10/6公開!超新作映画『LBJ ケネディの意志を継いだ男』〜目立たずともやるべきことを成し遂げた男の奮闘!〜

LBJ…?ケネディの意志を継いだ男…?

アメリカの大統領ジョン・F・ケネディ、JFKは馴染みがあるけど…LBJ…リンドン・ジョンソン?…ケネディの次の大統領か……。

なんだかピンとこないまま試写会にお邪魔させていただき鑑賞。

 

 

映画冒頭、エアフォースワンで空港に降り立ったケネディ大統領。

アメリカの理想を描き、そのスター性溢れるルックスからも国民から絶大的な人気があったケネディ大統領はもちろん空港の出迎えで大人気!拍手喝采!握手を求められるカリスマ大統領!

そのケネディの後ろについていたジョンソン副大統領ももちろん国民に手を差し伸べるが、誰も見向きもしない…

すねっちゃって車に向かうジョンソン。

 

か…かわいい…

 

 

切なくて涙ぐんでしまう大好きなシーン!

ケネディに比べ怖い顔で、職員の前では下ネタを連発で大胆。けれど、しっかり仕事で結果を残し【自分と違った考えの人間を切るのではなく味方として取り込んでいく】という知恵のあるジョンソンの男っぷりにハートをつかまれすっかりファンになること間違いなし!

副大統領になったものの周囲から蚊帳の外にされていることに気づき奮闘する中、ケネディ暗殺事件が発生。

幼い頃から願っていた大統領という夢が最悪の形で叶ってしまう。

もともと国民から人気のなかったジョンソン新大統領は不安を抱えるものの、周囲には一切出さない。

どこで弱音を吐くかと思いきや奥さんとの寝室。

仕事で凹むとお酒とアイスクリームを奥さんのいる寝室へ持って行き「俺なんて…」とすねながら食そうとすると、奥さんから「ダメでしょ!こんな時間に!」と叱咤されるジョンソン。

か…かわいい。

 

なんと人間味のい溢れているんだろうか!

猿の惑星、ハン・ソロ、スリー・ビルボードと荒々しい役が続くウディ・ハレルソンがLBJを好演。

最近の役とは違い、不器用でチャーミングかつ仕事にかける男を演じきっている。

実際、アメリカ国民にロマンを語り希望を持たせたのはケネディ大統領だったが、公民権法や貧困対策などの法案を成立させていったのはLBJだったそう。

目立たずとも着実に仕事をし、実現させていく男の鏡のようなLBJの奮闘をその目に焼き付けましょう!

新作映画『散り椿』感想文 〜ちょっと!これはすごすぎる!V6 岡田くんの新境地到達を目撃せよ!〜

「時代劇」

聞くだけで食わず嫌いしてしまう人もいるだろうし、いくらそれがV6の岡田准一主演だとしても広告から漂う静かな雰囲気が「なんか地味そう…」と思わせてしまうのもわからなくもない!ない!

しかし!

そんなもんじゃなかった!!!

ラブストーリーをベースにした岡田くんによるリベンジ映画でした!!!

 

監督、撮影は生きる伝説・木村大作さん。

若かりし頃から黒澤明監督の作品に撮影助手として『隠し砦の三悪人』『用心棒』などに参加し、そこからも『八甲田山』『鉄道員』など。(雪大好きな監督)本作『散り椿』は監督作としては3作目。

経歴的に【日本映画の本流】といえる映画人ならではのこだわりが随所に。

もちろんデジタルはなくフィルム撮影による独特の画面のザラつきが逆に新鮮でこれまた味わい深く、中でも黒木華が頬に流す一筋の涙はまるでCGで加工したかのように白く輝いていて美しい!(どうやってるのかわからないんだけど、おそらく照明さんとの職人技!)

スタジオは使わずオールロケという試みにより、もちろん現実味は増していて室内から映す外の葉の揺れや自然光の当たり具合など、大河ドラマ等で見飽きたスタジオにある人工的な雰囲気とは一線を画す領域。

普通は画面に役者がしっかり映るように加減して降らせる雨、雪もリアルを追求し容赦なく土砂降らせていて笑っちゃうほど。

 

 

待ってよ、待ってよ。だとしてもなんか退屈そうじゃん…と思ったそこの君!

僕もそう思ってたんですよ…岡田くんの殺陣を目にするまでは!

 

もう、本当にスゴイんだから!!

 

三池崇史監督『十三人の刺客』(2010)を観ると一目瞭然なんですが、若手の役者さんらの殺陣と違って松方弘樹さんの刀の使い方って全く違うんです。

腰が入っているというか、本当に重たい真剣を振っているんだっていう迫力がありました。

「ああ〜、やっぱり昔からの役者さんは別格だな〜」って思ったの覚えてるんですけど……

いやいや。岡田くん!!!岡田くん!!!…岡田くん!!!!

木村監督は高倉健さんを意識させたっておしゃってるんですけど、これは明らかに『用心棒』『椿三十郎』の三船敏郎さんですよ!!

