新作映画『サバイバルファミリー』感想文 〜ゾンビよりもゴジラよりも停電が一番怖い!〜

『サバイバルファミリー』

「ウォーターボーイズ」「ハッピーフライト」の矢口史靖監督が、原因不明の電気消滅によって廃墟寸前となった東京から脱出した一家の奮闘をコミカルに描いたサバイバルドラマ。東京で暮らすごく平凡な一家、鈴木家。当たり前のように電化製品に囲まれた生活を送っていたある日、電気を必要とするあらゆるものがなぜか使えなくなり、東京は大混乱に陥ってしまう。交通機関や電話、ガス、水道まで完全にストップした生活に人々が困り果てる中、鈴木家の亭主関白な父・義之は、家族を連れて東京を脱出することを決意するが……。ベテラン俳優の小日向文世が父親役で主演を務め、母親役を深津絵里、息子役を「秘密 THE TOP SECRET」の泉澤祐希、娘役を「くちびるに歌を」の葵わかながそれぞれ演じる。(映画.com)

 

もしも東京で大停電が起きたら!?

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昨年の日本映画界において、この「もしも」という書き出しの傑作が2本ありました。

 

「もしも」この日本でゾンビの感染パニックが起きたら‼︎?を描いた『アイアムアヒーロー』

「もしも」ゴジラが日本に上陸したら‼︎?を描いた『シン・ゴジラ』

 

どちらの作品もその状況を本格的にシュミレーションし、リアリズムに徹し抜いた傑作でした。

もちろん、ゾンビも怪獣もその存在はフィクションではりますが、この存在以外のリアリズムを徹底することで、観客は面白みに加えて「恐怖」を感じてより一層スリリングな体験をすることができます。

本作『サバイバルファミリー』も「もしも」を追求したシュミレーションとしての傑作!

上記で挙げた2本の映画において人間が遭遇する脅威はあくまで「フィクション」でした。ゾンビもゴジラも架空の脅威。しかし、本作の脅威は「大停電」というリアル。震災直後の機能しなくなった都市を体感した我々にとってはよりリアルなわけです。

ド派手なシーンはありません。ある日、電化製品が全て使えなくなり、生きるために鹿児島を目指すロードムービーです。外側だけ見ても地味な映画だし、中身を見ても一番のアクションは豚と戦うところくらい。静かに死が歩み寄ってくる……。

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つまり…ゾンビに襲われるよりも

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ゴジラに踏みつぶされるよりも

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当たり前のものが消える大停電の方が怖いのです!!

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映画冒頭から大都会がドーンと映り、家庭の生活音、ヘッドホン、スマホ。会社で鳴り響く電話などなど。僕らが日常で感じる「生活音」のオンパレード。しかし、翌朝になると全く音がしない。電化製品が全部使えないわけですから。音楽を入れない演出も相まって、この「音がない」ことがもうまず怖い。

主人公の小日向パパも事態を楽観的に捉えているわけですが、隣人の様子や会社の同僚の様子を見て不安に襲われそうはいかなくなってくる。やがて、深津ママの実家である鹿児島へ向かおうとなるわけですが、その道中で出会う人々の挙動も怖い。犯罪や暴動が起きるわけではなく、当たり前のことを奪われた人間がゆっくりと生を奪われていく様子が静かで怖い。直接的に死は描かない。じわじわじわじわ…と蝕まれていくんです。

タッチはコメディで笑えるところたくさんあるんですけど、映画全体に漂うのは死の空気感。サバイバルに一番向いていない鈴木一家が主人公ですから、「俺についてくれば大丈夫だ!」とかイキがってる小日向パパがヘマをしまくってるのを見てると…「あ。この家族やばい。いつ死んでもおかしくない」と不安にさせるんです。それでもふんわりとした雰囲気を維持できてるのは深津ママのおかげだとも思います。

だから、ゲラゲラ笑いつつもずーーーっと不安。

わ…簡単なことで死んじゃうよ、この家族…!いつどうなってもおかしくないよ…!って祈るような気持ちで画面に釘付けになってしまいます。

 

