の本音が聞きたかったんだ!!

そういう人間らしいところが見たかったんだ!!

 

つまり、本作は…ノーラン版バットマンをレゴブロックという世界で再現し、コテンパンに打ちのめすという誰もが観たかった人間らしく成長するバットマン!

この「レゴブロックで再現する」という視点も秀逸だ。これを実写でやってしまったら、ただのダークナイト批判をするうちわのコメディになってしまっただろうし、生身の人間が演じるメンヘラを誇張したバットマンを観たら嫌気がさして、二度とバットマンをヒーローとして見れなくなる。マジでトラウマレベルだ。それこそ重苦しいものになっていたに違いない。

だが、レゴによるポップ化でバットマンが愛おしく見える。

マジかわゆい♡不完全であるレゴバットマンが可愛くて仕方ない。

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話はそれるが、本作はレゴムービーシリーズの2作目にあたる。

勘違いしてほしくないのは、このシリーズは単なる「擬人化されたレゴブロック」ではない。レゴに魂が宿ったわけでなく、すべてがレゴで成立している世界。例えば、バットマンたちが瓦礫と一緒に落下する場面。この瓦礫もレゴだから、この瓦礫を組み合わせてロボットを作り、ピンチを切り抜ける。なんて創造的な世界だ!

クライマックスのある展開はレゴならではであり、単にレゴに喋らせたら可愛いよね〜という安易なことはしていない。

世界がレゴである意味があるのだ。

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バットマンはレゴによって深くて暗い穴から助け出された。

映画のラストで流れるマイケル・ジャクソンの名曲『Man In The Mirror』に込められたメッセージを彼は生まれて78年経ってようやく手に入れた。

それは「世界を変えるには、自分を変える」というシンプルでステキな哲学だった。

 

 

新作映画『キングコング 髑髏島の巨神』感想文 〜コング VS サミュエルの顔面!怪獣版アベンジャーズはもうすぐだ!〜

『キングコング 髑髏島の巨神』

1933年に製作された特撮映画の古典「キング・コング」を筆頭に、これまでにも数々の映画で描かれてきたモンスターの王者キングコングの起源を、コングの故郷である髑髏(どくろ)島を舞台に描いたアドベンチャーアクション大作。神話の中だけの存在とされてきた髑髏島が実在することが判明し、未知の生物の探索を目的とする調査遠征隊が派遣される。島内に足を踏み入れた隊員たちは、あちこちに散らばる骸骨や、岩壁に残された巨大な手跡を発見する。やがて彼らの前に、神なる存在である巨大なコングが出現。隊員たちは為す術もなく、凶暴な巨大生物から逃げ惑うが……。「マイティ・ソー」シリーズのトム・ヒドルストンが調査遠征隊の隊長コンラッド役で主演を務め、「ルーム」のブリー・ラーソン、サミュエル・L・ジャクソン、ジョン・C・ライリーらが共演する。(映画.com)

 

怪獣

 

こんなにロマン溢れる言葉が他にありますか。いや、ないでしょう!

謎めいていて、神秘的。かつダイナミックでケレン味あふれた勇気をくれる言葉……

 

1991年に生まれた筆者は映画館で平成ゴジラ平成ガメラがスクリーンで暴れまわっていた日本最後の特撮黄金時代に直撃した世代。

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「命のリレー」を裏テーマとし、話を連動させたシリーズである「平成ゴジラ」ゴジラや怪獣たちのデザインもピカイチで伊福部昭のおなじみの音楽も世界観の強力な味方につけた傑作シリーズ!

そんなゴジラブームの後を追うように、「平成ガメラ」脚本家・伊藤和典による徹底したリアル志向の世界観の中で特技監督・樋口真嗣のカッチョ良すぎるセンスが抜群に冴えまくり、さらには金子修介監督の演出バランスによるとんでもない熱いシリーズ!

 

そんな怪獣映画も斜陽を迎え、ガメラが3で完結した後もゴジラシリーズは続いていましたが、終盤ではハム太郎との抱き合わせ上映となり、興行もふるわず2004年の大問題作『ゴジラ FINAL WARS』で終了。

昨年、12年ぶりに我が国で作られた『シン・ゴジラ』はとんでもない傑作で、最終的には怪獣映画では初となる日本アカデミー賞を受賞するにまで至りましたが、作品内のお祭り感はなく今後シリーズ化するのかもわからないし、簡単に続編を構想できるような作品でもありませんでした。

 

そんな中でのアメリカが『キングコング 髑髏島の巨神』を日本に放ったわけです!

 

本作は2014年に公開されたレジェンダリー・ピクチャーズによる『ゴジラ』(通称・レジェゴジ)と同一の世界観で製作されたアメリカ産の怪獣映画

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え?なに?同一の世界観だって!?