 

 

刀を抜いて何人も一気に斬る一連の流れを1カットで撮るのはまんまだし、そもそも本作の御家騒動だったり、用心棒として利用される展開や、何より「椿」というモチーフは明らかにそれと重なる部分があります。(原作があるわけですが、監督の脳裏には『用心棒』『散り椿』がこびり付いていたはず)

三船さん演じる三十郎をもっと堅実にした感じが今回、岡田くんが演じる瓜生新兵衛という浪人武士。

岡田くんが自ら考えたという刀の殺陣はもちろん斬る前と斬った後の覇気がスゴイの!

度々、襲ってくる刺客を岡田くんは殺すのではなく、手首に傷を負わせて刀を握れなくさせたり打撲によって戦意を喪失させ、つまり「故郷に帰りな」という紳士な振る舞い。

なんですが……

後半、岡田くんの感情が表に出てきて【本気】で斬る場面が登場するんですが、刀を抜くときに体から滲み出るモノが全く違うんですよ!覇気というか殺気というんでしょうか?

少し猫背気味になって怪しい雰囲気を醸し出し、ためてためてヌラリと刀を抜く…

 

や、やばい!こいつ本気だ!!!

 

ってすぐわかる。すげぇ怖いの。

そんなマンガ見たいな話…と鼻で笑ったそこのアナタ!劇場で観てみればわかるから!!!

ほんとに体からなんか出てるんだって!

 

そんな殺気ガンガン放ちまくって人を斬りまくる岡田くんに対して敵が一言…

 

「鬼か…」

 

キャーーーーーーー!ばんざーーーーーい!かっくいいぃぃぃぃぃーーーーー!

 

 

 

こんなにスゴイ岡田くんを引き出してるのが、相手役の西島秀俊さん!

この2人クライマックスでエライ事になってジャンルが変わったのか!?と思うくらい激しいことになって開いた口がふさがりませんでした。

ラストで敵に下すある屈辱的な行為も(岡田くんのアイデアだって)お見事すぎて鼻血出そう。

もっと静かで画面の綺麗な美しい映画で終わると思いきや……いや〜、こういう衝撃は本当に幸せですね。

新作映画『プーと大人になった僕』感想文 〜可愛すぎるテロリスト・プーとその一味〜

昨年の映画界にとって【赤い風船】は『IT イット/それが見えたら終わり』ペニー・ワイズの恐怖の象徴でしたが、今年はその風船をプーさんにバトンタッチ!

本作『プーと大人になった僕』はペニー・ワイズの餌食になるのではなく、夢見心地な世界に僕たち観客を連れて行ってくれます。

子供の頃に100イエーカーの森でプーと仲間たちと出会ったクリストファー・ロビンは彼らと別れ、戦争、就職、結婚、子育てなどを経てお堅い大人へと成長し時間に追われる毎日。(ブラック企業が流行りまくってる日本からすると、まだまだ描写がかわいいと思ってしまうけど)

そんな妻も娘も大事にできてなかったロビンの前に、100イエーカーの森のヤツらが再び現れるのです!

 

 

社会に疲弊した人が観れば会社をやめて風船とハチミツを追いかける人生を送りたいと思うのはもちろんのこと、小さい頃に夢中になってた【何か】と決別したことある人にとってはまた違った深い味がするはず!

(幼少期に観た怪獣映画やSF映画のフィギュアやポスターで囲まれている生活を送ってる筆者からすると、なんだかずいぶん前から100イエーカーの森に一人取り残されていたような気がして恥ずかしい)

何のためにやってるのかわからない仕事に忙殺されるロビンの前に現れたプーは相変わらずのマイペースで彼を翻弄する。

口を開けば「ハチミツ」とボケ老人のようにぼやき、いざ食べたかと思いきや家の中を汚し、棚までぶち壊す!

さらには、仕事を優先するロビンに対し「それは風船より大切?」と投げかけてくるではないか!

彼らは労働社会に警鐘を鳴らすテロリストだ!

「娘が大事なんだ」と話すロビンに彼らは「大切ならなぜ一緒にいないの?」

はっ…!とした顔をするロビン。

こっちがただのぬいぐるみだと思ってナメていると、不意をつく鋭いコメントをかましてくる!

いやいや!わかってないな!大切な人のために働いてるんだよ!とこっちはロビンを応援するつもりが、プーらの目を見るとそんなお堅い理屈はねじ伏せられてしまう澄み切ったな目をしているではないか!

 

 

やめてくれ!かわいい!!!!

ぎゅーーーーってしたい!!!

一緒に寝て!!!

 

 

あれ…?死の世界へ誘うペニー・ワイズも怖かったけど、社会から逸脱させようとするプーたちの誘惑の方が本当は怖いんじゃないか…!?

 

どうしよう…。このままロビンが会社も家族も捨て、ぬいぐるみ軍団と共に社会に反旗をひるがえすようなデモ行進を始めたら…

映画のテーマ的にそこまでいっても面白いんだけれど、そこはさすがディズニー。

プーさんたちと過ごした事が吉と出て、会社にも家族にもちゃ〜んと良い結果をもたらします!

階級社会であるイギリスのピラミッド型の図式を文字通り逆さまにするという秀逸な発想もお見事。

 

みなさん、本作を堪能し幼い頃に夢中になった何かを思い出して浸ってみたらいかがでしょう?