また、この状況を再現するために東名高速を封鎖しての撮影がお見事です!どうやらいろんなタイミングが重なって撮影が可能になったらしく、今後は無理だと監督が断言している奇跡のロケーションでございます。ここがCGだったら、シュミレートの再現の甘さとして露呈してしまうので、映画全体のクオリティに関わったと思います。

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本作は、安易な文明批判的な映画でもありません。「人間は文明に頼りすぎていて、それによって神様から天罰が下ったのだ!」みたいな説教の籠った映画だったら不快ですけど、そんなことありません。この映画で一番、スカッとくる気持ちいいシーンが家族の危機を助けてくれる場面なんですが、あそこは文明の結晶ですよね。あそこエモーションあげあげですよね。うぉおおお!きたああああ!すげぇえええ!っていう。

電気が使えなくなったらどうなるか?という監督の好奇心から生まれた映画であって、停電を通じて家族は「生の喜び」を実感する。つまり、家族の成長を描いた作品に仕上がっています。

 

筆者が観たタイミングが遅かったので、もう公開館数が限られてきていますが、是非駆け込んでください!

ただ、監督の過去作とは全く違った異質な映画なので、シンクロとかジャズとかそういう楽しさを求めないように……。

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新作映画『モアナと伝説の海』 感想文 〜三代目ニュー・ディズニー・プリンセス・シリーズ(勝手に命名)〜

※映画の内容、結末に触れています。

 

『モアナと伝説の海』

「アナと雪の女王」や「ズートピア」など、ヒット作を連発するディズニー・アニメーション・スタジオが、南の島と大海原を舞台に描いた長編アニメーション。「リトル・マーメイド」「アラジン」のロン・クレメンツ&ジョン・マスカーが監督を務め、海を愛する美しい少女モアナが、島の危機を救うために冒険を繰り広げる。かつて世界を生んだ命の女神テ・フィティの心が、伝説の英雄と言われたマウイによって盗まれ、世界に闇が生まれた。それから1000年にわたり、モアナの生まれ育った島モトゥヌイでは、外洋に出ることが禁じられていた。そんなある時、島で作物や魚たちに異変が発生。海の不思議な力に選ばれた少女モアナは、いまもどこかで生きているマウイを探し出し、テ・フィティの心を元あった場所に戻すことができれば世界を救えると知り、父親の反対を押し切り大海原に旅立つ。短編「インナー・ワーキング」が同時上映。【映画.comより】

 

ディズニープリンセスというかつて生み出した概念をディズニー自身がぶち壊しています!!!

そう!これは三代目ニュー・ディズニー・プリンセス・シリーズ(勝手に命名)なのです!

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ディズニー映画の可憐なるお姫様。

それを救い出す白馬に乗った王子様。

王子が姫にキスをして目覚めさせたり、ドラゴンと戦ったり、呪いを解いたり……。もはや古典と言ってもいい王道ストーリーを世に確立してきた。悪いやつがやってきて呪いをかけられて、王子ポジションのキャラが救ってくれる!!!物語上の役割で言えば女性はわりかし受け身。

「女の子らしさとはこうなのよ〜〜〜〜」と世界中にビビデバビデブ魔法をかけてしまったのがディズニーですよね。

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しかし、最近のディズニーは自ら世界中にかけた「女性らしさ」という魔法をぶち壊し始めている!!!女性が活躍する時代となり、過去に提示したメッセージ性をガラッと変えて再提示する。こういうお仕事をしてらっしゃるんすね。

ラプンツェルやアナ雪が完全にそれです。だから、観た人は予定調和でない面白さを感じているんじゃないでしょうか?

 

じゃあ、本作はどんなだったかってことを踏まえて書き殴っていきます。

 

主人公モアナととなる半神マウイ!!