そう。時系列は違えど、続編にあたる本作はお祭り映画『アベンジャーズ』状態!アベンジャーズはヒーローが集まるわけですけど、こっちは怪獣の大集合!え?…え??…か、か…怪獣の大集合?!

しかも、2020年にはキングコングvsゴジラが企画されているそうで……え?VSモノ?! 

聞くだけでイキそうですよね!

こ、こ、こ、これは、これは、これは……!とソワソワしながら新宿のTOHOシネマズ 4DXに南太平洋に浮かぶ未確認の島!髑髏島に行ってきました!!!

 

冒頭は1944年 太平洋戦争の終盤。謎の島に墜落した日本兵と米兵は「ニホン大好きだろ!」とすぐ監督の性癖がわかる戦い方を見せてくれます!そんな2人の眼の前に現れたのは……!?

時は流れて1973年。泥沼化したベトナム戦争からアメリカ軍は撤退。多くの部下を失い怒りをぶつける場所さえなくムラムラ状態のサミュエル・L・ジャクソン演じるコング…ではなく、プレストン・パッカード大佐。

大佐はベトナムから帰還しようとしていたところに電話が入り、髑髏島の調査任務を受けるわけですが、本作でキングコングに唯一対抗できていた人類側の武器はサミュエルの顔面だけです。

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これマジで。

彼のスクリーンを支配するどアップの顔面に3Dメガネは不要です。十分、飛び出してます。

サミュエルじゃなかったらコングを「敵だ!倒すぞ!」なんて言えない。サミュエルだから許される。

この映画はキングコングVSサミュエルなのだ!

 

このサミュエル御一行と共にするのが政府が設立した謎の秘密組織・モナークのメンバー。53ab4319111733.562d523011de6

モナークは謎の生物を追う機関で、本編でも出てきますが40年代に未確認巨大生物に対して、原子爆弾を用いた攻撃を行っています。この巨大生物がゴジラなわけ!この攻撃の影響を受け、以上進化したゴジラはのちの2016年になって地上に姿を現わすわけです。ちなみに、後にこのモナークに所属するのが我らのケンワタナベです。

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繋がってきましたね〜!!!ワクワクワクワク!

 

衛星写真によって判明した南太平洋に浮かぶ謎の島・髑髏島。冷戦中であった当時、ソ連よりも先に手柄が欲しいアメリカはモナークに米兵の護衛をつけて調査をさせに行くのです。

このリアリティラインも絶妙です。70年代後半だから謎の島という設定が通じて冒険活劇というジャンルにできたし、冷戦下ゆえに調査をしにいくというのも。実際にあった歴史の事実とフィクションの織り交ぜ方が面白いですよね。

 

さて、島にヘリで上陸した調査団。地層を調べるためにヘリから爆弾を投下し、森林が燃え盛ります。ベトナムでの惨敗の鬱憤を晴らすかのようにニヤけてドヤ顔する米兵たち。もう邪魔者はいない。ベトナムで自分たちを恐怖に陥れた現地の兵士ベトコンも相手国の軍事支援による脅威も今はいない。なぜなら、ここはただ南の島だから………と思った次の瞬間!

 

木製ミサイルがドーーーーーーン!!!!

コングが登場!!!

ヘリをぐちゃり!ぐっちゃり!ガッシャーーーーーン!!!!

 

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何だ、コイツーーーーーー!!!!!????

 

ここからはもう解説不要。

弱肉強食・食物連鎖の世界で、最下層となった人間どもが島のあらゆる化け物たちに食われたり、殺されたりします。

ただし、メインはそこではなく、コングVS化け物のデスマッチ!!!

 

かつてのオリジナル版にはあったラブロマンスなど生ぬるいものは一切削ぎ落とされ怪獣同士のアクションに次ぐアクション!怪獣が主役の大傑作なのです!

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1933年『キングコング』のように人類の文明によって殲滅される怪物・コングはもう存在しない!ここにいるのは、人間の力じゃ決して倒れない「怪獣・コング」!!!

ちなみに、このコングは「成長期」であり、2020年のVSゴジラではおそらくもっと巨大で強大な存在になり、ゴジラととんでもないどつき合いをしてくれることは間違いなし!

また2019年公開予定『ゴジラ』の続編『GODZILA  King of Monster』の内容を彷彿とさせるエンドクレジット後のあるシークエンス………

これを観て私は果てました!!!はい!!!

 

このロマンは子供のころだけで終わったと思ってたけど…まだまだイイ夢を見させてくれそうです!

ありがとう!!!レジェンダリー!!!

 

アベンジャーズはもうわけわからん本数作られてますが、怪獣アベンジャーズはまだ間に合う!

劇場に急げ!