新作映画『クワイエット・プレイス』感想文 〜全ての生活音が【死の扉へのノック音】〜

ホラーと聞いたら、幽霊や心霊現象を思い浮かべる人は多いはずで僕もその一人。

おまけにポスタービジュアルといい宣伝に「イットを超えた!」とか書かれたらより一層そっちの考えを膨らます人が多いと思います。

本作『クワイエット・プレイス』はその想定で観に行くと「思ってたんとちが〜う!」とか言われちゃうので、その考えは捨ててもらいたく思います!笑

 

これはホラーというより【体感型サバイバル映画】でした!

 

事前に解禁されている情報が少ないので、この記事でも極力ネタバレは避けますが、もし観に行く予定のある方は静か〜にこの画面を閉じていただきたい!(静かに閉じないと即死!!!)

 

 

 

 

まず、秀逸なのがこの大胆な設定。

音を立てたら即死というキャッチコピーのまんまで、音を立てた瞬間に容赦なくお陀仏!あの世行き!

(音を立てたらやってくるヤツのあの感じは部屋で騒いでるとクレームを入れてくる隣のおばさんって感じで、スゴく苛立ってていい味出てました。「もおおおおお!うるさいのよ!」って。)

この設定によりどんな日常生活の些細な動きでもすべてがスリリングになります!

歩く、お店に行く、音楽を聴く、おもちゃで遊ぶ、出産、ちょっとした生活音すべてが死への扉を叩くノック音になってしまうわけです。

最新の注意を払う緊張感もそうだし、この環境を逆手にとった主人公たちの【生きる知恵】を観てるだけで猛烈に楽しい。

防音のため道にまかれている砂、防音のためのクッション、本来邪魔になるはずの車の使い方、花火のトリック、赤ちゃん(そもそも子作り中の音は大丈夫だったんかい!どっちも静かなタイプなの?)の鳴き声対策……

この設定により本編中は静かな時間が流れ、観客である我々の息遣いまで聞こえてくるほど(ポップコーン買わなくてよかった…)の静けさ。

そういった我慢が蓄積され解放される時はダイナミックに!静かな時は徹底的に静かに!音を出す時はバカでかく!この緩急により謎の気持ち良さが胸を駆け抜けます!(こっちも我慢しるもんだから映画内で大きな音を発する時に一緒に叫びたくなる!)

 

 

特に筆者が感動したのは【音を立ててはいけない世界】のそのまた向こう側にある【音がしない世界】を描いていた事。

こんな環境下だから、みんな小声でコミュニケーションを取りながら手話を用いて会話をするんだけど、この家族の中に耳が聞こえない少女が出てくる。

冒頭で特に説明がないので最初はわからないんだけど描写が秀逸。それはまさに冒頭で少女が弟と対面して会話する場面。弟を映すともちろん静かなんだけど空気の流れの音や服や指がこすれる些細な生活音が入る。しかし、少女を映すとそういった環境音が一切なくなるんですね。軽めの耳鳴りがしてる感じ。無の世界がそこにはある。

最初観た時「ん?なんだ?」って思うんですけど、だんだんわかってくる。

彼女の世界にはそもそも音が存在しない。

これ面白い!!!

静寂の世界のその先にもう1つ奥に【本当の静寂の世界】があって、それを映像演出で観客に伝えてくれている。これは映画ならではの芸当です。

これによって彼女はこの環境下では不利であるために、より一層にスリリングさが増します。

しかも、そんな彼女を救おうとある人物が毎日努力していたとある事がこの窮地を救うキーアイテムになるという…上手い!!!素材を無駄にしてないですね〜!

ちょっとM・ナイト・シャマランの『サイン』と通じる部分が多い感じがしましたが、本作の方が密度的は高い!

つまり、この映画は【音を立ててはいない世界】という大胆な設定を生んだ上で決してあぐらをかかず、細かいディティールに凝りまくってこれでもか!ってくらい限界まで面白くしてる偉すぎる映画なんですね!

『ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー』ジェームズ・ガン監督降板がやるせない僕の理由はロケットにある!〜

「第2のスターウォーズ」とまで言わしめたMCU史上、否SF映画史上の大傑作『ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー』(以下、GotG)で監督、脚本を担当したジェームズ・ガンが過去の不適切なツイートが問題視されディズニーから解雇。

この衝撃的なニュースは世界中のファンだけでなく、シリーズの出演者まで憤慨しMARVELの社長がディズニーに再度掛け合ったものの再雇用は不成立。詳しいことは色んな記事を拝見して頂くとしまして……

実際、僕も開いた口がふさがらず憤りを感じていました。

 

ジェームズ・ガンが描くGotGの世界のあの先が観たかった。

 

こう思うのにはハッキリと理由があるのです。

ジェームズ・ガンがそれまで培ってきたトロマ映画のエッセンスも生かしつつ監督、脚本を勤めた『スリザー』(2006)は地球にやってきた謎の宇宙生命体に寄生されイカの化け物になってしまった主人公(ガンの盟友マイケル・ルーカー)が奥さんにも町民にも襲いかかってしまいどエライことになっていくというSFの良作。

愛する夫が変貌していく悲劇は愛についての傑作『ザ・フライ』を起草するけれど、『スリザー』はこの奥さんがなんだか嫌な奴に見えてくる。綺麗でおしゃれもして人妻なのに笑顔を振りまいてキャピキャピしてる。絶対まだ遊びたがってんだよ!