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かつてマウイが盗んでしまった女神の「心」という名の緑の石をめぐる物語で、この2人のバディームービーでもあります。

モアナは「サンゴ礁より向こうの海に出てはいけない」というタブーがある島の出身なんですが、海に選ばれたことによってその掟を破って冒険へ出ます。

島のみんなが「海コワイ。海コワイ」状態の中で、祖母は「いきんさい。いきんさい」と背中を押してくれる。

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『ミス・ペレグリン』もそうでしたけど、このグランパ・グランマと孫の絆って心の琴線に触れますよね〜。これってあるでしょ?父、母超えて祖父、祖母と1本で結ばれた独特の絆って。この手の類は涙腺を刺激しますね。

モアナは選ばれし者とは言いつつも船の扱い方がわからないから、悪戦苦闘。活発だけど未熟な女の子。(ちなみに、聴き間違えでなければ劇中で8歳と言われいて、「かわいいなぁ」と思ってた自分に罪を感じました)途中で出会ったマウイ

「女王様は女王様らしく、島に帰れよ!」

とディスられちゃうわけです。

これって世の中の偏見を丸々セリフに出してる気しますよね。つまり、女性は家事育児を家でおとなしくやってなさいってことですよね。モアナはもちろん反発してめげずにグイグイいくわけです。モアナは待つことはしてない。走って、中に飛び込んで行って、戦って、もうアクションしまくりなわけです。

 

この対になってるのが半神マウイ

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彼ももともと人間だったんですが、神に選ばれ姿を自在に変えることのできる神の「釣り針」を承ることで半神となったキャラクター。「選ばれし者」というモアナと同じ境遇なんですね。

マウイの面白いのが、今まであった人生の物語が自然と体に「刺青」となって刻まれる。しかも、この刺青は生きていて、動くわけです。

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本編内でこの刺青とマウイがやり取りをするわけなんですが、これって『アラジン』のジーニーを踏襲してると思うんです。

だけど、刺青はジーニーほどの力はない。マウイといろいろコミュニケーションを取ることはできるけど、身体の外には出れないんです。ジーニーと比べると刺青はとんでもなく非力です。

対するモアナは海が味方。ジーニーと魔法のじゅうたんを組み合わせたみたいな超つえぇ力なんです。男性マウイに非力な刺青を味方につけ、女性モアナには強力な海を味方につける。過去に生み出した『アラジン』のジーニーを彷彿とさせることで、あえての対比構造を作り、主人公が男性から女性に移行していることを見事に表していますよね。

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そして、もっとも印象的だったのはマウイが持つ最大の武器である神の釣り針!

これによってマウイは自在に姿を変えれるし、戦闘力も高いわけですが、この釣り針がうまく使いこなせなくなったり、終盤で傷が入ると同時にマウイの心はポッキリ折れるわけです。釣り針の力を過信している時は調子がいいのに、やられちゃうとネガティブになる…。

つまり、この神から与えられた釣り針はマウイにとって男性器なんです!

 

いや、いや。まじで言ってます。

 

象徴的な意味での「男性器」ですよ、これ。

つまり、この釣り針は彼のアイデンティティーであり、誇りであり、男マウイとしての象徴なんです!男ってこういうものが折れると、とてつもなく凹む生き物じゃないですか???いろんな意見があると思いますが、僕は男ってそういうもんだと思ってます。女性の方がこういう時、強い。男の方がナイーブだったりするんです。

だから、マウイの釣り針が傷つくことで凹む様子……すんごいわかっちゃうなぁ。わかる!わかる!

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このように主人公の2人を通じて、「女性らしさ」と「男性らしさ」を再提示してくれています。

もちろんですが、上記のような男女観が全員に当てはまり、正しいと言っているわけではありません。過去に築き上げてきた作品よりも男女のキャラクターの描き方の幅が広がってきているということです。過去に描いた女性らしさ男らしさが悪いとかそういうことではありません。

 

長々と、男女の描き方の再提示の話をしてきましたが、本作は勧善懲悪モノではないという点にも注目できます。

大胆に言えば、悪者が登場しません。この映画。

ラストは悪者だと思っていたラスボスも「心を無くしたアレ」だったわけで、倒すのではなく、救う戦いにシフトしていくんです悪人を殺せば世の中が変わるという考えではなく、相手を救うことで世界を変えていく。

