読んだら必ず観たくなる

公開から17年経って続編が出るホラー映画なんて珍しい。

 

1999年に公開された『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』

魔女伝説を追い求めある森に侵入した若者集団全員が行方不明に。後日その森から彼らのものと思われるビデオカメラが発見され中には驚愕と恐怖の映像が残されていた。そのビデオの映像を編集した映画……という偽装ドキュメント。いわゆるモキュメンタリー映画として大ヒットを記録したのが本作です。

はい?何だっけそれ?

というそこのあなた。このフライヤーでピンとくるはず。

133518_01

これだ!!

『最凶絶叫計画』というパロディー映画でやってたでしょ!なんか鼻水がすごい出ちゃうみたいなの!

僕はその印象が強いんですけど、とにかくまずこのビジュアルが強烈にインパクトありますよね〜。このビジュアルについても後で触れていきます。

この作品は低予算ながらに制作されたモキュメンタリーっていうのも特徴なんですけど、当時は主流じゃなかったPOV形式で制作された画期的な映画でした。POVと言いますのは、主観ショットとも呼ばれていまして、本作以降のわかりやすい作品で例えると『グローバー・フィールド HAKAISHA』『パラノーマル・アクティビティー』『クロニクル』『ヴィジット』などがあります。

実際に我々が使っているようなビデオカメラやスマホの映像視点で構築されている。まるで現実かのように映せて自分があたかもその場にいるような擬似体験の要素を強める働きがPOVにはあります。ピントはボケるし、手元はぶれてるし、音は割れるしという臨場感溢れまくる。その効果って、低予算で可能という理由も相まってホラーと相性バッチリなんですよね。

99年の『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』はこのPOVを確立させた作品でもあります。

 

そんな前作から17年経ち…その森で行方不明になった姉貴を探し出すために弟が立ち上がり、再びあの森へ足を踏み込む……というのが、続編にあたる『ブレア・ウィッチ』でございます。

 

ということで、書き殴ってまいります。まずはむちゃくそ怖い予告編からどうぞ。

 

オイ、弟よ!17年も経って姉貴が生きてるわけなかろう!!!

てか、そもそも君は今まで何をしてたんだよ!!!

 

主人公にこう言ってやりたい気持ちはいったん押さえましょう。

 

①POV効果について 〜「怖いもの見たさ」の具現化〜

こんな怖い思いしてまで何で最後までビデオカメラ持ってんだよ!ってPOV観てると毎回、思っちゃうんです。POV形式のホラー映画ではたいていそうなんですけど、死ぬほど怖い思いして泣き叫びながら主人公は逃げてるのにカメラは捨てない。ちゃ〜んと撮ってる。「そのプロ根性は一体どこから出てくるんだ!?」と毎回、プロの戦場カメラマンでもない主人公に対して筆者は気になってしまうんですけど、そんなこと言うのはね、野暮であります!!!笑

でも、ちゃんと理由があって、そもそもPOVって、怖いものを見たがるという人間が持つ本能、習性の具現化だと思うんです。

街中での喧嘩や火事とかが起きるとなんだか見たくなっちゃいますよね?野次馬根性です。これはどんな人間でも一緒です。そもそもホラー映画を観ること自体が「怖いもの見たさ」によるものじゃないですか。怖いとわかってるのに、観たくなる。人は非現実的なことを追い求めていて、自分に刺激を与えて精神のバランスを保ってると思うんです。変な生き物ですよね。

POV映画ってこういった人間の本能の具現化であり、メタファーなんだと思うんです。だから、危機的状況になってもカメラ回してる主人公たちを我々は鼻で笑いながらも「映しててくれ」って思ってしまう。

20161203191642

 

②アダム監督による「隣人の恐怖」演出炸裂!

本作の監督は筆者の大好きなアダム・ヴィンガード!どんな監督なのかは過去の記事を観ていただけると嬉しいです。

ハリウッド版『デスノート』監督⁉︎ アダム・ヴィンガード

このアダムちゃんはですね、執拗に「隣人の恐怖」をずーーーーっと描いてる。過去に絶っ対、裏切られたトラウマあっただろ!っていうくらい。それが作家性になってるわけなんですが。

隣に住む人、恋人や家族の本当の姿をあなたは知っていますか!?というとんでもなく恐ろしい問いかけをしてくる監督です。

どの作品を観ても「隣人の恐怖」が主題にあって、それをあらゆる角度から描いています。

そんな作家性が本作で炸裂していました。主人公を中心とする若者軍団に介入してくる男女2名。もともとこのカップルが森の近くで発見したテープが元で姉を捜索することになるわけなんですが…彼らとのキャンプ中での疑心暗鬼!これまた、カップルが余計なことするんですよ〜。森にいる「それ」の恐怖に拍車をかけてきます。

これはネタバレになってしまうんですが、本作の「それ」は自分の大切な人に化けて襲ってきます。どんなに逃げようとも愛する人の声で話しかけてくる。これが彼らの命取りになるんです。このカラクリは「愛する人への信頼」を逆手に取ったものになっていますよね。これもまたアダム監督の作家性と重なります。

320-1

 

③映像技術の進歩による恐怖のバリエーション増加!

1999年の1作目は家庭用のビデオカメラ1本での勝負でした。DVテープを使用したアナログ。今ではデジタル化と同時にカメラの小型化、多様化が爆進しそれが本作を盛り上げてくれている。

ドローン。暗視カメラ。それと連動しリモコンの役割を果たしているタブレット。これらのガジェットがPOVの領域を広げてくれています。

何より耳元につけている小型カメラ!これによって人の目線とほぼ同じのアングルが可能になり、ホントに主観映像になってくれています。①で述べた「なんでこんな時にカメラ持ってんだよ!」というツッコミは入れられなくなる。常に耳のカメラついてるから。これは画期的でした。

sub01

④真相はわからない。

モキュメンタリーなので、従来の映画のようなわかりやすい物語ではないんです。謎はあるけど、謎は解かない。というより、解けない状況に追い込まれている。結論が提示されないんです。誰の呪いだとか生贄だとか結局わからずじまい。「それ」の謎は前作同様で謎のまま。これが不服と思う人もいると思いますが、主人公たちは最悪の状況に陥り、原因究明ができるほど冷静じゃいられなくなってるから謎解くのは無理!まぁ、それくらいパニクってもらわないと、POVによる臨場感の意味がなくなってしまうので、真相不明は仕方ありません!

 

じゃあ、この映画。何が怖いのか?

 

音やビジュアル的な恐怖の煽りでびびるんですけど、ブレアシリーズで怖いのは人間の「顔」なんです。

b

「それ」を目の当たりにし恐怖におののく「顔」が強烈に恐ろしい。僕らは直接的でなく間接的に恐怖を感じてる。

20160427195419

そういう作品だからこそ、一作目のフライヤーはその「顔」なんだと思うんです。どんなに怖い幽霊がドーンとチラシになるよりも怖いんですよね。ここまで恐怖を感じる表情って…いったい何を観てしまったんだろうこの人達は…と。無駄に想像だけが先走ってより恐ろしくなる。

ああ、もう書いてるだけで、鳥肌モノです。

 

筆者が観たとき、映画館の暗闇と本作の森の闇が完全に溶け込んで一体化してました。とてつもなくデカイ森の中にいると錯覚してしまう。それに加えてPOVだから…もうパニック!パニック!よそ見ができません!何かいるんじゃないかと思ってしまう。ぜひぜひ映画館へ!

 

低いところから失礼しました。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。