しかも、襲われた奥さんを助けるヒーロー野郎が明らかに奥さんをいやらしい目で見てるのにイイ感じ。

一方、主人公は冬彦さんみたいなデカくてダセェ眼鏡をかけてうだつの上がらない男。

なんで結婚したのかわからない2人が町を巻き込んだ大きな戦いの中で対立していき、切なくて全くむくわれないラスト。

 

2010年の『スーパー!』(監督・脚本 ジェームズ・ガン)は『アルマゲドン』でベン・アフレックにオヘソを遊ばれるシーンがやけにエロかったリヴ・タイラーが薬物中毒者の役。そんな美女に恋をし結婚したのがコンプレックスの塊でこれまたうだとの上がらないレイン・ウィルソン。最初は幸せだったもののマフィアの親分(マイケル・ベーコン)がリヴ・タイラーを誘惑して再び薬物の世界へと陥れる。

神のお告げを受けた夫は愛する妻を救うために自警ヒーロー【クリムゾン・ボルト】に扮して悪党をやっつける!

手作りヒーローという点で『キック・アス』っぽいけれどこれまた違う展開に。

愛のために血みどろの暴力をひたすら繰り返すボルトに我々観客含めてドン引き…。

しかし、実際にバットマンやスパイダーマンのような自主的なヒーローが現れて悪を成敗したとしたら実際はこうなっていくのか…と。ヒーローブームの今、観るととんでもなく複雑な気分になります。

ズーンと重いモノが心にのしかかりつつも心が暖かくなって涙が止まらないヒーロー映画の大傑作。

 

こういったガンの作品群は作家性があふれています。

それは常に【負け組が主人公】であるということ。

何かしらで負けた人生を送ってきた人物を主人公に据えつつ美化はしない。痛々しい部分もしっかりと描きつつその主人公がどんなに周りから攻撃を受けようとガンだけは寄り添った目線を残すのが彼の作家性だと思っています。

この『スーパー!』の次が『ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー』です。

原作は誰も知らず絶対失敗する!と周囲から言われていた難題をガンが自分の色を出したことで見事な傑作に成り上がりました。

そもそもGotGは全員が先述したような【負け組】の集団。ガンにとっては得意な素材だったのかもしれません。

2014年に公開されたVol.1と2017年に公開されたVol.2において、彼らは何かしらの【成長】をします。

孤立無援の犯罪者、社会不適合者たちがひょんなことから集まり家族になっていく過程で成長していく彼らに僕らはグッとくる。

 

主人公・ピーターは偉大だったはずの父との出会いの中である決断を。

ガモーラと敵対していた義理の妹ネビュラは絆を確かめ合い和解。

家族を殺されたドラッグスも敗北を味わう中で新たな家族を見つける。

グルートは自己犠牲の精神で仲間を守り家族になる。

ピーターの父・ヨンドゥも例外ではなく、父としての生き様を見せつけてくれます。

そう、これはガン特有の【人生で何かしらの負けを味わった人間の再起の物語】です。

会社がコントロールするMCUの監督陣の中で1番作家性を思う存分炸裂している監督と言えます。

ただし。まだこの【再起】を描いていないキャラクターがいます。

改造アライグマのロケットです。

彼の悲しい過去は未だに明かされておらず、相棒であるはずのグルートはVol.1で命を投げ打ってみんなを救うことで家族になれました。ピーターが父親に会いに行くと言い出したVol.2では1人だけ異様に拗ねている。

「お前もおれと同じ孤独なんじゃないのかよ?」

さらにはVol.2でピーターの義父であるヨンドゥと最後の会話をしたのもロケット。

その時にヨンドゥから「お前は俺と一緒だ!寂しいんだ!」とシリーズ内で初めて的確な指摘を受け動揺します。

クライマックスでもピーターが死んでしまうと心配するガーディアンズたちの横でロケットだけは誰が本当に死ぬかわかっているという、観客だけがわかる演出がなされています。

さらには、同じくVol.2のラスト。ヨンドゥを偲ぶ花火をロケットの瞳から一筋の涙を流したところでエンドロール。

そうです。なぜか本編のラストカットはロケットのクローズアップで終わるのです。

これは、まだ再起できたいない成長できていないロケットに寄り添った終わり方じゃないですか???

その証拠にガンが製作総指揮として入っていた『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』で生き残ったガーディアンズはロケットとネビュラなんですよ???

 

ジェームズ・ガンはまさにこれからロケットの何かを描こうとしてたんですよ!!!

 

ロケットの件にケリをつけなきゃいけなかったんです!!!

 

ガンが最後に描きたかったのはロケットだったんじゃないですか????

彼を幸せにしたかったんじゃないですか?何かしらの成長を描きたかったんじゃないですか?

キーなんですよ!ロケットは!!!

僕の仮説が正しいとしたら、こんな中途半端な終わり方は作家として本当に苦しいと思います。

(ちなみにVol.3の脚本はガンの手によって完成。実際に使用されるかは未定)

だから、ダメなんです!!!ジェームズ・ガンのためにもファンのためにも、MCUのためにも、ロケットのためにも!

ジェームズ・ガンじゃなきゃダメなんです!

James Gunn will return???