また、主人公が生まれ故郷に平和を取り戻すだけでなく、祖先からあった本能を呼び覚まし、新しい価値を創造して前に進む終わり方もイイですよね〜。

 

こんなんいろいろ書いてますが、もちろんこむずかしい話ではございません!日本版チラシのイメージとは全く違うスペクタクル超大作に仕上がっているので、絶対楽しめます!海や踊りの表現は豊かで新鮮だし、ミュージカルであることに作品内でツッコミもちゃんと入れてて笑えます。

特筆したいのが、目がイっちゃってる鶏・ヘイヘイに関してはディズニー史上1位といってもいいくらいぶっ飛んでるキャラクターで笑いが止まりませんでした。彼のスピンオフか短編を期待します。

 

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新作映画『哭声 コクソン』感想文 〜かわいいダメ親父が國村隼によってねじ曲っていくとんでも映画ここに誕生!〜

 

若干、内容に触れていますので、観る予定の方は今すぐ閉じて!

 

『哭声 コクソン』

 

「チェイサー」「哀しき獣」のナ・ホンジン監督によるサスペンススリラー。平和なある村にやってきた、得体の知れないよそ者の男。男が何の目的でこの村に来たのかは誰も知らない。村じゅうに男に関する噂が広がる中、村人が自身の家族を虐殺する事件が多発する。殺人を犯した村人に共通していたのが、湿疹でただれた肌に、濁った眼をして、言葉を発することもできない状態で現場にいることだった。この事件を担当する村の警官ジョングは、自分の娘に殺人犯たちと同じ湿疹があることに気付く。娘を救うためにジョングがよそ者を追い詰めるが、ジョングの行動により村は混乱の渦が巻き起こってしまう。警官ジョング役にドラマや映画の名脇役として知られ、本作が初主演となるクァク・ドウォン。國村隼がよそ者の男を演じ、韓国の映画賞・第37回青龍映画賞で外国人俳優として初受賞となる男優助演賞と人気スター賞のダブル受賞を果たした。

 

主人公とその周辺の環境(特に家族)のおっとりとした生活スタイルに油断させられる。

冒頭、田舎で普段絶対に起きない殺人事件が発生。警察官である主人公ジュングはその連絡を聞き、家を出ようとするが母に呼び止められる。

 

「ちょっと、あんた。ご飯だけでも食べてきません」

「なに言ってるんだよ。人が死んだんだぞ。急がなきゃ」

「少しでもいいから食べていきなさい」

「ダメだって〜。時間ないんだよ」

 

誰もが思い当たる実家での母親との会話をしたと思えば、次のカットでは妻、娘、母とテーブルを囲って朝食を食べているジュングという思わず笑ってしまう映画のスタート。

 

…超かわいいんです、このお父さん♡

 

そのあと、あらゆる場所で一家の不審死が続くが、ジュングはそのままだし、あらゆるシーンで笑ってしまう。実際に劇場でも大爆笑の連続!

ここからわかる通り、今回の主人公は警察ではあるが「殺人の起きない田舎町」というぬるま湯に浸かっていたこともあり性格もヌルい。

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こんなノホホンとした主人公が事件を解決できるわけがない。「警察」という役柄ではあるが、極めて一般人と言っていいほどのポテンシャル。

 

ある日、村で続く不審死の原因が滞在している日本人(國村隼)のせいではないかと、噂が流れ始める。ある人は國村が山中で鹿のナマ肉を食べているとことを目撃し、ある人は國村が村の女を犯したと噂をする。次第に、ジュングの夢にも國村が現れ始める……。

ここでの國村噂描写はすべて単純であり、ある意味ではちゃっちい。都市伝説のような描かれ方をしているために本当に起きた出来事のように見えない。映画前半の國村登場シーンはすべてこのタッチ。つまり、謎の日本人に対してのイメージはすべて誰かの「噂」を通じているものであり、イコール「真実」とは異なる。⇦ココがこの映画のミソとなる!