日本ホラー映画『残穢 住んではいけない部屋』感想 〜映画と原作どっちが怖いのか???〜

「おわかりいただけただろうか」

「もう1度ご覧いただこう」

「その部屋でかつて自殺した女の霊がこのビデオに映りこんだとでも…言うのだろうか」

暗くて低い独特なナレーションが一般人が撮影し「映ってしまった」心霊ビデオを紹介する『呪いのビデオ』シリーズを小学生の時に観て怖くて怖くてたまらなかった!!!

一度、祖母の家で本シリーズを観終わりデッキから取り出そうとした時、バツン!とブラウン管が真っ暗になり、そこに映った恐怖におののく僕の顔。そこにおおいかぶさるように『呪いのビデオ』に出てきた【電車の窓に映りこむ男性】が見えた気がしてパニクった思い出がある!(これマジ)

このシリーズの演出、構成。そしてあのナレーションを担当していたのが中村義洋監督で、世間的には映像化が難しいと言われていた伊坂幸太郎の小説を映画化した監督として有名だが、元は『呪いのビデオ』出身である中村監督が2016年1月に小野不由美原作『残穢』を映画化!

主人公のホラー小説家の元へ送られてきた「部屋で不可解な音がする」という女性の手紙から物語は始まり、そのアパートに住む他の住人、建物が建つ前を大正時代まで遡りながら調査していくというドキュメンタリースタイル。これはまさに先述した『呪いのビデオ』と近い構成で胸が踊りました!

貞子や伽倻子といったのちにアイコン化されていくような特定の幽霊が人々を呪うのではなくて、その「土地」に憑いた人間の怨念が穢れとなり連鎖し、そこに触れた人間が不幸な目に遭うという、絶対に逃げようのない災いが新しくて怖かった映画版『残穢』

 

では「部屋に置いておきたくない」とまで言われている原作小説は怖いの???

ということで、読んでみました!この原作vs映画の戦いを結論付けるなら…

 

小説版の圧勝!!!

※映画版もかなり怖いのは大前提です!!!

 

というのも、本作の主人公は【私】

この【私】の完全な主観で書いたように思えるのが小説版です。【私】を客観視している描写がない。

「あれ?これ…まるで作者の小野不由美さん本人が書いてるみたい……」

そう思っていると、実在するホラー作家の平山夢明さんが登場したり、清水崇監督『呪怨』をホラー作品として引用してきたりするんです。その上、手紙を送ってきた投稿者の名前を「仮に久保さんとしておく」っていう断りをいちいち入れてくるんです。

そんなことされているうちに…え…?これ…実話?

という疑問が湧いてくる。(実際、どこまでが実話なのかはわかりません)

さらに小野不由美の書き方が冷静でそこにもやられます。

小説内で怪奇現象を紹介しながらも「しかし、これは気のせいだったということもある。なぜなら〜云々」という合理主義を炸裂させてくる。

 

 

これって物語にブレーキをかけてしまうんじゃないか?

たしかに、映像作品であればそうなるかもしれません。心霊現象をはっきりと具体的に映した後に「気のせいだったということも」とか言われるとバカバカしくなる。

でも、小説は作者が書いた文章からこっち側の読者が勝手に想像するから「気のせい」が成立するし、むしろその「気のせい」は誰もが1度は経験したことのある現象。ゆえに物語の恐怖が身近になっていきます。

小説版はそんな風に心霊現象と偶然の現象という正反対の間をぐわんぐわん行き来させられて、なんとそのまま宙ぶらりんで終わる!

それによって「え?どっち????」とモヤモヤが残る気持ち悪い後味を残す。

実話なの?と疑ってる、こちらからするとこの【解明されない呪い】の方がリアリティがある。だって、世の中の不思議なことは解明されていないから不思議として今もあるから。

そもそもこういったテーマを扱う原作を映画化するというのはなかなかの至難の技です!

映画版は、小説という利点を生かした恐怖を生み出した原作を『呪いのビデオ』スタイルを用いて映画化したというのは妙案で、特に過去に遡った時の写真や新聞記事を通して現実味をもたせた恐怖をお客さんに与えることが出来ています。

けど【私】役は竹内結子!もう仕方ないんだけど、この時点でフィクションが成立しまいますよね。

もう思い切って小説版を事実としちゃって「小説を元に映画化した」という前提でこの映画を作ればまた味が違ったかもしれません!

映画版は視覚的にインパクトのあ?恐ろしい場面たくさんありますがしっかりフィクション。

しかし、小説版はパンチ力は無いものの、現実と虚構のラインがとてもグレーで恐ろしい。

 

ただし!どっちもめっちゃ怖いことに変わりは無いからどちらもめっちゃオススメです!

最初に綴った【電車の窓に映る男】体験のようなことは誰もがあるはず。そんな気のせいかも?という経験が『残穢』によって決定的な恐怖に変換されます……。

 

あ。

 

1つだけ。

 

一人暮らしの人は絶対、触れないように。

 

新作映画『スカイスクレーパー』感想文〜最強ビルvs義足の最強パパ〜

強すぎるハゲが【デカすぎるサメ】と戦ってる一方で、こっちでは強すぎるハゲが【デカすぎるビル】と戦っていた!!!

 

 

香港に建設された高さ1キロメートルにも及ぶ世界一の超高層ビル『ザ・パール』の警備を任された当ビルの住居者でもあるドウェイン・ジョンソン(もちろん元FBIで強いという設定付き)とその家族。完璧なセキュリティと思われたビルだったが、謎のテロリストによる奇襲によって火災が発生。さらに、ドウェインがテロの犯人に仕立て上げられてしまい警察からも追われる絶対絶命の状況に!

ランペイジ、ジオストーム、MEGなどなど人間が災害などの自分よりデカイ何かと戦う景気の良い作品群がかつてのように増えてきたハリウッドにまず万歳!どれも午後のロードショーで観てみたい快作ばかりで嬉しいですね!

高層ビルの火災を描いたパニック映画の金字塔『タワーリング・インフェルノ』と巻き込まれアクション映画の名作『ダイ・ハード』という面白くなるき決まってる素材を掛け合わせたようなこの作品だが、奥さんが只者じゃなかったり、ビルに備えられた最新のテクノロジーが豊富すぎてワクワクが止まらなかったり(個人的にはビルのオーナーであるチン・ハンが使いこなす魔法の時計がたまらなかった!)と「新しい味」がしっかり楽しめることが本作の魅力。

「最強ビル×最強ハゲ」という安パイな設定にあぐらをかかず、主人公に「義足」というハンデを与えたのはあっぱれ!

FBI時代に失った片足は主人公にとって人を守れなかった【罪悪感】の象徴。これが主人公の戦う原動力にもなっていると同時に、足を引きずる姿はまるで不幸な運命が彼の足を離さないようにも見えるというダブルミーニング。この仕掛けによって家族を守ろうとする姿が勇ましくてアツい!アツすぎる!

 

 

そんな深みを持たせながらも、この映画は2つの人生にとって大事なシンプルかつ大胆な2つのことを教えてくれる。

いち!「困ったら再起動すればたいていの事はどうにかなる!」(校訓みたいに読む)

に!「粘着テープで大抵のモノは直る!」(校訓みたいに読む)

だ!!!

再起動と粘着テープ。ハイテクとアナログ。正反対のことを言っているようだが、本当にこの2つがキーとなった危機を打開していくんだから楽しくてしょうがない。

今後の人生で辛いことがあったら「再起動すればいっか♫」といったん休憩すればいいし、頑張らなきゃいけない時は粘着テープのようにネチネチと執着を持って粘り強く人生を謳歌していきましょう!

 

 

新作映画『MEG ザ・モンスター』感想文 〜映画のハゲはなぜここまで強いのか? 途中報告〜

ハゲ界最強の男 VS サメ界最強のサメ映画!

 

大人、子供に関わらず男の子という生き物は【夢の対決】に興奮する。

キングコングVSゴジラ、貞子VS伽倻子、フレディVSジェイソン、エイリアンVSプレデター、スーパーマンVSバットマン、ガンダムVSメカゴジラ……と映画史を振り返るだけでも【夢の対決】映画には枚挙にいとまがなく、最強と最強の対決という構図はロマンであることを証明している。

ただし、その対決はそれぞれがそれぞれの脳内で妄想している方が最高の状態を保っていることが多く、実際に実現してしまうと残念な出来上がりになってたりもする。幻のままにしておけば……

そして、本作『MEG ザ・モンスター』人類最強の男ジェイソン・ステイサムとサメ界最強のサメを戦わせたら面白いんじゃね!?という、先述したロマン溢れる精神の元で実現してしまった映画なのだ!

上記のポスターからわかる通り本作で未知の深海から現れる敵「メガロドン」は海での食物連鎖の中でトップに君臨する王者。このメガちゃんがひょんなことから海に現れて人を襲いまくるので、かつてメガちゃんに遭遇した経験を持つジェイソン・スタイサムが召喚され対決するといういたってシンプルなストーリーで、いろんな新鮮な描写はありつつも話のベースや引用は完全にスティーブン・スピルバーグの『ジョーズ』

サメの姿を一切映さずに恐怖を煽る演出、別のサメを人間が捕らえる場面、発信機を撃ち込むのは浮きのアップグレード版だし、後半のビーチ場面は構図からしてそっくり。明らかにモンスター映画の金字塔『ジョーズ』にオマージュ捧げている。ただし、本作はタイトルに「モンスター」と入っているくらいだから、ジョーズのブルース君(サメの呼び名)とは別格!……のはずなのだが…。

これが思ったより弱い。体の大きさを見る限り軍艦や潜水艦が出てこないと倒せないレベルなのだが、実際の破壊力はブルース君と大差が無いのであっけない終わり方をしてしまう。

でも、なぜ弱いかの理由は一言で片付く。

「相手がジェイソン・ステイサム」だから!

ここで本格的な軍隊が出てきてしまえば、怪獣映画になってしまいステイサム映画にならない。そんなのが観たいんじゃないのだ!兵器がなくともあんなデカイサメを倒してしまう説得力がステイサムにはある!

では、なぜステイサムはここまで強いのか?厳密には、なぜステイサムには強さの説得力があるのか。

ちなみに今年公開の『ランペイジ』という作品では同じくハゲ男ドゥウェイン・ジョンソンがMEGレベルの巨獣たちと地上戦を繰り広げたという前例がある。こうなってくると「ステイサムが強い」というよりはそもそも「ハゲは強い」という概念も生まれてくる訳で、そういう意味では先述した2人と共演しているハゲ男ヴィン・ディーゼル主演を務める『ワイルド・スピード』シリーズのメンバーがオールハゲなのも納得できる。映画史を振り返れば『荒野の七人』で6人と町民を統率する有能なリーダーはハゲ男ユル・ブリンナーだった。80、90年代のアクション映画スターはブルース・ウィルスでしかも彼は未だに現役活動中。「ハゲかけ」という枠ではニコラス・ケイジが昨今のアクション映画において無双状態だ。

つまり、そもそもハゲは強い!or強い役になりやすい!