この時点で観客はジュングと共に、容疑者を謎の日本人・國村隼のみに絞る。

本当に彼なのか?では、一体なぜ?そして、どうやって…?

 

ちなみに、今回の國村隼さん。あらゆる怖い演技をしていますが、一番怖かったのは「無言でシカト」のシーン。家を荒らされても「無」犬を殺されても「無」 何をされても「無」

この「無」こえ〜〜〜〜〜!!!

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自身の娘にも村の死人と同じ症状が現れ始めたことによってジュングにも余裕がなくなり変貌していく。「愛する娘をどうやったら救えるのか!??」この憤りをどこにぶつければいいのか…。彼の矛先は容疑者である謎の日本人に向けられ、事態はとんでもない方向に転がっていく。

映画のはじめは笑っていたはずなのに、ふと気づけば頭と心をグラングラン揺らされて、我々観客も徐々にダメージを食らい、もうぐっちゃぐちゃ!

 

筆者にとって國村さんの怪演よりも、ジュングの強烈な変貌が一番恐ろしかった。

最初はのほほんと家族と共に暮らしていた彼が「不安」と「疑い」によって娘のためなら何でもしでかす存在になっていく。半人前だった父が、逆境によってねじまがっていくのだ。

 

本作は最後の最後。ギリギリまで真相が明かされない映画だが、ミステリーだと思わせて実はそうではない。中盤に登場する金をせびる胡散臭い祈祷師あたりから観客の推理する権利は手元から離れ、訳わかんなくなる!!!クライマックスではその振り回され方がピークに達し、限界よろしく状態で映画は幕を下ろす。

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映画を観ていると、「村」という閉鎖的な空間で呪いによる死が繰り広げられていく様は『八つ墓村』を連想させ、祈祷師のくだりなどは『エクソシスト』などの悪魔払いかと思わせ、とあるシーンでは流行りのゾンビ映画かと思いきや、結局どの映画にも当てはまらない。

「このシーンに○○のオマージュが入っている〜!」「あのシーンは○○の影響を受けている!」とマニアの間で騒がれる事が多くなりすぎた最近のハリウッド映画のようにはいかない。

つまり、本作『哭声 コクソン』は映画においての「引用先」がわからない。過去にあった映画の何にも当てはまらない作品にしあがっていて、羨ましすぎる。こんなに既視感の少ない不思議な映画を観れるなんて今の韓国映画が相変わらずイキイキとしている!!

 

日本人として登場する國村隼さんのふんどし姿、ナマ肉食事シーン、ハイテンションの祈祷シーン、そして何と言ってもラストのあれ……とにかく必見。ぜひ。

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國村隼 助演男優賞受賞!『コクソン』の監督ナ・ホンジン処女作『チェイサー』感想文

『チェイサー』

【解説】(Yahoo!映画)

10か月に21人を殺害した疑いで逮捕された、韓国で“殺人機械”と言われた連続殺人鬼ユ・ヨンチョルの事件をベースにした衝撃のクライム・サスペンス。狂気のシリアルキラーをたった一人で追う元刑事の追走劇が、緊迫感あふれるダイナミックかつハイスピードな展開で描かれる。長編初監督の新鋭ナ・ホンジンのもと、連続殺人鬼役のハ・ジョンウと、元刑事役のキム・ユンソクが圧倒的な演技を披露。事件を追う過程で垣間見える人間の心の闇に戦慄する。

 

これえげつない面白いよ!!

え?観ないけど?みたいな顔しながら「韓国映画?」って言っちゃう君!食わず嫌いはいけません!早死にするぞ!

自分は、この映画を学生時代にレンタルで鑑賞したとき面白すぎて、前のめりになってしまう映画なんです、これ。

サスペンスの神様ヒッチコック曰くサスペンスで重要なのは「客には教えてあげること」です。(というかこの考えはヒッチコック一個人の発言というよりはもう映画界の中で定義になっている話)その意味において、本作『チェイサー』はTHE!!!サスペンス!!!