なぜ?という疑問に関しては、以下の3点が理由かと勝手に思っている。

 

①ハゲは風の抵抗を一切受けないので何をやっても速そうだから

②頭皮の毛穴を失った分を他の能力にあてがっているっぽいから

③世の男性が「ヘアスタイル」を気にする時間、注意力、労力などその全てをトレーニングに当てることができてそうだから

 

3つとも、云々そうだから。とかっぽいからとかふわふわした文章になってしまっていて申し訳ない。

ただし、これらはハゲによって際立つもともとの顔立ちや盛り上がっている筋肉ありきなので、ただただハゲにすれば「強くみられる」わけでは決して無いことを肝に銘じてほしい。

横道にそれてしまったが、今までもハゲ達は地上戦においての「最強」を世に示してきたが今回で水中戦においての「最強」を証明するこに至ったことは間違いない。

それが『MEG ザ モンスター』なのだ!

次は……宇宙か!??

 

新作映画『ザ・プレデター』感想文 〜過去作を踏まえつつ、プレデターのことを大好きになっちゃう話〜

狩りが大好き宇宙人、3度目の地球来訪!

 

酷い顔を持ちながらも最新テクノロジーを駆使して大好きな「狩り」をたしなむプレちゃんはかつて地球に2度降り立ち、見事な血祭りを開催しながらも返り討ちに遭いました。(『エイリアンvsプレデター』1&2と『プレデターズ』は無かったことにされています。)

暑い季節と戦場を好んでやってくるプレちゃん。そんな彼らにさすがに人類も襲来を予知して秘密裏に研究を進めていたところへやってきた逃亡プレデター!

よっ!待ってました!!!

そいつを追う身長3メートル越えのアサシン・プレデター!

どうやら逃亡プレちゃんが持っている【とあるアイテム】を探している様子のアサシンプレちゃん。

この奪い合いに人類が巻き込まれるのだった!果たして、人類の行く末は!?そして、逃亡者はいったい何を持ってきたのか…??

僕がこのシリーズで楽しみにしているのは3つ!

 

①武士道精神

②残虐な狩り

③かわいさ

 

です!

 

まず①の【武士道精神】

プレちゃんは片っ端から人を殺すエイリアンではなくて、彼らには彼らなりのきちんとしたルールや倫理観がるところが面白い!

ひたすら強い男を倒したい!という孫悟空みたいな思考回路をプレちゃん全員が持っているのです。だから、非力な女や子供、老人には基本、手を出さない。「武器を持った男」を片っ端からなぎ倒します。

2作目では武器を持った女性の首根っこをつかみましたが、その女性が妊娠していることに気づき手を離す場面が。

エイリアンvsプレデターでは、心臓に病を抱えたおじいちゃんを見過ごします。

やだん……好きになっちゃいそう。やっぱり男って中身だぜ。

誤解されてると思うんですけど、ある意味でプレちゃんは平和の使者ですよ。

だって、武器を持たなければ殺されない。つまりは武器を捨てればいい!地球平和になりますよ!

ラブ&ピースな憎めないヤツなんです。

そして、本作でもちゃんとありました。

主人公である生物学者のお姉さんと目があいますがプレちゃんはしっかり去ります。ワオ、出た。

ただ、ここでこのお姉さんは諸事情により全裸なんですね。

だから、ポリシー関係なく心臓がばくばくしちゃってパニクっちゃったって可能性もありますよね。そう考えると、部屋を出るときのドアの開け方が妙に荒々しかったのも納得できます。手ふるえてたのかな。童貞だったのかな。やっぱり童貞は映画映えしましすよね。

 

ちなみに、今回なくて残念だったのが【自らマスクオフ】のシーン。

プレちゃんがずっとかぶっていた仮面を一体どこでどのように外すのか?っていうのはかなり毎作重要なポイントなんですね。

個人的には『エイリアンvsプレデター2』のマスクオフ場面には拍手喝采です。

 

そして、②の【残虐な狩り】

プレちゃんはね、倒した人間の頭蓋骨と背骨を気持ちよくスポン!って抜き取ったり、殺した男を逆さに吊って全身の皮を剥ぐんです。なんだかそこに執着心があるらしくわざわざ敵地に赴いてまで遺体を奪い吊るし上げる。

「おれって強いんだぜ!」の証なんでしょうね。

なんて残虐なことするんだろう…って思うんですけど、2作目で食肉工場が登場するんです。

そこでさばかれた牛の肉が何体もぶら下がっていてその中で人間はプレちゃんと戦う。つまり人間も同じことしてるんですよね。狩りをして、その肉を加工してぶら下げるんですよ。

こういったことからもプレちゃんは決して「悪」ではないとわかるわけですね。

そんな残虐シーンおなじみの本シリーズ。今回の新作は…R-15なんです!