客には教えるって…???とそんな疑問への答えも含みつつ書きなぐって参りたい。

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さて、どんな映画か!?

 

 

まず、主人公がデリヘルの元締めで元刑事っていう設定。はい!!もう面白い!自分の店のお嬢に逃げられて苛立つ日々を過ごすキム・ユンソク演じる主人公。でも、実は女の子たちは逃げたんじゃないんです。ある男によって殺されていた……。うまいのは、映画の冒頭でその犯行の流れ、手口をお客さんに見せてくれるんです。

「この男、やばいですよ!」と教えてくれる。

ココ!!!ヒッチコックの言うサスペンス!!!

主人公も刑事たちも容疑者がどんなことをしているかを知らない。知ってるのは観客だけ……

映画が始まってすぐある出来事よって主人公は犯人を確保!警察にも連行します。

 

え??もう捕まっちゃうの??犯人も「女を9人殺しました」って!

ちょっと!自供してるじゃん!終わりじゃん!と思っちゃうでしょ??

ほら!そこの君!席立たない!まぁまぁ、座りなさい。ここからですなんです。この映画。ここからが面白くて……!!!

容疑者が自供しているものの女性を殺した証拠がない。殺したあとどうしたかの自供も曖昧…。埋めたとはいってるけど、場所がわからない…。犯人は今までも違う街で捕まってるんですが、証拠不十分で釈放されている経験がある。ヤツは警察をおちょくった常習犯なんです。

逮捕状なしで連行した場合、12時間以内に証拠を見つけて起訴ができないと証拠不十分で釈放になってしまう…。そんな中で犯人から衝撃的な一言が…「女が1人生きている」

うまいですね〜。タイムリミットが設定される!つまり、起訴できないと拉致されている女性は殺されてしまう!しかも、観客には彼女がどこにいて容疑者はどんなことをしたかぜーんぶ教えてくれている。知らないのは警察と主人公!

 

こりゃ前のめりになるでしょ!!??

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捜査がなかなか進まない中で主人公のデリヘル元締めおじさんは元刑事という経験を生かして、独自の捜査を進めます。捜査の途中に拉致されている女性の娘を保護。母子家庭のため止むを得ず娘の面倒を見ながら捜査。走る!走る!走る!!!娘とともに走る中で、腐っていた自分の心が少しずつ変わっていき………さて、どうなる?容疑者は捕まるのか?彼女は無事なのか??ウガアアアアア!気になる〜〜〜〜!!!

 

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実際に起きた事件がベースなんですが、その部分よりも映画としての構造が素晴らしいです。根幹は先ほどの「客に真実を教えること」なんですが。この設定を基準にあらゆる工夫がされていて、その工夫が全部面白さを生み出すことに成功しています。

韓国ならではのノンフレッシュな暴力描写。なんていうかめっちゃ泥臭い。本編の中で顔にうんこを投げるシーンが出てくるんですが、もうなんていうか暴力描写だけじゃなく映画全体がそんな感じなんです。これ悪い意味じゃないです!韓国映画ってそうなんですけど、マネ感が少ない。ほんと韓国のお国柄独自のものが前に出てきている感じがしていて、『チェイサー』に関しては国の宗教観や地理状況とか含めて「韓国でしか撮れない面白さ」がちゃんとこの映画に詰まってる。もちろんハリウッドやいろんなところから学んだ技術は多いんでしょうけど、そのインプットしたものを作り手がちゃんと咀嚼している感じがします。

 

ディカプリオがリメイク権を獲得したとか言って、未だに何も進まない本作の監督はナ・ホンジン。

彼の長編映画第3作目がいよいよ日本で公開されます。こちら。

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あれ???

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國村隼さん!そうなんです!

あっちで助演男優賞とっちゃったという今、絶対みるべき1本な訳ですよ!!僕は公開され次第、速攻行きますよ!!

 

公開までまだ時間があるので、まずは『チェイサー』で脳ミソやられてください!!!