どうやら同じ20世紀FOXの『ローガン』ヒットの影響もあったようなんですがしっかり残虐。

シリーズ初でしょうか、冒頭でちゃんと人間の内臓が出てきますし、カモフラージュ技術を使ったプレちゃんが血を浴びることでフォルムがわかるシーンなど、オシャレグロい場面が!

それ以外にも笑っていいのかわからないバイオレンスな描写がてんこ盛りです。

 

最後!③【かわいさ】

プレちゃんはなんだかんだ可愛い部分もあるんですね。

犬や猫などペットの可愛さって、言葉を発しないところにあると思うんです。コミュニケーションがとれない代わりに目で訴えたりしぐさで感情を表現したりする。プレちゃんも同じでして言葉が通じないゆえに可愛さがありますね。

1作目ではシュワちゃんがしかけたトラップに対して「これ罠じゃないの〜?」って気づく目線可愛い。そのあと自爆するときにお前そんな愉快なやつだったの??ってこっちが驚くくらい異常に笑うんですけどそれも可愛い。

2作目に関しては人んちのバスルームで裁縫セット取り出してせっせと編み物なんかしちゃったりして。

個人的に1番好きなのが『エイリアンvsプレデター』の最後で雪の中をソリで逃げる場面ですね!これが1番!

着ぐるみスーツのプレちゃんが人間の女の子と一緒にソリに乗って爆破から逃げるの。危ないからちゃんと頭かがめてるの。この直後に「危なかったね」とか言われたら台無し。しゃべんなくていいんですよね。

で、今回も可愛さがありました!しかも先述した言語が通じないという部分を最大限に活かしてたプレちゃんの空回り…。

映画の後半でそれがわかるんですが、そんなこと考えてたの?だとしたら、今までかわいそう!って愛らしくなります。おそらく映画の前半プレちゃんは「違う!違う!そうじゃないのよ!」って思ってたのか…って考えると切ないぜ!

言葉通じないのに、一生懸命やってくれてホント可愛いヤツだな〜…。

こういった点を踏まえつつ正直、本作は賛否真っ二つだと思います。

今までのシリーズの良さもありつつそうでない部分が目立ったりするから!

でも、これも新プレデターの門出としてはマンネリ防ぐためにも仕方なかった展開だと思われます!

ぜひみなさん劇場でお確かめください!

 

9/21公開!超新作映画『死霊館のシスター』ネタバレなしの感想文!〜祈っても無駄!地の利を得たヴァラクが大暴れ!〜

「ヒーローにユニバースがあるなら、ホラーにあったっていいじゃない!」

シリーズの父である天才東洋人監督ジェームズ・ワンがそう言ってスタートした【死霊館ユニバース】の第5弾『死霊館のシスター』

本作はシリーズの時系列としては最古に当たる第二次世界大戦直後1952年の物語。

ルーマニアの巨大な修道院で尼さんが首吊り自殺。他の修道女たちは沈黙のまま。この事態を調査すべく、怪奇現象の調査に秀でたバーグ神父と修道女見習いのアイリーンちゃんがバチカンの命令によってその地に赴くのだが、そこで出会ったのは最凶の悪魔シスター・ヴァラクであった…。

死霊館2でも大暴れしてたヴァラクだったけど今回は修道院という自身にとってはホームで安心しているのか2を上回る暴れっぷり。他の霊を操る十八番芸はもちろんのこと、おっちゃんをお墓に閉じ込めたり、マイケル・ジャクソンを彷彿とさせる斜め立ちなど「え!?そんなこともできるの??」とこっちの常識がひっくり返る技を矢継ぎ早に披露してくれるサービスっぷり。

そこに加え、劇中の舞台となるバカでかい修道院という舞台は非キリスト教圏の我々だからこそよりファンタジックかつ不気味に感じヴァラクの恐怖を増す。

2のイギリス・エンフィールドではお家内でヴァラクがうろちょろしていて、そのシスターという格好が日常生活的には【異質】だったからそれが恐怖でもあったんですが、本作の修道院はもちろんその格好が当たり前。それゆえ【通常のシスターの中にヴァラクが紛れている】という地の利を得たヴァラクが前回とは別の恐怖をみなさんにお届け。ていうか、後半ではまさにこの紛れ戦法によるトランプの神経衰弱的なシークエンスがあったりする。この修道院という舞台を活用してくれているので全く別ジャンルだけどインディ・ジョーンズを彷彿とさせるアドベンチャー、アクションもてんこ盛りでそういう意味ではシリーズで1番娯楽性が高い作品と言えるかもしれない。

おまけに、死霊館2作は実話を元にしているため好き勝手できないがスピンオフ作品はジェームズ・ワン原案のオリジナル創作のため遠慮なくガンガン人が死ぬというのもミソでまったく安心できない。本シリーズ特有のストーリーのひねりも効いておりシリーズで1のどんでん返しも秀逸!

鑑賞中すんげぇ怖いからホラー場面になると脳内で『天使にラブソングを』の愉快なウーピー・ゴールドバーグを画面に登場させ、怖い顔したヴァラクに歌の楽しさを教えあげるという妄想を膨らませましたが見事恐怖に支配され失敗。

今後、尼さんを見たらまず真っ先にヴァラクを思い浮かべちゃうことは間違いなし…。

みなさん、祈っても無駄ですのでご注意ください。